4-2
パレードが終わりを迎えたのち、琴夜と遊奈は『神様』から受け取った便箋を、宮殿を護る騎士におじおじと示す。すると、二人は客人として宮殿内に迎え入れられた。
「うぅん……、大丈夫かなぁ……」
と、琴夜が顔に不安を蔭らせば、
「琴夜ちゃん、まーぽん抱いてみて。心配なんてどっか飛んじゃうから」
遊奈はずっと抱えていたぬいぐるみを琴夜に渡した。琴夜は「ありがとう」と嬉しそうにお礼を述べ、両腕でギュッとぬいぐるみを抱える。
こうして応接室に案内された二人は、いかにも高級そうなふかふかソファに座り、提供されたお菓子を食べながら待っていると、
「やあ、こんにちは。遊びに来てくれて嬉しいよ」
ノックをし、入室してきたのはあの『神様』、白土みらい。それに紅林凪沙、風間飾音という面々があとに続く。
「こ、こんにちはっ」
「は、はじめましてっ」
同時に席を立ち、発せられた緊張たっぷりの声に、茶髪のお嬢様は慣れ親しく笑い、
「そう緊張しなさんなって。もっとリラックスリラックス」
すると、彼女は琴夜の抱えるぬいぐるみに注目を集め、
「おっ、そのぬいぐるみかわいいじゃん、ちょっと見せてー?」
ひょいとぬいぐるみを取り上げ、シャンデリアにかざすように高く掲げ、マジマジと観察。
遊奈は泣きそうな顔で、せがむように高く手を伸ばし、
「それ、あたしのまーぽんっ。返してよぉ~」
それまでの緊張が嘘のように喚く遊奈を見て、凪沙は身長差を存分に使い、
「ほれほれ~、たかいたかーい。悔しかったらもっと大きくなってみろ~……って痛っ!」
ゴツンと、みらいによるゲンコツが凪沙の頭を直撃する。
「まったく、六位に昇格したからって調子に乗りすぎ。この分だと、
やれやれと凪沙を侮蔑するみらいはぬいぐるみを手に取り、遊奈へは優しい顔で、
「素敵なぬいぐるみだね、遊奈ちゃんのお友達かな? いつまでも大切にしてあげてね」
しっかりとお礼を述べ、大切な友達を受け取った遊奈。彼女は目に涙を溜めて、小顔をぬいぐるみに預けて、
「まーぽん、怖くなかった? もう大丈夫だからね……、んっ」
その様子を「天使かな……?」、「かわいすぎでしょ……」、「素敵なお姿です……」と呟き見惚れる三人のお嬢様。
みらいは軽い咳払いを一つ入れ、
「このアホは紅林凪沙。外見どおりの調子者だけど、基本的には優秀な子だ。だから遊奈ちゃん、悪くは思わないであげてね」
続いてみらいは、大人びた水色髪のお嬢様に目配せをし、
「こちらは風間飾音。ついこないだ就任式があったから知っていると思うけど、新入りの子だ。お姉さまキャラが新しい風を吹かせてくれることを期待しているよ」
飾音は謙遜しつつも、軽く膝を折り、子ども相手でも丁寧な物腰で、
「こんにちは、風間飾音です。今日はみらいさんと素敵なお時間を過ごしていってくださいね。少しでもお嬢様のことを知っていただけると、こちらとしても幸いです」
その後、用事があるということで凪沙、飾音の両名は部屋から去ていった。
一人残ったみらいは、招かれた琴夜、遊奈にかしこまり、
「あらためてこんにちは、琴夜ちゃん、遊奈ちゃん。さ、そのケーキをどうぞ。好みのケーキじゃなかったらすぐに換えるし、おかわりだって自由だよ」
「えっ、いいの!?」
「ふふっ、遠慮なくどうぞ。ケーキなんて腐るほどあるからね」
宝石のようなショコラケーキに無垢な目をキラキラと輝かせた遊奈は、フォークを握って早速ケーキを口に運ぼうとしたが、
「こら、遊奈ちゃん。ちゃんといただきますしないとダメだよ?」
「あはは……、ごめんね琴夜ちゃん。おいしそうだったからつい。それじゃ、いただきます」
遊奈に続き、琴夜も「いただきます」と告げてパクリと一口。二人はその味にうーんと唸る。
「お味は気に入っていただけたかな? このショコラケーキは私も大好物だ」
みらいは片方の手を口元に添え、上品にケーキを頬張り、
「こちらからの一方的なお誘いだったけど、ご迷惑じゃなかった?」
「いえ、うれしい気持ちでいっぱいですっ」
「メチャクチャ光栄ですっ。あたし、すんごく嬉しい」
「そっか、ならよかった。目に留まる女の子はこういう形でよく招いているけど、みんな喜んでくれるよ。やっぱり、お嬢様は今でも皆の憧れなんだね」
「招いてる? 私たち以外にも、ここに来る子はいるんですか?」
「うん、気に入った子はしばし招いているよ。キミたちお二人も、目の色と愛らしいお顔を見て気に入っちゃった」
遊奈は軽い身振りで喜びを漏らしつつも、「あれっ?」と首を傾げ、
「でもみらい様、『白土みらいは誰よりも中立で平等』って、あたし聞いたことあるよ?」
「はは、そのとおりだね。たしかに私は『中立で平等』を謳っている。でもね遊奈ちゃん、『平等』とははたして、誰にでも等しくチャンスを与えることを意味するのかな?」
遊奈、続いて琴夜もキョトンと、クエスチョンマークを頭の上に浮かべ、
みらいは「ちょっと難しかったかな?」とは苦笑しつつも、
「私が考えるに真の平等とは、頑張る人や才能を秘めている人にこそ多くのチャンスが与えられて、逆の者には然るべき扱いを与えられることだと思う」
ふとみらいは、緑や石畳、泉で飾られた窓の外を望み、
「最近、平等を求める声が耳触りでね。優劣のない世界を求めるつまらない声だ。……んーと、ビリにならない代わりに、一番にもなれない世界のこと……かな?」
琴夜は不安げな上目使いで、
「そんなのヤダ……。テストで一番取れなくなっちゃう……」
遊奈も寂しそうに眉をひそめ、
「そんなのツマンナイよ……。遊奈、どんな時も一番取りたいのに……」
「そう言ってくれとこちらも嬉しいよ。おそらく彼らの要求を実現したら、人それぞれの『個性』は死ぬだろう。みんな同じ、ロボットだらけの世界のできあがりさ」
みらいは再度小さな客人に向き直し、
「話は逸れたけど、要するに私はお二人に可能性を感じたんだ。お嬢様三本柱の一つ、『美貌』はクリアしているキミたちに、チャンスは与えてもいいだろう?」
容姿を褒められたことに驚く琴夜、対照的に褒められたことを純粋に喜ぶ遊奈。
「とはいえ三本柱の残りの二本、『知性』と『親和力』も重要な要素だから、お嬢様を目指すからにはそれらもぜひ身につけておくように」
できるかなぁ……、難しそう……、弱音を呟く琴夜に対し、みらいは、
「琴夜ちゃんは優しい心の持ち主だね。それと周りを見る能力に長けているからか、気配りが上手かも。けれどその反面、自信と積極性には少々欠けているのかもしれないね。長所を活かしつつ、自信を持って積極性を発揮していくといいよ」
琴夜はペコリと頭を下げ、
「アドバイス、ありがとうございます」
続けて、遊奈に視線をスライドさせたみらい、
「逆に遊奈ちゃんは、積極的な姿勢が素敵だね。それと知性もありそう。もし琴夜ちゃんばりの観察力が備われば、きっと鬼に金棒だ。お嬢様への道はグッと近くなるはず」
「うんっ。あたし、頑張ります」
助言を受け取った二人の反応を見て、頬を緩ませたみらいは目を細める。しかし、
「おそらく、片方だけでもお嬢様になれたら万々歳だろうね。残酷なことを言うけど、両方はまず無理だ。部活動とは違って、友達同士で気軽に入れる世界ではないよ。今はまだ考えなくてもいいけど、頭の隅には置いておいてね」
けれども、琴夜と遊奈は互いの手を取り、力の篭った瞳で、
「それでも私、遊奈ちゃんと頑張りたいです。二人だから、頑張れると思うんです」
「あたしだって、琴夜ちゃんと頑張りたいです。そうじゃないと、ダメだと思うんです」
不意を突かれたように、切れ長の瞳を大きく開いたみらいだけれども、
「ふふ、本当に仲良しさんだね。そっか、決めつけるのはよくないか。二人で切磋琢磨すれば、ひょっとしたら倍以上の力を得ることだってあるのかもしれない」
我が子を見守るような温かな目で、彼女は物柔らかく唇を綻ばせたのであった。
その後、琴夜と遊奈はみらいとの会話を楽しんだ。憧れの『神様』との交流は、時間の流れを二人に全く感じさせてはくれず、あっという間に時は過ぎていった。
宮殿前、みらいは直々に客人をお見送りし、
「いつか二人と公務ができることを楽しみにしているよ。……って、こういう言葉は招いた子皆に掛けているけどね」
わざわざ言わなくてもいいか、と彼女は自嘲気味に呟きつつも、最後は二人に手を振って、
「それじゃ、お気をつけて。――――どうか今日の出会いが、二人に素敵な運命をもたらしてくれるきっかけとなりますように」
そしてあれから、八年の歳月が経過した。
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