1-9
「どうした、紅林さん?」
「大丈夫、凪沙ちゃん?」
アマトと琴夜が不思議そうに声を掛ける中、涼乃だけは一切取り乱すことなく、
「何をそんなに驚いてるの? それ、単なる官能小説なのに?」
「なっ、なななんて本を学校に持ち込んでんのよ!? これ、中学生が読んでいい本じゃ……っ」
爆発しそうなほどに顔を染める凪沙。しかし言葉や顔に表れる様子とは裏腹に、パラパラとページを捲る手捌きはどういう訳か止まらない。
「身分は中学生だけど、紅林さんと一緒で本来は十六だし。そもそも、官能小説はお嬢様時代からずっと読んでたけど?」
涼乃いわく、お嬢様は『えっちな所有物』に対する目が周りから厳しいらしく、文学として何とか許される官能小説でガマンをしていたとのこと。
凪沙が震える手で机に置いた本を、涼乃はおもむろに取り、
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。紅林さんだって興味ある年ごろじゃない?」
「きょ、興味は……無くもないけどさぁ……」
「家に帰ればオナニーくらいするでしょ? せめて二日に一回くらいはしない?」
「ちょ、氷上ッ、ナニ言って……ッ!!」
凪沙に続き、えっ……と目を開く琴夜に対しても容赦なく涼乃は、
「琴夜だってオナニーは義務みたいなものでしょ? 見かけによらず性欲強そうだし、毎日してそう」
凪沙ほどではないが頬を染めた琴夜、涼乃へ前のめりで、
「こっ、こら涼乃ちゃん!! ここにはその、男の子だっているし……。そういう言葉は大きな声で言っちゃ……っ。そっ、それに、私はえっちな女の子じゃありません!」
その男の子、篠宮天祷はドン引きで顔を引きつらせる。
琴夜はこほんと可愛く咳払いを、おかしくなった場の空気に放ち、
「さ、この話題はもうやめっ。本題に入ろっ」
彼女はフリーズ状態になっているアマトの顔をペチンと叩き、
「篠宮くん、このお二人を連れてきた理由って、二人の仲を改善させるためだよね?」
「紅林さんに言い寄られたのもあるけど、まあそういうことだ。友達になる、とまではいかなくても、普通に話せるくらいの関係になれればいいんじゃね?」
「…………ふぅん」
涼乃はチラリと、凪沙の顔を細目で一瞬見やり、
「ねえ篠宮くん。その本題とやらにも絡むけど、私たち距離が近くなったことだし、ここはお互いフレンドリーに呼び合わない?」
「フレンドリー? 苗字じゃなくて、下の名前で呼べってことで?」
「そうね……、『ひかみん』なんてどう? お嬢様時代もそう呼ばれてたし。どう、アマト?」
すると気のせいか、琴夜はわずかに眉を動かした。アマトがその様子を一瞥するも、琴夜は流すように彼の視線を避ける。
ともかく、アマトは涼乃の好意を受け、
「じゃあよろしく、ひかみん」
涼乃は珍しく、ニコっと飾り気のない笑みで、
「よろしくね、アマト」
アマトも釣られて口元を綻ばせる。だがしかし、ぐぬぬと歯を軋ませて堪えてきた我慢が崩壊したのか、二人のやり取りを傍観していた凪沙はビシッとアマトを指差し、
「コラッ、勝手にイチャつくな。氷上がそうするなら……あ、あたしだって……特別に下の名前で呼ばせてあげても……いいけど? ホント、特別の特別なんだからね?」
「別に張り合うことじゃないだろ……。ま、俺は何て呼ばれようとも構わないけど」
「じゃーあまとだから……、『あまっち』って呼んであげる。あたしのことは気軽に『凪沙』でいいから。わかった、あまっち?」
「わかったよ、凪沙」
と、アマト、涼乃、凪沙が本題から外れ和気藹々とする中、話題を切り出した時嬢部創部者は一人悶々と口を尖らせ、
「……私を差し置いて――……、呼び合っちゃって……」
「時永さん?」
琴夜はプイッと逸らし、
「なんでもありませんっ。……って、涼乃ちゃん、今のだって凪沙ちゃんと張り合おうとしたから、篠宮くんにあんな提案したんでしょ?」
「さて、何のことやら? 私はアマトと親しくなりたいから、ああ持ちかけただけだけど?」
凪沙も凪沙で、涼乃を大人げなく睨み、
「つーか、あたしは氷上と仲良くなりたいなんて思ってないし。余計なお世話ですー」
「だけどなー、文化祭の出し物、そろそろ決めないとマズイんだよ。凪沙とひかみんが対立したままだと、いつまで経っても……」
それに、と前置きをしたのは琴夜、
「部名にも由来するけど、これってある意味個性が絡んだ問題かも。今の凪沙ちゃんと涼乃ちゃん、お互いの個性がぶつかりあった状態なんだと思う。つまり主張が引くに引けない状況、じゃないかな?」
当の凪沙、涼乃は珍しく表情を揃え、
「目の前であたしたちの関係をどうこうする、って言われる状況が恥ずかしいというか……」
「勝手に話を進められても……、ね」
とはいえ、このまま放っておくわけにもいくまいと思うアマトは、
「二人はお互いのどんなところが気にくわないんだよ?」
「うーん、なんかクール気取ってるトコとか? 本来はお嬢様の中でも一番キツイ性格してるクセして、普段は猫被ってるところが気に障る、とか?」
「そうね……、頭の悪そうな見た目に嫌悪感を覚えるから? そのクセ、お嬢様になれるくらいに頭がいいってギャップにもイラ立つのかも」
交互に容赦なく口撃をする凪沙と涼乃。それを見て軽く頷くアマト。
「なるほど、お互いをそう考えてる……」
しばらく彼は対照的な二人を眺め、――パッと顔を灯し、
「よし、そういうことだな。わかった、こうすればいいんだ」
首を捻る凪沙、涼乃を差し置いて、アマトはまず琴夜に、
「時永さん、時永さんの趣味ってなに?」
「わっ、私? うーん、お料理は好きだよ? でも、私の趣味がどうして?」
「料理か……、ならよし。そんじゃあ三人とも――……」
そうしてアマトは立ち上がり、琴夜、涼乃、凪沙に対して隠しようもない得意顔を示し、
「今から解決の時間だぜ」
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