3-7

「でもでも、あたしたちはプロじゃない。いくら一時間あったって、お客さんの心を揺さぶるのは難しいよ。それに学校のみんなは多くの出し物を回りたいはずだし、やる側だって多くの人に観てもらいたい。だったら、二十分の演劇を何度も上演するほうがよくないかな?」

「だっ、だけど……」


 言いよどむ凪沙。対照的に、遊奈は涼しげな顔で、


「あたし、そちらの提案で一つ気がかりがあるんだ。――必然的に女子が表、男子が裏って構図になるよね? それで男子が納得するならいいけど、本音ではみんなどう思ってるのかな?」


 しかめ面で目を背ける凪沙を尻目に、これみよがしに男子に遊奈は目配せをする。アマトのように「気にしていない」という反応の男子もいる反面、遊奈の言葉を肯定する素振りを示した男子も一定数存在した。


 凪沙を見かねたアマトは、彼女の耳元にこっそりと、


「(答弁で遊奈に勝つのは難しいから、ここは一旦引いとけ。遠慮なく隙に漬け込まれる)」

 唇を噛み、遊奈をジッと見つめる凪沙だけれども、

「……知ってるから、それくらい」


 その時、今度は涼乃が手を挙げ、


「たしかに、JC喫茶では男子が主役になれない。なら、男子も表に立てる喫茶も企画すればどう? 女子メイン、男子メインといった感じにローテーションしてみる、というのは?」


 実行委員の伊藤が男子側に意見を求めると、涼乃の意見で構わない、そもそも喫茶をしたくない、という返答が彼らから飛び出す。


(……これ、意見をまとめるのかなり難しいだろ)


 詳しくない六組の面子はともかく、気になる五組の人選。男女半々というのもあるが、その構成は『階層』からバランスよく集められていると、直感的にアマトはそう感じた。


(まあ、いろんな人の意見を聞くことは大事なことなんだけど)


 個性の異なる面々が集まれば、その意見を一つに統合するのは難しい、それは想像に難くない。現に、


(今のところ、意見を出すのは決まった連中だけ。それ以外はディスカッションに注意向けてるか、全く関心ないか)


 完全にディスカッションの参加者になっている遊奈はともかく、進行を務める伊藤にはたして仕切りができるだろうか?


(そもそも、伊藤が立候補した時はビックリしたけど。アイツ、こんな仕事なんてやりたい性格か? 実行委員になって目立ってやろうとか考えたのかな)


 ディスカッションそっちのけで考えを巡らせるアマト。だがしかし、


「篠宮くん。あたしは男の子を代表して、篠宮くんの意見が知りたいな」


 思考を的確に中断した、愛々しい声から紡がれるその一言。


「えっ、ああ……ええっ? おっ、俺の意見?」


 自分へ提言した六組の女子――、遊奈へとアマトは意識を向け、


(ヤバイ、全く聞いてなかった! このマジメな空気、ふざけたこと抜かせば『コイツ……』的な目で見られて絶対に白ける……ッ)


 表面上はポーカーフェイスを装うものの、内心はパニック状態。

 しかし、左隣の涼乃が彼にこっそりと、


「(演劇だって白雪姫をやるのなら、結局は女子が主役になる。その点は、男子はどう思うのかってハナシよ)」


 その耳打ちを聞き届けると、アマトは提言者の遊奈、加えて周りの面々に、


「たしかに白雪姫って作品は、題目のとおり女子が主役になる。けど、小人や王子を上手い具合に目立たせれば、男女平等はそれなりに保てないか?」


 彼がキッパリとそう告げると、教室の顔ぶれは各々の反応を示し始める。


(あっぶね……。サンキュー、ひかみん)


 ふぅ、と胸を撫で下ろすアマトだけれども、それも束の間、


「(痛ッ!)」


 右下からの強烈な蹴りが彼のふくらはぎを襲った。アマトは涙目で右隣を見ると、


「(アンタさあ、あたしの味方じゃなくて六組の味方するの?)」


 キリキリと、視線だけでも人を殺せてしまいそうな強い眼差しを仕向ける凪沙。

 アマトは仰け反りつつも、渋々と手を挙げたのち、再び周囲の面子に、


「で、でも、俺は演劇に比べて……、じゅっ、準備が少なくて済む喫茶を押したいです……。演劇も間に合うだろうけど、余裕を持って進められる喫茶のほうが完成度という点では……いいんじゃないですか? それと七組と八組がミュージカルをするというハナシも小耳に……」


 そう発言すると、凪沙は「これでおあいこっ」と、上機嫌で彼の肩を小突いた。

 そうしてアマトの意見を皮切りに議論は再度白熱していったが、時間が迫ったため、伊藤が半ば強引に多数決を提案。結果、出し物は僅差で五組提案の『JC喫茶』に決定した。


 最後は実行委員、遊奈による締めの言葉で集った顔ぶれは解散し、


「最後の意見がなかったらあまっち女装コースだったけど、今日は特別に許してあげる」


 凪沙は鼻歌混じりの上機嫌で、アマトの肩に手を回し、


「なんならこのあと、パフェ食べにファミレス行かない? あ、氷上も来る?」

「学校から離れたファミレスなら。さすがに放課後も紅林さんと一緒だと疑われかねないし」

「凪沙と一緒なのは平気なのかよ?」


「アマトが一緒なら、別に。それにファミレスパフェ愛好家の一品、興味がないと言ったら嘘になるし」

「そんじゃ、俺も行く」


 この後の予定が決定したのち、一緒の行動が怪しまれると警戒した凪沙、涼乃は一旦教室から別れたが、アマトだけは人の減った教室に残り、


(ったく、先が思いやられるぜ)


 結局、ディスカッションは固定の生徒しかほぼ発言しなかったし、興味薄の態度をしていた者も最後まで振る舞いは変わらなかった。それに出し物は決定したものの、半数が挙手した案を切り捨てる格好となってしまった。


(これも個性と個性のぶつかり合いってヤツか。こういう場合に時嬢部が必要になるんだろうけど。……んっ?)


 ふと目に留まったのは、教室の隅で腰掛けている実行委員の伊藤、および遊奈。


 伊藤は今にも泣きそうな顔で肩を落とし、


「どうしよ、たった二十人もまとめ切れなかったし……。これから八十人もまとめるなんて……絶対に無理だって……」


 すると、傍で伊藤を慰める遊奈は立ち止まるアマトに目をチラつかせる。「こっちに来て」、そう乞うような目配せに、


「俺にできることなんて限られてるけど?」


 が、伊藤は不愉快を覚えた顔で、


「篠宮には頼りたくないんですけどぉ……。去年は同じクラスだったけど、大して接点なかったし」


 俺だってわざわざテメェごときの相談に乗りたくねぇよ、そう強がるなら一人で勝手に悩んでろ、とは心の中で吐き捨てたものの、


「伊藤さんはどうして実行委員になったんだ? 自分から手を挙げてたけど?」


 が、伊藤はアマトの言葉など全く無視した様子で、


「やっぱ私には向いてないんじゃ……」

「大丈夫、このあたしが推薦するほどの逸材だよ? 伊藤ちゃんならきっと成功させられるって!」


(この、あたしが……?)


 アマトが黙然と頭を捻らせる中、遊奈は伊藤の手を優しく取り、


「あたしの知る伊藤ちゃんのいいトコって、グイグイ周りを引っ張れることだと思う。今はあの氷上さんと同じクラスだから発揮が難しいけど、去年はみんなからすっごい頼られてたんだよね? ね、しのみー?」

「いつも伊藤さんの周りに女子が集まってた…………気がする」

「でもさっきの伊藤ちゃん、らしくなかった。実行委員たちばを気にしすぎて、なんか縮こまってたよ。んもう、もっとグイグイ攻めてもいいのに。伊藤ちゃんの個性を発揮することが、みんなを引っ張るカギになるハズッ」


 両拳をグッと握り、彼女は天使のような笑顔でファイトのポーズを見せる。


「この前も、ヤル気ない男子を注意したよね。あれ、カッコよかったなー。あたし思ったもん、こんな子を推薦してホントよかったって」

「まあ遊んでる連中を注意すると、たしかにバカにされたり恨まれたりすることもある。でもさ、それだけわかってくれる連中もいるはず。だから萎縮しなくてもいいんだぜ?」


 二人の言葉を受け止めた伊藤は、迷いを捨てたように立ち上がり、


「わかった、やってみるよ。――――遠慮なく目立ってみせるから」


       ◇


 壁に細身を預ける橙髪のセミショート、時永琴夜は一つため息をつく。


「部活に行けるの、いつになるのかな……」


 両腕で胸に抱えるのは、文化祭で行うことになったミュージカルの台本。


「ここまでは順調ですし、おそらく金曜日には少し空きができますよ。その間に訪れてみてはいかがです?」


 二年七組に所属する琴夜と共同で放課後を過ごす八組の風間飾音は、丁寧で優しげな口調で、そう口にする。


「けど、部室に行っても……。私、サイテーなことしちゃったし……」


 それ以上は口に出さない。否、出せないとでも言うべきか。

 事情は訊かず、琴夜の髪をそっと撫でる飾音。

 小さなシワを刻む台本を、ギュッと胸元で抱き寄せ、


「早く、こないだのことを謝らないと……」


 ポツリと、琴夜は独り言のように呟いた。

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