3-6

 週が明け、月曜日。


 あと二週間ほどで迫る文化祭に向け、合同クラスで企画する出し物決めのディスカッションが行われる本日、放課後。教室内、学習机が『□』の形に並べ替えられ、二年五組と六組から選ばれた二十人ばかりの生徒が一同に会する。


「あーあ、よりによってまたこっちサイドとは……ツイてねー。人数多い雑用サイドのほうが誤魔化し利くし、楽ちんなんだけどなあ」


 頭の背後で手を組み、アマトが恨みがましく独りごちると、


「伊藤はそれを見越して、あまっちをこっちサイドに引き込んだのかもね。あは、クラスのために尽力せいってことでしょ」

「ま、紅林さんはこっちに必要ないけど。ディスカッションよりも雑用のほうが向いてそう」


 容易く放たれる暴言を耳にした紅林凪沙は長髪を垂らすように顎を上げ、強気な目つきで氷上涼乃を睨み、


「ハァ? そもそもあんたこそ、ちゃっかりあたしたちのトコ来といて何様ですか? 文句言わずに、共存できる道を選びやがれってカンジ。氷上の冷たい空気に触れるとマジ萎えるし」

「なら凪沙も言葉を選べよ……」


 五組の文化祭実行委員――伊藤沙織による策略か、学校行事には大してヤル気を見せないタイプなのにもかかわらず、重要なディスカッションの場に、前回に引き続き出席しなければなくなったアマトではあるが、


「でも二人と一緒だと安心するわ。その口論もプロレスって感じだし。最近、何かとギスギスが多くて」


 凪沙はムスゥと口元を窄め、


「プロレスって……。見世物にしてる覚えはないんですけどー?」


 それでも涼乃は心配そうに、


「人間関係で困ってること、あるの? 相談くらいは乗ってあげるけど?」

「うーん、なんて言っていいのやら……。俺もまだハッキリと言えないんだよなあ……」


 腕を組み、困り顔で曖昧な言葉を呟くアマトに凪沙、涼乃は、


「ふふん、そんなに焦らなくてもOK。悩みがわかったらあたしに相談して。あ・た・しにね?」

「いーえ、紅林さんよりも私のほうがいい助言できるはずだから。相談したいなら、まずは私を頼って」


「じゃあ、会長に頼るわ」

「あまのじゃくかよっ」

「いじわるアマト……」


 と、三人がやり取りをしているその時、見知った黒髪の同級生が視界を掠り、


(遊奈……。まあ、元気そうでなによりか)


 楽しそうに頬を緩め、伊藤とおしゃべりをしながら入室してきた彼女。ただ、ジロジロと見ているわけにはいかないので、すぐに両サイドへと注目を戻し、


「今日で『JC喫茶』か『演劇』、どっちかに決まるんだろ? やっぱ俺たちの案が弾かれるんじゃね?」

「えー、どうしてそう言えんの?」

「まず『JC』って響きがアウトだし。健全たる中学でその響き、どう考えたってマズイ」


 涼乃も納得の顔つきで首を縦に振り、


「『JC』というワードはさすがにNGね。それに紅林さん系統の女子が目立つとなると、いろいろと審査に響きそうだし」


 スクールセーター着用、太ももを露出させるスカート丈の茶髪ギャルは、やれやれとため息をつきつつも、瞳には自信を覗かせ、


「ここの文化祭ってそれなりに有名らしいじゃん? 地方の局からも取材カメラ来るらしいし。そしたらー、この凪沙サマにインタビュー殺到は確実。もち、氷上は差し置いて」


 すると、アマトはテレビを前にした渋谷系ギャルのような仕草で、


「えー、あたしにインタビューしちゃうんっスか? ちょっと勘弁してくださいよー、あんま顔見せしたくないんですよねー。ロイヤルビッチなこの姿はタダで見せられませんからー」

「ちょっとそれ、あたしのマネのつもり!? ロイヤルビッチって何なの!」


「あ、いや、ロイヤルウィッチとかけて……」

「おっ、うまー……。って、感心してる場合じゃない! あたし、ビッチじゃないもん! って、氷上も笑うな!」


 顔を小説で覆い、プルプルと震える涼乃。

 凪沙はピクピクッと、頬と細い眉とをハッキリと痙攣させ、


「これ以上あたしをおちょくるようなら、琴夜に頼んでまたお楽しみの刑だよ?」


 アマトは凪沙に目もくれず、スッと黒板方向に指を差し、


「おっと、ディスカッションが始まるらしいぜ? 有意義な時間になるといいな」

「くうぅ! 覚えてろよ……ッ」


 血管が浮き出るほどにグググと拳を握りしめる凪沙。だが、教室内の静まり始める空気に合わせ、ゆらゆらと拳を下ろしていく。ただし、睨みを利かせることは忘れずに。

 実行委員の轟遊奈は周囲を眺め、頃合いを見計らうと、


「それでは、五組六組の合同ディスカッションを始めたいと思います。遅れを取り戻すために即急に出し物を決めたいので、今日でみんなが納得する出し物を決めちゃいましょう」


 スラスラと、詰まることなく導入を仕切る遊奈。


(やけに仕切るのが上手いな、生徒会長でもやらせたら案外天職かも)


 だが、主導権が五組実行委員の伊藤に移ると、


「えっと……、五組の主張は、女子が中心になって飲食のサービスをする『JC喫茶』で、……六組が……グリム童話を基にした『演劇』……です。どちらが良いかを、きょ、今日のディスカッションで話し合いましょう」


(普段は気が強いクセして、こういうときはヘロヘロだな……)


 ともかくディスカッションは開始され、まずは各クラスの主張タイムということで、最初に五組の凪沙が手を挙げ、


「我がクラスは女子中学生の華やかさを押し出した、その名も『JC喫茶』を提案します」


 総勢四十人の女子がローテーションでサービスを行い、その裏で男子もローテーションでドリンクや料理を作る等、具体的な概要を説明していく凪沙ら女子。そしてその後は攻守交代し、六組が『演劇』の概要説明、主張を行っていく。


「それでは……、お互いの意見に質問や反論のある方は……、いますか?」


 すると、今度も凪沙が初めに挙手をし、


「本番まで二週間切ってるし、演劇なんて時間的に無理でしょ。配役決めから演技練習、裏方の整備……。これだと数分の劇になっちゃうと思うんですけど?」


 その言葉に六組の生徒は困ったように顔を見合わせ、しばらく誰も発言しようとはしない。

 だがその時、スッと手を挙げたのは――――実行委員の遊奈。


「伊藤ちゃん、あたし実行委員だけど、ディスカッションに参加してもいいかな?」

「えっ、あ……うん」


 許可を受け取ったのち、苦く口を結ぶ凪沙を一瞥した遊奈は、


「六組が考えてる題目は『白雪姫』。実は三年前に先輩たちが白雪姫をやったらしくて、だから今回は当時の台本を使わせてもらう予定だよ。それに先輩の話だと、二クラスが頑張れば十日程度の準備で大丈夫だって」


 その反論に、凪沙はすぐに待ったをかけ、


「さっきもあたし言ったけど、その程度の準備じゃ相当はしょることにならない? お客さんは短い演劇で満足してくれないでしょ?」

「先輩いわく、一回の演劇で二十分程度。どうかな?」

「二十分そこらなんて演劇に入らないし。最低一時間は上映しないと、たぶん劇にのめり込めないだろうし……」

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