2-3

「そんで琴夜、昨日の件はどうする? 今から生徒会室でも視察しに行く?」


 放課後、英語の宿題を片手間にアマトは、恋愛小説に目を通している琴夜に尋ねる。


「生徒会の活動は基本、週に一、二回だよ。たしか今日はお休みの日。そもそも会議でさえ、それほど大事なことを決めるものじゃないらしいし」


 いわば生徒会とは生徒代表の立場のことであり、校内の重要な事柄を取り決めるのはあくまで理事会、および教師ら大人たち。たかが生徒会が行うのは、校内における一部の行事企画、各委員会との会議、学校の風紀活動程度である。


 というわけで相談を受けた身分ではあるが、今は呑気に各々の時間を過ごす時嬢部メンバー。


 ――が、その時、


「やっほー、遊びにきたよーっ」


 ガラリと開く扉、――二人の対比的な女子生徒が姿を見せた。一人は赤混じりの茶髪ロングにスクールセーター姿の紅林凪沙。もう一方は紺髪ショート、シンプルにブラウスを着こなしている氷上涼乃。


「ちょうど手が空いていたし、文化祭の話でもしようと思ってね」


 来客者を見かけた琴夜は、嬉しそうに手を合わせ、


「二人とも、ずいぶんと仲良しさんだね。うん、中に入って。今からお茶の準備をするから」


 凪沙は照れ気味にそっぽを向いて、


「そんなんじゃ……。ここに来ようと思ったら、たまたま氷上も行きたいって言うから……」

「あれ、紅林さんが誘ってくれたんでしょ? せっかくだし一緒に行かないかって?」

「そっ、それナイショ!」


 と、二人のやり取りを微笑ましく眺める琴夜とは打って変わって、


「あー、たまには男も来てほしいよな。女ばっかはやっぱ飽きる」

「アマトくん、それ贅沢って自覚はない? 男の子の気持ちはよくわからないけど、男の子はきっとキミを羨ましがってるはずだよ?」

「ハハッ、俺は年上の西洋美人が好みなんだ。女優という属性があると尚よし」


 冗談めかしく笑ったアマト、琴夜が来客者のついでに用意してくれたお茶を一口。すると妙な苦みが口に広がるので琴夜を伺えば、彼女は不自然に目を逸らしてペロッと舌を見せた。


「……チッ。でもさ、文化祭で話すことってあるか? ウチのクラスの案は『JC喫茶』で決まったし、明日六組と話し合って具体的に決めるんだろ?」


 私立丞山中学校における文化祭のクラス企画は、二クラス合同で企てを進めていく。つまりアマトら二年五組は六組の生徒と一致団結して、一つの出し物をつくり上げていくのだ。


「私は七組だから、みんなとは違うグループになっちゃうね。ちょっぴり残念かも」

「琴夜とはライバル同士ね。文化祭のことはあまり詳しくないけど、お互い頑張りましょ」


 あまり詳しくない? アマトが疑問符を浮かべたら、


「あたしたちってさ、こっち側の世界に来てまだ二年も経ってないんだよね。去年経験してるとはいえ、まだ文化祭の本質は掴めてないと言うか……」

「琴夜も?」

「私はまだ七年前に学校通ってたから、そのころには時間の国にも文化祭があったんだ。でも凪沙ちゃんや涼乃ちゃんのころは、そういう行事がまだなかったんだよね」


「文化祭という行事がこの世界にあることを知った私たちが、制度化した行事とも言えるけど。でしょ、紅林さん?」

「そ、なんか面白そうだったし。そんなら時間の国でも取り入れてみますか、てな感じで」


 アマトはうんうんと頷き、


「文化祭と言ったらやっぱ、妙に女子が張り切っちゃう行事なんだよ。『そこの男子、遊んでないでちゃんとやって!』ってなふうに」


 ビシッと指を差すなど簡単な実演を交えるアマトに、凪沙は苦めの含み笑いで、


「えー、そんなに張り切っちゃうもんなの? いや、楽しいとは思うけどさ?」

「『ちょっと、しゃべってないでちゃんとして! みんな頑張ってるんだよ! あ、ああ遊んでないでぇ……ぐすっ』と、やたら張り切る女子とヤル気ない男子という構図に別れる」


「さすがにそれは極端でしょ……。ま、私たちのクラスで見ることはなさそう、普段から団結してるわけじゃあるまいし。……どっかの誰かさんたちのせいで」

「そうそう、信じられないって。中にはそんな女子もいるかもしれないけど、あたしたちのクラスには……ねぇ?」


 アマトは流すように笑って、


「ひかみんも言ったけど、ちょっとオーバーにやってみただけだよ」


 と、ゲストを交えて文化祭のあれこれを話題にしていると、再び扉が音を立て、


「こんにちは、琴夜さん、篠宮さん。あらっ、ナギちゃんに氷上さんも?」


 訪問してきたのは生徒会長、風間飾音。きめ細かい水色のロング髪を靡かせ、抜群のスタイルを誇る彼女は、顔馴染みに微笑みを向けながら四人の下へと歩み寄る。


「あ、飾ねえっ。飾ねえも時嬢部知ってたんだ?」

「久しぶり、風間さん。最近は生徒会に対する風当たりが強いようね。でも無責任な言葉かもしれないけど、そんなの気にしなくてもいいと思うわ」

「こんにちは、ナギちゃん。それとありがとうございます、氷上さん。ですがこのまま放っておくことは難しそうなので、昨日はその件を時嬢部に相談しました。ちなみに今日はただの顔見せです」


 口元を和らげた琴夜は、飾音の両肩に手を添え、


「こんにちは、飾音ちゃん。遊びに来てくれて嬉しいよ」


 四人のお嬢様が和気藹々とする中、アマトは訪問者が右腕に抱くそれを訝しげに見て、


「会長、そのメイド服はいったい? なんだ、今からコスプレパーティでも開くのか?」


 彼の言うとおり、飾音は一着の紺色メイド服を腕に携えていたのだ。


「それ、去年の文化祭でどっかの出し物が使ってたメイド服だよね?」

「そうですね、誰かさんに試着させてみたら面白そうだと思ったので、先輩方が使っていたメイド服を特別に持ってきちゃいましたっ」


 誰かさん? という皆の疑問をよそに飾音は、


「話はちょっぴり変わりますけど、――篠宮さん」

「おっ、俺?」


 飾音は微笑と、不穏の兆しとも評せそうな目の緩みをともに顔に浮かべ、アマトに一歩近づくや否や、彼の顔立ちをじっくりと観察して、


「なっ、何だよ……。いやらしく俺の顔を見ちゃって……」

「意外とかわいらしい顔立ちをしていらっしゃいますね。髪型は男の子らしく整えていますけど、顔つきに柔らかさを感じます。それと身体の線も細めですし……」


 ゾクリと、アマトの背筋に冷たいものが走った。嫌な予感マックス。


 飾音はおねだりするような上目使いで、


「ぜひ篠宮さんに試着してもらおうかと思いますっ」


 ザザッ、とアマトは逃げるように後退りをし、


「ハァァァ!? 着るワケねぇだろ!! 誰が女装なんかするか!!」


 これには凪沙も「えーっ」と反論の声をあげ、


「男子にメイド服はないわー。いくらあまっちの顔がアレでも、ちょっとねぇ……」


 と主張する凪沙の一方で、涼乃はメイド服への関心を強く持ち、


「意外と面白そうな組み合わせね……。メイド服なら男子の骨格も隠せるかもしれないし、いろいろ整えてみたらイケるかも」

「んなワケあるか! 凪沙、会長の暴走を止めろ!」

「いやーでもでも、あたし序列最下位だし。最高位の人が止めてくれるなら、飾ねえも氷上も言うこと聞くと思うけど?」


 そう言いつつ、凪沙はチラッと彼女を見た。

 その彼女、――すなわちお嬢様七階級第一位の『神様』はというと、


「ねぇねぇアマトくん、着ようよ! 絶対にかわいいはず! うん、着てください!」


 アマトの両手をガッシリ掴み、ものすごく嬉しそうに彼女は命令をする。


「ちょ、琴夜! ならお前が着ろって! 似合うはずだって俺なんかよりも!」

「やだもん。アマトくんが着ないとダメだもん」

「……ぐうぅぅぅッ」


 四人中三人の賛成。それもアマト側に付くのは、哀しくも序列最下位の『魔女』。


「……んっ、……琴夜?」


 憧れのオモチャをせがむ子どもが見せるような、無邪気な瞳の色がアマトの視界を占領する。

 そうしてアマトは堪えるように大きく唸ったのち、半ばヤケ気味に顔を上げ、


「わかった、着てやるよ! でもな、これは貸しだから! いつか利子含めて、この貸しは絶対に返してもらうからな!」

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