1-2
しまった、そう言わんばかりにアマトは目を逸らし、
「あっ、ああ……。うん……」
併せて言葉も濁し、隣の地味なおさげ髪に恐る恐る目を配らせる。
「………………」
矢作は薄っすらと笑みさえ浮かべてはいたが、西春、特に遊奈とは目を合わせはしない。
(しまった、誘導ミスったか……)
実際には鳴らさなかったが、心中で思わず鳴らした舌打ち。
アマトはすぐさま背面のホワイトボードに目を向け、
「あ、あのさあ……、話は変わるけど今月のアレどうする?」
「ああ、そういやあまだ決めてなかったな」
彼ら四人が所属する部活動、『
遊奈はスクールバッグからごそごそと、紫を基調とした一冊のマンガを取り出し、
「あたしの推薦はやっぱコレでしょ。5部の『ホワイト・アルバム』戦は、あたしの中ではベストバウト。子どもたちも絶対に興奮してくれるはずだよね」
「途中から見せてもわかんねーだろ。保育士から苦情くるわ……。ま、適当に映画観賞させとけばいいんだよ。俺オススメのアニメ映画なら誰も文句言わないはず」
続いてアマトがバッグから取り出したのは、知名度抜群なハリウッド産アニメ映画。
遊奈は西春がこっそり差し出した深夜アニメのDVDをスル―し、
「えー、読み聞かせなのに映画はズルくない?」
「いいんだよ、園児を楽しませられればなんでも。楽して許されればそれが正義だし」
と、その時、
「あっ、あの……」
輪に加わるタイミングを失いかけていたおさげ髪は、四人の中央に一冊の本を差し出し、
「生徒会担当の榊原先生から借りたんだけど……。この絵本、どうかな?」
橙髪と黒髪の幼い少女の後姿が表紙を飾る、差し出された絵本のタイトルは『
アマトが代表して本を手に取ると、パラパラとページを捲り、
(これ、……ずっと前に、誰かが……)
掠るように脳裏をよぎったあの銀髪、切れ長の瞳、そして背を覆ってくれた温かみ。面影は不明瞭だが、幼いころ、この絵本を自分に読み聞かせてくれた彼女の記憶がぼんやりと蘇る。
遊奈は感慨深そうに目を細め、なおかつ瞼には淡く哀愁を灯らせ、
「懐かしい絵本だね。ちょっぴり切ないけど、素敵なハッピーエンドのおはなしだったよね」
――――『時間の国のお嬢様』。とある世界に存在する「時間の国」に生まれた二人の少女は幼いころから大の仲良しだったが、ともに「七人のお嬢様」と呼ばれる選ばれし少女らの一員になったことをきっかけに、その仲は次第に拗れてしまう。けれどもある日、二人の前に現れた一人の少年がきっかけで、壊れたその仲は――……、という概要の絵本作品。
「ああ、アレだろ? 実は少年は都合よく病気を抱えていた。んでソイツが死ぬ代わりに、二人は無事仲を取り戻すことができました、というありがちな展開のハナシ」
「もー、王道でいいじゃん。死んでもいいくらいに二人の仲直りを祈る。うんうん、これ以上ないハートフルなエピソードじゃない?」
「俺が主人公だとしたら、『神様』の願いを叶える魔法を使って生き残る道を選ぶね。自己犠牲なんてまっぴらゴメン。カッコ付けて死ぬほどアホらしいもんはないし」
とはケチをつけるものの絵本を傾注するアマトに、矢作は徐々に笑顔を取り戻し、
「決まりだね、今月はこの絵本を読み聞かせようか」
こうして予定が決まった頃合い、タイミングよくチャイムが鳴り、
「さーてと、いい時間だし帰ろっかな? 西春くん、今日も一緒に帰ろ?」
愛らしさ満天の笑み、愛嬌たっぷりのルンルン気分で提案する遊奈。照れる西春はワクワクな身振りで、カノジョと並んでお先に部室を出る。
「ああ、お気をつけて」
アマトは黒髪女子の後姿に視線を投げてよこし、素っ気なく別れのあいさつを口にした。
そしたら、
「…………」
無言で見返ったのは遊奈。その幼げな瞳には、どこか言い知れぬ含みを漂わせて。
「…………」
あいさつを向けたアマトもまた、黙然とした態度で彼女に返した。
部室内、残された一組の男女。
「…………」
矢作は座ったまま、一切動かない。無言で俯き、目尻をほんのりと光らせて。
アマトは数枚のDVDをバッグから無造作に取り出し、
「矢作さん、この映画観てみない? ヒットはしなかったけど、それなりに楽しめるし。それにこっちは……ヤベッ、……これはどうだ?」
少しでも恋愛要素を含む作品を省いたせいか、彼が手にする四作品、どうしても子ども向けのものが目立つ。
矢作は静かにおもてを上げ、結んだままの唇を無理に伸ばし、
「ありがと、篠宮くん。じゃ、お言葉に甘えてこれ貸してもらおうかな?」
彼女が一枚のDVDを選んだのち、アマトは机上の私物を鞄に仕舞いながら、
「なぁ、明日ちょっと話し合わないか? 部長的に、いろいろと話したいことがあるんだ」
それだけしか伝えないのにもかかわらず、おさげ髪は察したようにコクリと頷いた。
「そんじゃ、また明日」
矢作に手を振り、アマトはバッグを肩に掛けた。人の少ない廊下を歩みながら、夕日が淡く差し込む窓ガラスを漠然と眺め、
(だいぶ前からこの関係が続いてる。……もう、潮時かもな)
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