2-4

 ガラリと扉が開く。現れたのは――――、


「ど、どうだよ……」


 紺を基調としたワンピースに白のエプロン姿という、オーソドックスなメイド服を身に纏う男子中学生、篠宮天祷。


「これはびっくり……」

「うおおっ、マジ?」


 その姿を見て絶句する涼乃、凪沙。および、


「ほら、提案してみた甲斐がありました。抜群に似合っていますよ、篠宮さん?」


 メイド服姿を絶賛する提案者の飾音。


 そして最後の一人、琴夜はキラキラと目を輝かせ、


「か、かわいい……」


 アマトに近寄り、その姿をあらゆる角度から徹底的にチェック。そして彼が付け忘れていた白のフリルを琴夜は手に取り、


「こ、琴夜、……近いっ。あんまりジロジロするのは……」

「ちょっと大人しくしてね。かわいいフリル付けてあげるから」


 アマトの真正面に立つと茶髪に手を伸ばし、彼の代わりにフリルを装飾していく。

 自然と距離の詰まる琴夜の顔、パッチリと大きな瞳。化粧なしでも十分整った女神のような顔立ちは、非常に満足げな様相を見せている。


(メチャメチャ嬉しそうだし……。え、こんなの見て喜ぶの?)


 琴夜がフリルを付け終えれば、涼乃、飾音、および乗り気ではなかったはずの凪沙でさえも興味津々に、アマトの全身を隅々と熱視し、


「イケるかもしれないとは言ってみたけど、まさかこれほど似合うとは……。この姿なら、男子から性的な目で見られてもおかしくなさそう」

「篠宮さんのような方を集めて女装喫茶を開くのも、悪くはないのかもしれません。恥じらいは何よりの武器になりますし」

「いやー、ビックリ。あたしはどうなるかと思ってたけど、やってみるもんだね」


 挙動不審、瞳孔が定まらないまま顔を赤くし、アマトはスカートを無理に手で伸ばして、


「これ見えるって! それにスースーするんですけど! よくこんなの毎日履けるな、女子って!」


 琴夜は膝を折り、絶対領域をまじまじと観察。


「そっか、男の子には新鮮だよね。どう、着てみて目覚めちゃった?」

「目覚めるって何だよ!? むしろハレンチな格好しない男サイコ―って気分になるね! ……ってほら、そこを観察するなって……っ」

「お嬢様イジッてる時とは全然違うよ、アマトくん?」


 そしたら琴夜はスマートフォンを取り出し、アマトの肩に腕を回して、自撮りの要領でニコッとピースサインをつくり、


「はい、チーズ!」

「ちょ、勝手に撮るんじゃない! 許可取ってねぇぞ!」


 時すでに遅し、パシャリ! と部室内に響いた電子音が、アマトの心を見事に打ち砕いた。


「こーら、『取ってねぇぞ』なんて言っちゃダメ。『取ってないです……』って涙目でおねだりしないとやめてあげません」

「……とっ、取って……ない……です……」


 それでも琴夜はアマトにピースサイン、


「いーやっ!」


 パシャリと、彼の全身を写メに収める。普段つくる、機械的とも呼べるような微笑みとは違う、心の底から嬉しそうな顔をアマトに向けて。


「琴夜……」


 アマトの視線が自ずと琴夜の顔を追った。が、彼はすぐに手で顔を覆いつくし、


「琴夜も会長に負けじのSっぷりだなッ。アレかッ? 琴夜派は鬼畜の集まりか!?」

「あたしはマトモでしょ? ま、日ごろからお嬢様イジってるあまっちが悪いってことで」


 アマトの意外な羞恥っぷりを見て、琴夜は「しょうがないなぁ」と渋々呟き、


「これ以上いじめちゃうと可哀そうだし、これでラストにしてあげる。みんなと一緒に記念撮影しようね?」

「終わりじゃないんかい……。はぁ、わかった……、ラスト一枚な」


 気の進まない様子でお嬢様らに囲まれるアマトではあるが、ふと視界に映った窓ガラスを気にかけ、


「あれ、かわいくね? ひょっとしてこれ、ネタにならない半端なルックスの女子よりもイケる? かわいいって言われるのはシャクだけど、意外なポテンシャルかも……」

「自画自賛されると萎えますよね……。恥じらいがあるからいいのに……」


 飾音が冷たく呟いたが、あえてアマトはそれに触れない。


 琴夜はタイマーをセットしたスマートフォンを机に置き、皆の中央にそそくさと向かって、


「はい、撮るよ~」


 斜めの角度で瞳にピースサインの凪沙、口元を和らげる涼乃、ニコリと微笑む飾音の三人に囲まれる、気難しい表情のアマト。そしてとびっきりの笑顔で主役の腕を抱く琴夜が、一枚の写真に納まったのであった。

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