3-9

 沈みかけた夕日、眩いオレンジの光がコンクリートの地面をクッキリと照らす。


 背丈を優に超えた金網の柵を背にする遊奈に対し、対面する涼乃は切り出した。


「あなたの目的はなに? クラスの出し物を台無しにすること? 私の目から見れば、そうとしか思えない行動を取っているけど? いったいどういうつもりなの?」


 寂しげに、遊奈はふっと口元を緩め、


「久しぶりにおはなしする機会なのに、最初の言葉がそれなのは寂しいな……」

「私だってこんなこと訊きたくないから。だけど、今の遊奈は誰かを傷つけるだけ。狙いはわからないけど、周りを傷つけるようなら私が止める」


 遊奈は困り顔で目線を落とし、心なしか首を傾げ、


「さっきから何を言ってるのか……。あたしが、どうしてそんなこと……」

「伊藤さんに何を吹き込んでいるのかは知らないけど、全部が裏目になってるわ。お利口な遊奈がはたしてそんな助言、わざわざする?」

「あっ、あたしは伊藤ちゃんにもっと、……積極的になってほしいなって思って……。たっ、たしかに今はちょっとガタガタしてるけど、伊藤ちゃんと力を合わせて……頑張るから……」


 怯えたように愛らしい目を伏せ、口元に手を添える遊奈。

 しかし涼乃は容赦なく、ガシャンと柵に手を付き、


「さっさと認めなさい、自分の非を。これ以上あなたのワガママで友達を巻き込むなら、私が許さないから」


 威圧的な声、挙動を一方的に浴びる遊奈は、次第に円らな瞳を歪め、


「……ひぐぅっ、氷上さんひどいよぉ……。あたし、みんなを困らせたいとか……思ってないのにぃ……。……えぐっ……んっ……ばかぁっ」


 ボロボロと零れる涙を、手の甲や指で掬っていく彼女。


「な、なにも泣かなくたって……。言いすぎたのは悪かったけど、泣いたって遊奈が悪いことには……」


 困り顔でおもむろに遊奈、そして周りを涼乃はキョロキョロとする。やがて彼女は助けを乞うように、とある一点に視線を投げかけた。


 その一点――、建物の陰から彼女らの様子を見守っていたアマトは、


(泣かせるのはちょっとな……。ただでさえ合同クラスの関係怪しくなってるし、これ以上拗れるようなことがあると……。つーか、俺をガン見してもらっても困るっ)


 事情や現状はともあれ、懸命に役目を頑張っている遊奈を責め泣かせるのは、誰がどう見ても最低な行為。


(これ、止めに入ったほうが……。あの二人の関係はまだ掴めないけど、――……ッ!?)


 思わず息を呑む。――――扉前、一人の女子がそこにいるのを目に入れて。

 少年の助言が期待できないと踏んだのであろう、涼乃は動揺の色を顔に浮かべながらも、


「ともかく一つ訊きたいけど、遊奈が実行委員になろうと思ったキッカケってなに?」


 考えるまでもなく、アマトは涼乃の下へと駆け出す。


「証拠もなく責めてごめんなさい。けど、やっぱりまだ――……キャッ!」


 涼乃の肩を掴み、血相を変えてアマトは要求をする。


「もういい、遊奈を責めるなっ。今からでも遊奈に謝って……っ」

「なっ、どうして!? アマトは私と遊奈、どっちの味方だっていうのよ!」


 しかし、彼が黙然とあちら側へ目を向けていることにやがて気づいた涼乃は、――――瞬時に口をつぐむ。


「――――何やってんの、涼乃?」


 そこで棒立ちし、三者を唖然と見つめるは――――、


「信じられないんですけど……。遊奈が文化祭を台無しにしようだとか、なにイチャモン付けてるの? ……――サイテー、見損なった」


 文化祭実行委員であり涼乃の親友――伊藤は、三者を視界から振り切り、逃げるように階段を降りていった。


「待って、伊藤さん!」


 紺髪で空を切るように涼乃は駆け出したものの、捕まえるには遠く及ばず、結局は虚しく右手が空を握るのみ。

 顔を伏せ、ギリリと拳を握る彼女。――そして次の瞬間、遊奈の胸ぐらを遠慮なく掴み、


「彼女を呼び寄せたの、遊奈でしょ……っ?」

「…………」


 遊奈は何も言わない。涙すらも、流しはしない。ただ、涼乃の暴挙を黙って受けるのみ。

 やがて痺れを切らしたのか、涼乃は遊奈を柵に押し付け、去るように出入り扉へ駆けていく。


「おい、ひかみん……待てっ……」


 半ば放心状態で、涼乃の背を追い掛けようとアマトは踏み出す。が、


「ごめんね、ひかみん」


 ふと聞こえた、背後からの呟き。


「遊奈、まさかお前の狙いって……」


 背を柵に打ち付けた少女は、悄然と地面に腰を据える。目元は黒髪に隠れて伺えず、けれども口元は力なく緩んでいた。

 アマトは涼乃の後を追うように駆け出し、


「もしかすると……」


 出入り扉から階段を降り、目指すは――……。


(クラスや文化祭は二の次だ。遊奈にとってそこはどうだっていいし、本当の目的は――……)


 影の強まる廊下先、生徒はほとんど見当たらない。


「凪沙!」


 辿り着いた、二年五組の教室。――――ただ一人、紅林凪沙だけが椅子へと腰掛けていた。

 赤混じりの茶髪を垂らすように顔を上げ、匙を投げたように彼女は薄っすらと笑い、


「――――やられちゃった」


 口元は和らいでいるものの、今にも泣きそうな顔で、凪沙は右手で掴むスマートフォンをアマトに示す。淡く光るディスプレイに映し出されるのは、呟き投稿型SNSサイトのページ。

 アマトはスマートフォンを受け取り、画面を下にスクロールすると、


「ちょっ、これって……」


 アカウント名『Shinigami』の最終更新、投稿されているのは動画サイトへのリンク。

 アマトは恐る恐るリンクを踏むと、階段の踊り場で大笑いしている凪沙のみの姿を捉えた動画が、リンク先のサイトに投稿されていた。


「この呟き、二年のほとんどのアカウントに届いてるんじゃ……」


 『Shinigami』のアカウントから凪沙のアカウントへ飛べば、見るも耐えない罵詈雑言でページが埋められている。


「あたし、終わったかも。どうやら氷上もやられちゃったみたいだし……。あーあ、もう居場所ないかもね。委員の仕事を頑張る人間を大笑いするのって、人としてサイテーだもん」


 凪沙はゆらりと重い腰を上げ、飾りの多いスクールバッグを肩に引っ提げて、


「バイバイ。あたしらと一緒だとあまっちも被害受けちゃうから、明日からは他人の振りしていいよ」


 後ろ向きながらもアマトに手を振り、凪沙は肩を落として教室を去っていった。

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