2章 それでも『死神』はそこにいる
2-1
「よし、これでどうかな?」
モノクロの洒落たアナログ式置時計を満足げに眺めるのは、時嬢部メンバーの時永琴夜。
「って、一分だけかい! 一日経過するのにどれだけ頑張ればいいんだよっ」
琴夜のセットした分針を見て思わずツッコミを入れたのは、同じく時嬢部メンバーの篠宮天祷。本日は着こなしたブレザー姿ではなく、薄めのスクールセータを着用している。
琴夜の提案により、部の活動目的である『校内の個性に関する問題』の解決を図るごとに、置時計の針を進めることを決めた時嬢部。目標は『一日』経過。というわけで、先日の紅林凪沙と氷上涼乃の件を解決したことにより、置時計の分針を操作した琴夜ではあるが、
「目標は大きいほうがいいでしょ? 簡単に成し遂げられない目標を持つことは大事だよ。私だって、なれる確率コンマ二桁のお嬢様に選ばれたんだし」
「自慢はどうでもいいけど、針を一分ずつ進めたとしたらおおよそ千四百の問題を解決しないといけないだろ。ムリムリ」
「もう、つまんないの。わかった、解決の難易度に応じて針を進めようか」
簡単に話し合った二人、今回は十分ほど分針を進めた。現在の時刻、『〇時十分』。
そうしてその後は各々の時間を過ごしてゆく二人だが、
「アマトくん、ヒマだね。依頼とか来ないかなあ?」
購買で買ったのであろうサンドイッチをつまみ、料理雑誌に目を通しつつ、琴夜は一言呟く。
「部を立ち上げてから一週間も経ってないだろ? 時嬢部がまだ認識されてないんだ、気長に待とうぜ」
琴夜とは違い、依頼がないのならそれはそれで構わないとでも体現するように、洋画を映すDVDレコーダーを呑気に眺めるアマト。
「もっと宣伝活動でもしてみる? 今のところ、掲示板にポスター張っただけだし」
「まあ昨日の感じで解決していけば、口コミで評判は広がってくんじゃね?」
あくまでもマイペースなアマトに、琴夜はもどかしいように唇をうねらす。
「ヒマそうだからお茶淹れて」
湯のみ片手にアマトへお願いする琴夜。しかしアマトはその女混じりな顔つきを一切向けることなく、払うように右手を振り、
「無理、ちょうどクライマックス。ていうか、それくらい自分で淹れて」
「キミのお茶だってもうないでしょ? じゃ、お願いしまーす。はやくっ、はやくっ」
グゥギギと歯ぎしりしたアマトは自分のマグカップ内、およびせがむ琴夜を歪めた顔で睨み、
「わかったよ、お茶でいいんだな? ……チッ」
レコーダーの停止ボタンに渋々触れ、老人のような重い足取りで立ち上がったアマトは、琴夜の湯のみをダラダラと受け取った。
「あっ、舌打ちしたでしょ。こら、そういう態度はよくないよ」
「ハァ? 呼吸だよ、俺の舌打ちは呼吸みたいなもんだから。つーか、かわいいマグカップでも買えばいいのに……。湯のみとかババァ……おばさんの趣味かってーの」
「言い直しても聞こえたからね。それと私、この前マグカップ割ちゃったから、今はその湯のみを学校から借りてるだけですぅー」
そうかい、と適当に言い捨てたアマトは、会議机前の学習机にそれぞれの容器を置き、
(ふふっ、だらしのない琴夜には俺特性のスペシャルドリンクを飲ませてやろう)
簡易冷蔵庫から麦茶、コーラ、オレンジジュースのペットボトルをこっそり取り出し、
(琴夜はサンドイッチと雑誌に夢中だ、今のうちに絶妙な配合をしてやれば……くふふっ)
まずは麦茶を自分のマグカップに八分目、琴夜の湯のみに半分ほど注ぎ、続いてコーラを湯のみだけに七分目まで注ぐ。続けてオレンジジュースのペットボトルを手に取り、
(最後に魔法のスパイスを加えてやれば――――完成!)
ふたを開け、湯のみに向けて容器を傾けた。だが――――、
「……って、おいおいおいおいおいオイッ!!」
気がついたら、湯のみに注ぎ切らず机の上を小範囲に濡らしていたオレンジの液体。
(あれ、……あれ? 今、注ぎ始めたところだよな! 俺、気でも失ってたのか……?)
アマトは即座にペットボトルを上に戻し、
(これじゃあまるで、時間が吹き飛んだようにしか……)
細かな汗を額に浮かべて考えをよぎらせた、その時――――、
「――――あらあら、そんなに取り乱してみっともないですよ? 男の子なら、もっとどっしりと構えてほしいものです」
琴夜とは違う、聞き慣れない女子の声。だがしかし、聞き慣れてはいないだけで確かに聞き覚えのある、お姉さまを見事に体現したようなその落ち着きある口調は――――。
耳元を覆う柔らかな茶髪を振るように、アマトはサッと振り向くと、
「ダメですよ、我らの『神様』にイジワルをするなんて。これは会長からの警告です」
穏やかな目尻、アマトの混迷顔を映す翡翠色の瞳、物腰の柔らかさを印象づけるその顔立ち。スラリと長い指で頬を撫で、丁寧に手入れされているであろう、背中の下段にまで伸びるストレートの水色髪を、前方から差し込むそよ風に揺らす彼女。座っているだけでも、完璧に着こなす制服の上から伺える、魅力たっぷりのモデル体型。
「アンタ、いつの間に――……」
扉が開く音もなければ足音もなかった。いったいどうやって、アマトの席へと腰掛けて――――。
するとその時、琴夜が知人を紹介するノリで、長髪のお姉さまへと手を差し出し、
「この人は
けれどもその続きは自分から、そう指摘するように、飾音は琴夜の口元に一本の指を添え、
「お嬢様七階級第四位、――『王子』という二つ名も以後、お見知りおきを」
アマトは後ろに回した手で、こっそり湯のみを二人から隠し、
「まさか会長もお嬢様だったとは……。じゃあ、さっきの現象も会長が?」
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