6.【龍の恩返し】

 私は『ナトレータ』、コルダ村の唯一の生き残り。


『ウォーレン』連合王国の最北部、諸国の国境沿いにそびえる世界最大級の山の中腹に私は住んでいた。

熊や猪を狩り、山の恵みをいただいて村で静かに暮らしていた。


だがある日、血と煙の匂いを漂わせて奴等が来た。


「ぐわぁぁ~っ!!」

「逃げろナトレータ!!」


 抵抗した物達は皆殺された。破裂音が聞こえたと思えば村人が倒れている。

私は山に逃げ込んだけれどすぐに見つかって捕まった。

生き残ったものは他にはいない、私一人だけが捕らえられて屋敷に監禁された。


「ほうこれが例の村の女か。なかなか美しいではないか。」


「領主様、この娘には利用価値が山ほどありますぞ。これで貴方の力はどんどん・・・」


 私は領主の館の地下牢でずっと一人きり、他の牢には人間がいたがすぐに別の何かに変わってしまう。

叫び声が次第に獣の鳴き声に変わっていく度に、怖くて頭がおかしくなる。

 

 そして私は逃げ出した。

たどり着いた場所が『霧江』だった。


 見るもの、感じるもの全てが新鮮で輝いて見えた。

街を歩いている時は久しぶりに楽しいと思えた、けれど屋敷の追っ手に見つかってしまった。


 屋敷に戻るくらいなら死んでしまおう、そう考えていた時に光が差した。


 彼に助けられた。

先輩がいなかったらまた屋敷に連れ戻されるか、自分で命を絶っていた。


 助けられた恩を返そうと思って二人の後をつけた、三船先輩が何処かへ去った後私に気づいていた麗奈さんに声をかけられた。

 私は彼女に命を助けられた恩を返したいと伝えた。

彼女はただ手をとって優しく私を見つめると私に言った。


「じゃあうちで働く?」


 この会社へと連れてきてくれた。私の事情も経緯も聞かずただ優しく与えてくれた。

温かい食事も居場所も全て与えてくれた。

皆といた時間は温かく、楽しかった。恩を返すつもりが返しきれない程の恩をもらっていた。


 もし恩を返せないにしても、彼らを絶対に巻き込んではいけない。

たとえ私が犠牲になったとしても。


 私は真っ暗な部屋の中で目の前の出来上がったを見ながらずっとうずくまっていた。



 朝日が上り『霧江』の空がだんだん色づいていく。

まだ誰も来ていない社内、課長の机をじっと見つめていた。

手に持ったを置いてさっさと去ってしまえばいいのに、体が動かない。 


「あ~あ。せっかく居場所ができたと思ったのに・・・」


彼女は自分の手にある紙を見てつぶやく。


「何してるの?こんな朝早くに。」


振り向くと白髪のハーフエルフが腕を組んで立っている。


「麗奈さん・・・その、私・・・」


 麗奈さんの深緑の瞳が静かにこちらを見つめる。


「麗奈さんすみません。せっかくここで働かせてもらったのに・・・。

今までお世話になりました。」


 麗奈さんは何も言わない。


「先輩には命を助けられて、麗奈さんには居場所をもらって・・・本当に幸せでした。

けど・・・ここを離れないといけなくなったんです。」


 麗奈さんが口を開く。


「貴方はどうしたいの?」


 心臓が跳ねる。

抑えていたものが溢れそうになる。


 麗奈さんはただ見つめる、静かに見つめる。


 を机に置こうと手を伸ばす、目に入る『』の文字。

それと同時にこの会社へ来てからの日々を思い出す、短い間だったが今までに体験したことのない日々。

皆の笑顔、声、仕草全て覚えている。


「だって!!仕方ないじゃないですか!!これしか・・・方法が思いつかないんです。

皆んなを巻き込まないためには・・・私が消えるしか。」


止まらない。


「ここにいたいですよ!!まだ恩も返せていない!!みんなと一緒にいたい!!」


 気がつくと叫んでいた。押し殺そうとしてきたものが溢れた。


「けど・・・あいつらが来てしまう・・・」


 麗奈さんがそっと頭をなでてくる。

涙があふれてきてしまう、こんなはずじゃなかったのに。


「君はまだ入社して日が浅いけどもうこの会社の一員よ、それに貴方が巻き込みたくなくても自分から巻き込まれに行こうとする人がいるわ。貴方をもう一度助けるためにきっと追いかけるわよ。」


「春二先輩ですか?」


「彼は困った人を助けないと気が済まないの・・・私もそうだったから。それに彼が言ってたわよ。」


「『僕は彼女を助けます』って。」


 

 僕が出社してすぐ鉄道事業課全員が社内の中央に集められた。

目の前には課長とナトレータさんが立っている。


「皆さんに黙っていたことがあります。」

 ナトレータは少し考えるように目を閉じた後そっと目を開けた。そしてー


「私は『龍人』です。現在のこの世界に無い魔力を持っている、かつて存在した魔族に近しい存在です。」


 彼女が来ていた制服の背中から赤い翼が生え、スカートから赤い尻尾がのぞき、額からは二つのツノが生える。

その場にいた全員がその光景にどよめく。


「私はもともと遠くの山に住んでいましたが、領主にこの地に連れて来られました。

詳しいことは言えませんが、領主のところからこの会社に逃げ込んできました。」


 竹田先輩が声を上げる。


「だからこの前領主が来たのか。あんたを連れ戻すために兵隊を引き連れて。

話は分かった、それで・・・あんたはどうするつもりなんだ?」


 皆の視線がナトレータさんへと注がれる。


「私はもう逃げたくない!!せっかく皆さんに出会って、やっと自分の居場所ができたんだから!!」


 竹田先輩は手を叩いて豪快に笑うとナトレータさんの前に立つ。


「じゃあ決まりだ!!あんたはここに残ればいい。

あんたが龍でも、領主が乗り込んでも何も関係ねぇ。

それに『龍』を追い出したなんて言ったらバチが当たりそうでそっちの方が迷惑だ!!なあ皆んな!!」


「おっしゃ領主が来たって何も怖くねぇ!!」


 反対するものなど誰もいなかった、拍手と歓声がナトレータさんを包み込む。

ナトレータさんがこちらに歩み寄ってくる。


「あはは、本当なら僕が竹田先輩みたいに言えば良かったのかな。」

「そうっすよ先輩!!でも・・・ありがとうございます。」


「え?」


「何でもありませんよ!!」


 彼女が笑った後すぐに作戦会議が開かれた、彼女を領主から守るための会議である。

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