3-10

 翌日。


 登校したアマトは教室に入ると、紅林凪沙、氷上涼乃がそれぞれの席に座っていた。昨日まで彼女らを取り巻いていた女子は誰一人として、一切二人に寄りつかない。


「凪沙、ひかみん……」


 アマトが入室するや否や、数人の女子が彼に話し掛ける。『最近仲良さそうだけど、あの二人の関係はいったい何なの?』、『二人と一緒だと篠宮くんも危ないから離れたほうがいいよ』と。アマトは簡潔に『わかった』とだけ、彼女らに告げた。


 ――――放課後。


 凪沙、涼乃の件もあり、今日の文化祭に向けての活動はなくなった。


 放課後が空いた篠宮天祷は、久しく訪ねていないあの場所へと赴く。

 どうせ誰もいないだろう、胸にぽっかり穴が開いた気持ちで扉を引けば、


「……あっ」


 予想は正しくなかった。


 ガラス窓に顔を向け、透明な隔たりを指でなぞる、ただ一人そこにいた時嬢部メンバー。

 オレンジ髪の彼女は振り向く。差し込む似た色の光を髪に弾かせて。


「――――アマトくんの……、ばか」


 その言葉を受けようとも、少年は口を開くことをしない。いや、開けないとでも言うべきか。


 やがて琴夜は、彼を振り切るように部室を出ていった。


 アマトは振り返らない。目を伏せたまま、その場へと立ち尽くす。

 なんとなしに、スマートフォンを手に取った。ディスプレイに灯す、自分の恥ずかしい姿と満面に笑う琴夜との写真。


「…………」


 はからずも瞳に映った、――一冊の絵本。

 アマトは棚の上のそれを手に取り、琴夜の席へと腰掛ける。

 開いた見開きの画、そうしてページの一枚一枚を丁寧に捲っていく。


 ページを捲るたびに、これまで徐々に積もってきた、心にあるなにかが揺れ動く。

 一つひとつのページに刻まれるのは、これまでの彼女らのすべて――――……。

 最後のページに到達せぬまま、アマトは粛然とその場を立ち、


「あんなことしたって、琴夜はお前のことなんか見ないから」


 独り言のように、いたずらに呟いた。

 反応など、欠片も期待せず。


「しのみーに何がわかるの? 知った口聞いちゃって。部外者は黙っててほしいな」


 少女の声が、静黙とした部室内に響き渡る。


「篠宮天祷はそこに立っちゃいけない。琴夜ちゃんの隣に立っていいのは、このあたしだけ」

「なら、お前は琴夜を笑わせられるのかよ?」


「しのみーの知らない昔から、……あたしにいっぱい笑顔を見せてくれたから」

「今は……、どうなんだ?」


 密かに、彼女が拳を握りしめたのは見えた。が、返事はどれだけ待とうが、返ってこない。だから、アマトは続けて言葉を突きつける。


「――――お前って本当に『死神』だよな。ずっと前からのお前に対する印象だけど、その言い回しが一番しっくりくる」

「…………、あっそ」


 その言葉を最後に、発言の続きはなかった。


 ふと、アマトは背を向く。けれど、そこには誰もいない。


 あの二人の――……、神様の影のない部室。


 窓から差し込む夕日、交わることのない黒の闇。


「……これ」


 アマトは窓際へと寄り、机に取り残されたメモ帳を手に取る。愛らしい動物柄のメモ帳、おそらくはあの彼女の所有物。


 パラパラと捲れば、とあるページの隙間から、――――一枚の便箋がヒラリと床に落ちた。

 アマトは拾い上げ、綺麗に折りたたまれたそれを広げる。


「…………」


 その時、フワリと吹いた風が絵本をはらはらと捲った。

 開かれる、最後の見開き。


「また、バラバラか……。俺も琴夜も遊奈も、みんなバラバラ」


 絵本に対し、ひっそりと視線を投げかけ、


「あーあ、どうしてこうなったんだろ? ……なあ、琴夜」


 瞳に映るハッピーエンドを前に、篠宮天祷はぽつりと呟いた。

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