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 三階の部室から場所を移した時嬢部メンバーの篠宮天祷、時永琴夜、および当事者の紅林凪沙、氷上涼乃の四人。彼、彼女らは――……、


「オーケイ、とりあえず材料はこれでいいね」


 赤混じりなロングの茶髪、およびスクールセーターで身をあしらう女子中学生、凪沙は検討のつかない顔で、


「あのー、展望が見えてこないんですけど……。生クリームに板チョコ、それにケーキの土台なんて揃えてどうすんの? あたしは甘いもの好きだから、食べる分にはまあいいけど?」


 ――そう、四人が場所を移したのは二階の調理室。調理台の上には凪沙の述べた三つの食材、ならびに包丁、まな板などの調理器具が並んでいる。


「材料から察するに、ケーキ作りしかありえないけど? アマト、今からケーキ作りでもするの?」

「そのとおり、これからケーキを作ろうぜ。時嬢部初の解決祝いも兼ねてな」

「解決祝い? まだ解決とはとてもじゃ……」


 琴夜は凪沙、涼乃を順に確認するが、その渦中の二人は目を合せようとすらしない。

 胸の膨らみを覆うように腕組みする涼乃は、ため息交じりでゆっくりと目を閉じ、


「一緒にケーキを作れば仲直り、なんて年ごろじゃ……」


 ヤル気を削いだ気分でも見せつけるように、調理台に手を付いて肩を落とした凪沙も、


「そうそう、ガキじゃあるまいし。たかがケーキ作りで……ねぇ?」

「どうかな? ま、とにかく取り掛かろうぜ。時永さんはクリーム挟むために土台を真っ二つにして、湯せん用のお湯を沸かしてほしい。凪沙とひかみんは俺とチョコクリームを作っていこう」


「えー、氷上と一緒にやんの? あたし、琴夜とお湯沸かしてたいんだけど」

「二人で沸かしてどうすんだよ……。さ、文句言ってないで俺とやろうぜ」


 涼乃も文句こそ吐かないが、嫌々とした態度で彼の言葉を呑み込む。

 アマトは二枚ある板チョコの銀紙を順に解き、


「材料でわかると思うけど、今から作るのはチョコケーキだ。板チョコの一枚はチョコクリーム用、もう一枚はデコレーション用にする」


 そこで彼は凪沙にチョコの分解、涼乃に生クリーム作りを命じ、


「まずクリーム用のチョコだけど、チョコは包丁でこうカットしていく。生クリームと混ぜるときを考えて、なるべく細かくな」


 包丁の柄を握り、慣れた手つきでチョコを細かく刻んでゆくアマト。

 これには凪沙、涼乃も思わず、


「ほえー、ひょっとして料理好き男子? んまぁ、どっちかと言えば女の子に近い顔してるし、オカシクは見えないけど……?」

「へー、意外。いわゆるギャップ萌えというヤツかしら?」

「女っぽい言うな。それと萌えなくていいわ」


 苦い顔でアマトは苦言を呈すも、


「父親がホテルのパティシエで、母親が実家で和菓子店を経営してるんだよ。ガキのころからいろいろやらされれば、勝手に上達するもんだし。それと俺の包丁捌きで感動するくらいなら、時永さんの見たほうがいいぞ」


 彼が目を仕向けた先、ちょうど琴夜がケーキの土台を上下に分割していた最中であった。滑らかで無駄のない刃の入れ、スポンジは偏ることなく均等に分けられている。


「話は戻すけど凪沙、チョコはクリーム用の刻みチョコとデコレーション用の荒めチョコに分けてほしい。できれば荒めチョコも食べやすいように」


 こうしてアマトの右隣に凪沙が、左隣に涼乃が配置される形で、各々は作業を開始する。

 作業による静寂が流れるや否や、


「二人は普段から料理するの? 凪沙とかしなさそうに見えるけど?」


 見るからに包丁捌きが危なっかしい凪沙、苦戦の色を顔に浮かべ、


「ご覧のとおり、包丁なんてほとんど握ったことありません。お嬢様時代は専属のシェフがおいしい料理作ってくれたし、今だって寮の食堂で食べてるしね」

「私もそれほど。紅林さんの言うとおり、お嬢様時代は周りが用意してくれたのよ。琴夜みたいに料理を趣味にしてるならともかく、それ以外で料理をする環境はナシね」


 アマトは凪沙に包丁の握り方、涼乃に生クリームの混ぜ方を助言しながら、


「そもそも二人って、どうしてお嬢様になったの?」

「く、このぉっ……。って、お嬢様になった理由? んーと、やっぱ憧れ? 頭も良くてコミュ力抜群、天性の美貌を備えた女の子じゃないと資格すらない超難関の地位。全少女の憧れ、なりたくないわけがないっしょ?」


「そう、憧れや嫉妬を覚えない女の子はまずいないわ。それにお嬢様という制度自体、憧れの対象をつくるための風習だし」

「時永さんから聞いたけど、なんでも七人で教育のすべてを決めるとか。それ、俺が生徒だったらぶっちゃけ嫌だわ。なんでそう歳が変わらん連中に決められるんだって。それも全員が女」


 与えられた作業を一通り終えた琴夜が三人へ合流し、


「夢を壊しちゃうけど、お嬢様もいわゆる中間管理職なんだよ。私たちの上にも偉い大人たちがいて、結局彼らの意見に従ってた部分もあるし」

「上の連中はお嬢様なんて、しょせん『象徴』としか考えてないのよ。魔法くれたのだってそう、お嬢様は特別な存在だっていうのを示したいからだし」

「ちなみに全員が女なのは、時間の国が女尊男卑の傾向にあるからよ。男だけの組織もあるけど、扱いはお嬢様より下ね」


 夢のない現実を次々と愚痴るお嬢様らの言葉を耳に入れ、形容のできない神妙な表情を見せたアマトではあるが、皆の作業が一通り終了したのを見計らい、


「よーし、次に移ろう。今度は二人でチョコクリームを作ってもらおうか」


 えっ……、とほぼ同時に唸った涼乃、凪沙。


 だが、


「……別に、大丈夫だから。アマトや琴夜だって傍にいるし」


 凪沙の顔は目に収めないものの、涼乃は簡潔にそう口にした。イチイチ動じるのが億劫で、そして恥とでも言わんばかりの、彼女には稀な投げやり気味の口調で。

 凪沙は半歩退くものの、頬に照れと当惑を複雑に共存させつつ、


「ま、まあ……間にあまっちが入ってくれるなら……、いいけど……?」


 そうしてボウルの固定係(凪沙)、チョコクリームのかき混ぜ係(涼乃)とに分担。アマトが二人の調理を後ろから見守ってゆく(ちなみに琴夜は食器の整理)。


「ちょっと紅林さん、もっと固定してくれないとうまく……」

「これで精一杯だからガマンせいっ。……ってあまっち、これなら一人でしたほうが効率よくない?」


 必然的に近くなる二人の距離。言い換えれば、それだけ作業もやりにくくなるが、


「え、一人でできると思ってるの? マトモに料理できないクセして?」


 煽るアマトに対し、切るような鋭い視線を投げてよこす凪沙と涼乃。しかし結局は何も言うことなく、彼女らは閉口したまま作業を進める。


「二人がお嬢様になる前はどんな生活してたんだ? なんとなくひかみんはお金持ちの生まれっぽいけど、凪沙は…………まぁ」


 凪沙はボウルを掴みつつも、アマトにドヤ顔を見せつけ、


「こう見えてあたし、生まれからバリバリのお嬢様ですから。ガキのころから英才教育受けて育ちましたー。ま、そんな生まれでもなきゃお嬢様になるのはムズいし」

「お嬢様として育ったなら、もう少し言葉使いをどうにかしてよ……。外見はもうツッコまないけど」

「氷上もあまっちに言ったでしょ? ギャップ萌えって。つまり、これもギャップ萌えの一つなのよっ。高貴なお嬢様がくだけた言葉使いで気さくに振る舞う、どうよ?」


 間隔の近い涼乃に向き、飾り気のなく綻んだ凪沙。と同時に、不自然に目を逸らす涼乃。

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