2-10

 アマトと琴夜が立ち寄ったのは、キュートな小物類を多数取り揃えているショップ。


 琴夜は店の隅から品を眺めてゆき、


「わー、このぬいぐるみかわいいっ」


 彼女が手に取ったのは、顔ほどの大きさをした犬のぬいぐるみ。商品紹介のポップには『女性人気ナンバーわんっ』との一文が色ペンで添えられていた。

 アマトは琴夜に倣い、動物類のぬいぐるみに焦点を当てつつ品々を目で追い、


「琴夜、これは?」


 興味を惹いたぬいぐるみを手で抱え、琴夜の顔に近づけてみる。だが、


「……うっ」


 珍しく、はっきりとわかるほどに彼女は表情を強張らせた。


「おっ、ひょっとして猫が嫌い? 猫より犬派?」

「子どものころ、噛みつかれたり引っかかれたりしたことあって……、正直……」

「ぬいぐるみに拒否反応が出るってことは、相当嫌いみたいだな」


 アマトはぬいぐるみを元の場所に置き、何かプレゼントになりそうなものはないかと品定めを再開したが、


「でもね、あの子の好きな動物は猫なんだよね」


 琴夜はふと目線を上げ、独り言のようにポツリと呟く。


「じゃ、その類でも見ていこうぜ。この店、そういうの揃ってそうだし」

「そうだね、順番に見ていこっか」


 こうして猫嫌いの琴夜をサポートする形で、猫が目印となる商品を次々と見ていくアマト。

 しばらくして、


「この店で俺が一番だと思った猫グッズはコレだ!」


 アマトが自信満々に提示したのは、二本足で尻もちを付く、灰色を基調とした猫のぬいぐるみ。デフォルメされたフォルムが特徴的で、その顔立ちはどこか生意気さを漂わせている。

 しかし琴夜はお気に召さないようで、


「それはないよー。もうちょっとかわいいお顔のぬいぐるみにしない?」


 アマトは自分のチョイスしたぬいぐるみと睨めっこで、


「これはなかなかの逸材だと思うんだけど。かわいくないって言うけど、それって琴夜の思い込みじゃねーの?」

「男の子と女の子のかわいいって違うのかなぁ? んー、だけどアマトくんの言うとおり、私の思い込み?」


 悩ましげにちょこんと首を傾げる琴夜。だが、その顔つきは徐々に曇りを見せ、


「…………思い込み? んー、思い込み…………」


 気がかりな目顔から訝しげに眉をひそめ、そして――――、


「アマトくん、ひょっとしたら飾音ちゃんの相談……っ」


 ハッと目を開いた琴夜、アマトの顔を正面から捉えて、


「あれって、思い込みが原因じゃないかな?」

「……??? なんか話が飛んでる気が……? それに、いくらなんでも会長の悩みを『思い込み』で片付けるのはマズくね?」


「あ、ううん、私が言いたいことはそうじゃなくて、――誰かさんたちの思い込みのせいで生徒会が苦しんでるんじゃないかってこと。今、パッと思いついたの」

「ほーん、もっと詳しく」

「飾音ちゃんも言ってたように、今の学校は荒れ気味。それはキミも知ってるよね?」


 琴夜はアマトの選んだぬいぐるみを両手で持つと、彼が一つ簡単に頷くのを見届け、


「だけど、荒れてる原因が生徒会にある、それは思い込みじゃないかな? アマトくんは学校で気に入らないことがあったとき、生徒会を疑ったことはあった?」

「まあ……ないか。生徒会の決めた制度が気に入らなきゃそりゃあ生徒会を恨むだろうけど、どっかの誰かが校則を犯しても生徒会のせいにはしねーよ」


「そう、生徒は普通、生徒会なんてまず考えない。そもそも中学の生徒会なんて大した存在じゃないのに。校則を決めるわけじゃない、予算の配分を決めるわけじゃない、生徒の処分を決めるわけでもない」

「生徒の思い込みじゃないってことは、ひょっとして……」

「うん、――教師の思い込みが原因だと思う」


 が、アマトは顎に手を当て、納得とまではいかない様子で、


「でも、教師だってそこまで腐ってないだろ? 原因を生徒のせいにはさすがに……」

「いやいや、先生全員が思い込んでるわけじゃないし、もし思っててもちょっとした疑念くらいだよ。でも些細な思い込みが積み重なって、今の状況があるじゃないかな」


 ふっと、アマトは生徒会担当、書類上は時嬢部の顧問に当たる榊原先生の言葉を思い起こす。


(たしかセンセイも生徒会なんて言葉を口にしてたっけ)


 アマトはうんうんと頷き、


「俺だってそうだし、生徒ってそんなに学校の評判は気に掛けないよな。気にするのはせいぜい被害を受けてる連中で、その連中だって相談するのは生徒会じゃなくて教師。その教師が相談の多さでも気にして、なんとなく生徒会に理由を擦りつけた……。そんなトコか」

「あくまで私の推測だけど、そんなところじゃないかな? ま、それを念頭に解決を考えてみない? 月曜日までの宿題ってことで」

「ふふ、とっておきの案を考えてきてやるよ」


 そうするとアマトは琴夜の持っているぬいぐるみを見やり、


「で、プレゼントはどうするの? それ、さっきはお気に召さないようだったけど?」


 琴夜は上に掲げたぬいぐるみをじっくりと眺め、――やがてクスッと口元を綻ばせて、


「ひょっとしたら、かわいくないって思い込んでたのかもね。今はこのにゃんこさん、何だかかわいく見えちゃうかもっ」

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