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「……あっ」


 涼乃の身振りに呼応するように、凪沙も長めの茶髪を巻くようにそっぽを向いた。

 その後、凪沙と涼乃は役割を交代しながらチョコクリームを完成に導き、さらには琴夜の協力も借りつつ、スポンジにチョコクリームを塗っていく。女子三人が塗ったおかげか、砕いたチョコを用いたデコレーションも含め、シンプルであるものの可愛らしい仕上がりになった。


「やった、完成だねっ。凪沙ちゃん、涼乃ちゃん、お疲れさま」


 と、ニコリと笑って完成を喜ぶ琴夜であるが、


「待った。まだ終わってないんだなあ、コレが」

「いや、どう見ても完成でしょ? え、ひょっとして内緒で買ってたフルーツでも飾っちゃう?」


「いやいや、このままフォーク突き合って食べるのは勘弁。ホールそのまま食べるなんて普通ないだろ?」

「待ってアマト、それって新郎新婦がウェディングケーキを切るみたいに……」


 だけどアマトは涼乃の不安要素を突っぱねるように、ニヤリと白い歯を見せ、


「もう、大丈夫なはず。お互いを知ることができれば、手を取り合うことは簡単だろ?」


 言われるでもなく当の二人の間に立ったアマトは、凪沙の右手を取り、包丁の柄を握らせる。続いて涼乃の左手を取り、凪沙の手を覆うように柄を握らせ、――――アマトはそっと、手を離した。


「…………」

「…………」


 二人は沈黙する。けれども、握った手は解こうとしない。


「そのままゆっくり、焦らずにケーキを切ってみよう」


 指示に従い、柔らかなスポンジに下ろされる刃、


「紅林さん、もう少し力抜いて。じゃないと包丁動かせないから……」

「そういう氷上こそ、力を抜いてくれない? ガッチガチに握っても切れるわけないし」


「無駄口叩くヒマがあったら、私と呼吸を合わせて」

「呼吸って、そんな簡単に合わせられるものじゃないでしょ? それができたら、今のあたしらの関係になってないし」


 軽口を交えた呼吸の合わない、ぎこちない前後の動きでスポンジを切る刃。

 そうするとやっとのことでケーキを半等に分け、二人は土台を半回転させる中、


「ねえ、氷上」


 ふいに、凪沙は呟く。


「あんたと話をしてみたりしてさ、案外悪くないと思ったかも」


 涼乃はそっと息をつき、凪沙に委ねるがごとく肩の力を自然に抜いて、


「私も……まあ。そもそも、いつから勘違いしてたのかしら?」


 四等分のために刃をスポンジに沈めていく。先ほどとは違い、スムーズにケーキを切り分けた彼女ら。

 凪沙、涼乃は、無事完成させたケーキをアマト、琴夜へと見せ、


「「――――完成」」


 些細な熱を帯びた両者の頬は微かな褪紅色がかかり、身体にこみ上げたくすぐったさを誤魔化すように、彼女らは伏せ目がちになる。


「これで文句なく完成でいいでしょ?」

「さ、おいしく食べよっ」

「そんじゃ、実食といくか! あ、二人で皿に取り分けといて」


「それ、あたしらにやらせなくてもよくない……?」

「あん? フィニッシュまでやり切るのは大事だろ?」

「取ってつけたような頼みにしか聞こえなかったのは気のせいかしら?」


 ということで、最後は渋々とケーキを取り分けていく凪沙と涼乃。

 狙いどおり、それを体現した目つき、顔つきで二人を眺めるアマトに、


「そろそろ種明かし、してくれてもいいよね?」


 少年と並び、旧知の二人を傍から眺める少女、琴夜は問う。するとアマトは、


「別に嫌い合ってなかったんだよ、あの二人は」

「え、どう見ても嫌い合ってるようにしか……」


「俺はお嬢様時代の二人は知らないけど、話を聞く限り、時永さん派と死神派って分かれていたらしい。時永さん派の凪沙、死神派のひかみん、必然的に二人の距離は遠ざかるわけだ。だからこそ、勘違いが生まれた」

「……勘違い?」


「自分たちは違う派閥、会話も少ない、性格も全く違う、だからアイツは気にくわないんだって――……。そういう思いが何年も積み重なっていったんだろうね」


 それからアマトに「お互いの嫌いな部分は?」と尋ねられた時、凪沙と涼乃は面と向かい合いながらハッキリと理由を答えた。けれども、本当に心から嫌うならば嫌な面すら相手に言えないはず。

 静かにつくった、どこか羨望のようなものを帯びた細い目で琴夜は、


「そっか。本当はお互い、そこまで嫌いじゃなかったんだね。それで、どうしてケーキ作りを?」


 アマトは自信満々な決め顔で、人差し指をビシッと上に向け、


「こういう場合、関係をよく知らない第三者がズカズカ割って入るのが一番なんだ。時永さんみたいに二人の関係を知ってると、変に気を遣うだろ? それにケーキ作りは単なるキッカケ、二人が近づけるならなんでもいいんだよ」


 ただし無言の気まずい空気を両者間に生じさせないために、第三者の役目がキーにはなってくるが、と彼は補足を得意げに加え、


「個性と個性のぶつかりあい。けど二人が本当に嫌い合ってなければ、くっつけるのは案外簡単だろ?」


 アマトはほくそ笑んでみせる。どうだ、俺の作戦大成功だろ? とでも自慢するように。

 ケーキを取り分ける途中、苦言を呈し合う凪沙と涼乃。しかし、これまでのギスギスした雰囲気は二人にない。

 琴夜は背後で手を組み、アマトを伺いながらニコッと唇を伸ばして、


「やっぱりキミを誘ってよかった、ってあらためて思いました」


「誘ったぁ? どう考えても半強制的だったろ」


 琴夜はてへっと舌を出すことで応えたが、――彼女は重ねて彼の顔、そして目を見て、


「私からの提案。せっかく同じ部で活動するわけだし、これからは下の名前で呼び合わない? ――ね、アマトくん?」


 アマトは一目、琴夜を見る。すると、目と目が一瞬だけ重なり合ったから、彼は含み笑いで視線を前へと戻した。

 しかし重ねて、今度は臆することなく琴夜に顔を向け、


「やっと、俺を認めてくれたかな?」

「……? 認めてるからキミを誘ったんだけど?」


 そうかいと、アマトは断言することなく曖昧にそう口にし、


「これからはよろしく頼むぜ、琴夜」


 ひょっとしたら、この変化は些細なものなのかもしれない。


 もしかして彼女にとってみたら、変化とさえ気づいていないのかもしれない。

 結局はまだ、スタートラインを踏みしめただけなのだから。

 

 だけどアマトは思った。


 この日、この瞬間が、この時永琴夜と起こしていく大きな変化の始まりなのかもしれない、と。

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