5.【迫る暗雲】

 ナトレータさんはあの日以来急によそよそしくなった。

話しかけると笑顔にはなるがすぐに何処かへと行ってしまう。

休憩中に見かけた彼女の表情はとても悲しそうだった。

心配して声を掛けたが、笑顔で隠してしまう。


「ナトレータさんどうしたんだろう。」


 書類をまとめるナトレータの様子を廊下からこっそり覗いてみる。

結構離れているためおそらくバレないだろう。

そう考えていると背後から声をかけられる。


「何こそこそ隠れているの?春ニ君。」


「麗奈さんっ。驚かせないでくださいよ。」


「君が変なことしてるから声をかけただけじゃないの。それでどうしたの、そんなところに隠れて。」


 先輩は怪訝な表情を浮かべてこちらを見る。


「実は・・・最近様子がおかしいんです。なんだか無理しているみたいな感じで。」


「先輩はどう思います?ナトレータさんのこと。」


「確かに最近元気なさそうだけど・・・・。」


「そうなんです。領主がここへ来た時からおかしいんです。

あの時も青い顔をしながら僕の腕にしがみついていたし・・・きっと何関係があるんですよ。」


 麗奈さんは静かにこちらを見つめると静かに言った。


「春ニくんはどうするつもり?また彼女を助けたいの、それともただの好奇心?」


「僕はー」


 麗奈さんが近づき、僕の頬に手を添える。


「君はすぐに無茶をするし、自分を犠牲にしようとする。

それに彼女が助けを求めていないかもしれないよ、それに知られたく無い秘密があるのかもしれない。

それがきっかけでまた事件に巻き込まれるかもしれない。

もう一度聞くよ・・・貴方はどうしたいの?」


 麗奈さんの深緑の瞳がこちらを見つめる。

すぐ目の前で静かに、ただ静かに見つめる。


「僕が彼女を助けます。たとえ拒絶されても、何があろうと助けたい。

僕の腕にしがみついた彼女の眼は確かに助けを求めていました。

それにー」


「それに?」


「彼女は僕の唯一の後輩ですから。」


 麗奈はため息をついて微笑んだ


「君はそう言う性格だから仕方がないけど・・・お人好しというかお節介というか・・・・

仕方がないなぁ~。」


「ありがとうございます。でも一度彼女に話を聞いてからにしたいと思います。」


 ナトレータさんの机を見ると彼女はいなかった。

その日彼女が再び姿を表すことはなかった。



「この商品は船便か?どこ行きだ。」


「確か『サルバン』だ。」


 暗い牢獄の前で二人組の男が話している。牢の中には痩せた人々が虚な目をして宙を見つめている。男の手には注射器が握られている。


「あっちの国でを打てば良くないっすか?」

「だめだ。持ち逃げされたらどうする。」


「あぁ確かに。でもあの女どうして逃げられたんでしょうね。」


 男は近くに倒れている男の首に注射を刺す。


「ここだけの話、どうもらしい。」


「へぇ~。あっそろそろ出ましょ。」

 

もう一人の男がもう一本注射を打ち込む、すると倒れていた男が四つん這いになり唸り声をあげ出す。


「うがガァぁっぁぁぁぁぁ!!」


 男の肌がドロドロに溶けて体がぶくぶくと膨れ上がっていく、


「あ~あ嫌だ嫌だ。何度見ても気持ち悪い。」

「がががががががぁあっぁぁぁぁぁ!!」


男だったものが産声をあげる。


「キシャァァァァァァァァァッァッー」

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