16.【追憶1】
桃色の花が咲く木下で幼い私が誰かと話している。
「ねぇ。お母さんの生まれたところは遠いの?」
「ああ、すっごく遠いんだ。」
「どのくらい?」
「ここからずっとず~っと遠くだよ。だけど行くのが大変なんだ。」
「じゃあお母さんには会えないの?」
「そうだね。でもここの東の島がすごく似ていて懐かしいと言っていたな。」
私の頭に大きいけれど細くて柔らかい手が乗せられる。
「いつか行ってみるといいよ。この木と同じものが咲いている島らしいよ。」
「え~連れて行ってくれないの?」
「ごめんね。そうだかくれんぼをしよう、ほら目を瞑って。」
言われた通りに目を閉じるが、ほんの少しだけ目を開ける。
花びらが舞う道を白い髪のエルフの男性が歩いていく。
瞬きをした瞬間に景色が変わる。
列車の中。
窓ガラスは割れて、椅子も壊れている。
私の目の前には見慣れた男性の後ろ姿。その奥にはたくさんの黒い影。
男がこちらを振り返り私を抱きしめてる。顔はぼんやりとしていてはっきりしない。
その背中にはどんどん傷ができていく。
赤いものが伝ってくる。
私を抱きしめている男が何かを呟く。
「・」「・」「・」「・」「・」「・」
手を伸ばしていた、ベットから上半身を起こしたままで。
心臓が早鐘を打っている。外は朝日が登り始めたぐらいで薄暗い。
もう一度寝て腕を額に当てる。
こんな夢を見たのは久しぶりだ。
記憶が蘇る、忘れるなと言わんばかりに。
「シャワー浴びよ。」
ベットから起き上がり、浴室へ向かう。
服を脱いであらわになった細く白い肌は汗でしっとりと濡れている。
水の温度を確かめてからシャワーから出る湯を体に当てる。
白く透き通った髪から体へと湯が流れていく、それとは対照的に湯気が上っていく。
鏡に映る深緑色の瞳と目が合う、目元から水滴がこぼれ流れ落ちていく。
少し長い尖った耳を触りながら考える。
「私は・・・。」
自分の腕を触る、夢のあの人が触れた場所を。私を庇った男の人が負った傷とその人から伝ってきた色を。
◇
「おはよう。」
「おっはようございます~!!麗奈先輩、今日は遅かったですね~。」
「うん・・・ちょっとね。」
私が出社して数分後にあくびをしながら眠そうな顔の春ニくんが入社してくる。
春ニくんの顔を見た瞬間に今朝の夢を思い出してその場で少し固まってしまった。
そうしていると私の横を赤い旋風が通り過ぎた。
「おはようございます~。」
「おっはようございます!!せ・ん・ぱ・い!!」
春ニくんに赤い尻尾が巻きつく。
ぎゅうぎゅうに締め付けたので春ニくんの手から鞄が落ちる。
すると春ニくんの鞄からから一通の手紙が落ちたので拾う。
差出人は「五ノ宮 忍」。封筒からはほのかに花のいい香りがする。
「ナトレータさん。離して欲しいんだけど・・・」
「ん~?」
「はぁ・・・ナトレ。離してください。」
「は~い、よっと。」
ナトレはそのまま尻尾を使って春ニくんを持ち上げて自分に引き寄せる。
春ニくんがナトレの胸に埋まる。
その直後勢いよく扉が開かれると竹田さんが入ってくる。
「よっしゃギリギリ!!おうみんなおはよう!!」
「む~むうむむ」
「あ~先輩ったら。」
手紙を春ニくんに渡して早く仕事しよ。
春ニくんの鞄を拾った後でナトレータを春ニくんから引き剥がす。
「おはよう春ニくん。はい、これ。」
「ありがとうございます、麗奈さん。・・・大丈夫ですか?」
「えっ。」
「なんだか麗奈さん元気無いから。」
嬉しくてつい耳がピクピクと動いてしまう。
こういうさりげないところについキュンとしてしまう。
「だ、大丈夫!!」
そう言って自分の机の方へと歩き出す。
ここ最近、春ニくんとは普通に話せない。
仕事か何か理由がないと緊張してうまく話しかけられない、話す時もつい先輩ぶって強がってしまう。
こんな風に意識するようになったのは・・・多分二年前からだと思う。
カツカツカツ
入り口の扉が開かれると四人の男が入って来た。
「『霧江大陸鉄道社』の皆さん!!私『帝国華劇』の『町田』です!!」
揉み手をしながら『町田』と名乗る男が大声で告げた。
「皆様!!私達と一緒に映画を作りませんか~!!
今までにない迫力とスペクタクルでワンダフルなストーリーでございます~!!」
課長が走ってやってくると町田と名乗る男に駆け寄る。
「ちょっ、その話はまだー」
「この会社の社長からは許可をもらってますし、宣伝も兼ねて・・・ね。」
他の部署からも人が集まってくる。
「ロケ地はここ『霧江』から『ウォーレン』連合王国を南西に列車を使って進みます。
いいところを見つけたら撮って、いい場面でとっての一週間です。
そこで!!皆さんのお力をお借りしたい!!スターと一緒に撮影旅を~!!」
あちらこちらで歓声が上がる。
仕事ではあるけれどもスターと一緒に撮影旅に出かけられるのだから興奮するのも無理はない。
入ってきたうちの一人、テンガロンハットを被った初老の男性がこちらを見て町田さんの耳元で何かを告げる。
「・・・え。
目の前の白髪のハーフエルフさんと黒髪の眠たそうな君はマストで欲しいって。出発は明後日。」
課長が声を荒げる。
「ちょっ・・・ちょっと!!いきなりすぎます!!」
「じゃあ部長詳しい話はお昼過ぎにもう一度来ますので~。」
そして、その場は荒れに荒れる。
「えー!!先輩行っちゃうんですか!!私は!?」
「「「「「「三船お前ぇまた麗奈さんと」」」」」」
「え・・・ちょっとやめて~!!」
男性陣とナトレータに揉みくちゃにされる春ニくんを見ながら考える。
そうよ!!
これは三船くんと距離をもっと縮めるチャンスなんじゃない!?
最近新人やお嬢様が現れて私のチャンスが遠ざかってたんだものここで攻めないと!!
この一週間で春ニくんにずっと聞きたかったことを聞こう。
それでもって私がずっと内緒にしていたことを話そう。
そうしたらこのモヤモヤが消えるはず。
きっと前に進めるはずだ。
二年前に起きた私と春ニくんが巻き込まれたあの事件から・・・
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