1章 だから『神様』は変化を決意する

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「アマト、昨日の『こい魔術師まじゅつし』は見たか!? う~っ、まさかまさかの光ヶ丘ひかりがおか透子とおこルート突入! 俺っちの松雪まつゆきみぞれが敗北とは! ぐぬぬぅ……、この展開は想定外!?」


 ドン!! と目下の会議机に手を付き、唾を飛ばすほどに熱弁をする小太りの男子中学生、西春にしはるは息つく暇もなく、


「くぅ~ッ、制作の連中はわかってないわかってない! みぞれと光ヶ丘、どちらが人気かは明白なハズなのに! ヤツらはもっと視聴者のニーズに合った展開を考えるべきだろ!」

「ははっ、西春くん熱いね……」


 彼の幼馴染であるおさげ髪の女子、矢作やはぎは笑みの中に苦い色を見せる。

 そんな小太りの前方、若干の女成分を混じらせた中性的な顔立ちが特徴的な少年――篠宮天祷しのみやあまとはやれやれと、整髪料で整えられた柔らかな茶髪の先をクルクルと指で回し、


「待てい、俺はまだ見てねーよ。深夜アニメを生で見るほど身体カラダはできてないんだ。つーかさらっとネタバレすんな。せっかくお前の勧めで見てるんだから配慮くらいしやがれ」

「おっと、それは失礼っ」


 アマトは瞳の動きで、隣の矢作の注目を西春から引き、


「前話までの感想になるけど、まあラブコメパートは悪くない。だけどな、あの主人公の親友キャラは必要なくね? なに主人公とヒロインの関係、ボクわかってます的な雰囲気で茶化してるんだか……。はー、生理的にムリ」

「うん、私もちょっと気になったかな? 主人公とヒロインだけのシーンをもっと押し出してもいいのに」

「だろ? あの手のキャラはラブコメ界の聖域なんだよ。主人公の親友なんて敵や複線になるキャラ以外、苗字と外見だけでいいんだ。余分なキャラ付けはいらん」


 するとアマトから見た左斜め方向、彼女はふっくらとしたピンクの下唇に指を添え、


「うーん、遊奈は――……」


 シャギーの入った長い黒髪を靡かすようにちょこんと首を傾げ、幼さ漂う愛らしさ満天の顔立ちにはご機嫌顔を浮かべて、


「しのみーほど嫌いってわけじゃないけど、いらないと言えばいらないよね。大体のラブコメに同じようなの出てくるし。ちょっと飽き気味かも」


 パンダ柄をあしらうドクロの髪飾りでも際立たせるように、童顔に似合わず大きめな胸の膨らみを強調付けるように、――とどろき遊奈ゆなは軽い前屈みでそう告げる。

 たった一つの意見のみで、部室内の注目を一身に集めた天性の美少女。西春は羨望の眼差しで、矢作は和らぐ口元と不釣り合いな微かに引きつる眉で、そしてアマトは嘱目の瞳で彼女を見澄ます。


「たぶん作者は『主人公とヒロインの関係を一歩退いた目で見守る親友キャラ』ってキャラを狙ってるはずだ。でも俺から言わせてみれば、他でもよく見かけるような記号キャラは無個性と一緒だね。ただのツンデレや中二病患者にも同じことが言える」


 決して遊奈は見ず、アマトは西春へと言い放つ。

 部員三人からボロクソに言われた西春は黙っているはずもなく、


「じゃあ、もしアマトが主人公の親友だとしたらどう振る舞うんだ? 主人公ともだちの恋は無視するのか? 恋愛で困ってても見て見ぬ振りか? なあ、どうなんだ!」


 えっ……、と困惑するアマト、


「……いっ、一緒に……図書館にでも行かない? ……とでも誘おうかな?」

「しのみー、マジメくんだね……。お友達と恋の勉強しにいくの?」

「リッ、リフレッシュの一環だよ。勉強してると悩みなんてあっという間に消えるだろ? ……あ、消えない?」


 これ以上の弁解に困ったのか、アマトは三人の視線を一気に集める勢いで小太りのアニメ好きをビシッと指差し、強引につくった決め顔で、


「ややこしい恋愛のもつれなんてない洋画こそがやっぱ最強だろ? キャッチーなラブコメも面白い。けどな、派手なアクションにスッキリした恋愛劇、サイコーだね」

「洋画なんか見たくねーし……。洋画バカのアマトには悪いけど……なぁ?」


 遊奈は両手で小顔を支え、イタズラっぽくアマトを笑って、


「爆破シーンとか大好物なんでしょ? ふふ、お子ちゃまみたいっ」

「誰がお子ちゃまだって? 誰だってカッコイイ主人公には憧れるはずだね」

「あはは、しのみーの言うとおりかもね。あたしも好きなマンガ読んでる時、主人公と自分をよく重ねちゃうし」


 アマトはその発言と同時に口を開きかけたが、先を越す形で西春が、


「俺だって美少女ダブルヒロインに悩んでみたいさ! そんな主人公オトコに俺は憧れるぅ!!」


 大胆に宣言してのけた彼。と同時に、密かに「ヤベッ……」と漏らしたアマト。

 そしたら遊奈は不満げに口元を窄め、せがむように西春の腕を抱き、


「うーんっ、西春くんはあたしのカレシでしょ! そんなこと聞いちゃうと遊奈、やきもちやいちゃうぞ?」


 美少女の行為を受け、西春少年は頬を染めつつも鼻の下をだらしなく伸ばした。

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