2.【きっかけ2】

  空には星々が輝いていた、街灯が一つまた一つと消えて星の輝きが一層強まったように思える。

部屋の中は卓上ランプのぼんやりとした灯りで照らされ、大きな影を作る。


「兄さん今日は麗奈さんと出かけました。雑誌で見た通りエスコートしましたよ。

あと女の子を助けました。

のおかげです、ありがとうございました。」


 窓から見える星に向かって独り言を呟くと、春二は脇にあるランプの炎を消して眠りについた。


 数秒後、布団を押し退けて起き上がる。


「全く、弟は奥手だ。だが良くやった、春ニ。

にしてもお前は優しいな、俺だったら手を掴むよりも蹴りで相手の首をへし折るからな。」


 寝巻きのままの姿で窓の近くにある木へと飛び移る。

木から降りて社員寮の物置小屋に入り小屋の右奥の床の板を剥がす、そこには縦横50cm程の箱が半分ほど地中に埋まった状態で置いてある。

 防虫、防錆加工などが万全の保管箱、いつもこの金属の箱に服と諜報活動用の装備を入れている。


 この日の任務は『霧江』の裏街の情報収集の為、春二が起きる時間までに戻って来て服や匂いを消さなければならない。黒のトレンチコートとワイシャツを着込んで、ヒールが高いブーツを履く。

箱から銀髪のかつらの上にハンチング帽を被り、豚から作った付け耳で耳を長くする。そこに丸メガネをかける。

コートには他国の諜報員から奪った自動式拳銃を忍ばせておく。


 誰にも見られないようにこっそり物置小屋を出て、社員寮の塀を飛び越えた。


『霧江』には『裏街』と呼ばれる所がある。

駅や港がある海岸に近い東側とは対極の位置にある西地区、裏街はそこの地下に存在する。

西地区の下水道の扉や、橋の脇にある茂みに隠された扉など入り口は多くある。

かつて迷宮都市だった『青原』へ行く為の裏道が戦争用の地下避難所になり、いつの間にか拡張と枝分かれを繰り返して巨大な『裏街』を形成した。


 裏街入るとムワッとした蒸気と土の匂い、香水の匂いが混ざり合って一気に押し寄せる。

 

 俺が選んだ扉は裏街の大通りにすぐ入れる通路、流れる人混みに入って周囲を観察する。

平家や二階建ての建物が立ち並ぶ通りには、料理、雑貨だけではなく、武器、密売品や盗品などの露店が並んでいる。


 適当なところで人混みから抜けて脇道に入る。

じめっとした暗い路地から痩せた女性がゆらゆらと歩み寄ってきた。


「なあそこのエルフの旦那~。どうだい私を買わないかい?」

「それは奴隷を買えということか?」

「国際法で禁止されてから50年経ってるじゃないか。ここでももうほとんど扱ってないわよ。」


「さっきのは50年前くらいのあいさつだと思ってくれ。

ちなみにほとんどと言ったがまだ扱っている店があるのか?」


「それは返答次第だね・・・・どうだい?一晩。銀貨3枚、手頃じゃないかい?」


「寝なくていいから情報だけよこせ。」 


 財布から銀貨を5枚渡す。


「この街では3件、隣の『青原』で2件さ。世界中から人を攫って世界中の奴らに売ってる。

噂だと人間だけじゃないらしいよ。だが取引されている場所まではわからない。そんなところさ。」


銀貨をもうニ枚渡す。


「なるほど。それから今日は銀髪のエルフは見ていなかった事にしろよ。」


 女の脇を通り過ぎ、入り組んだ通路を進んでいく。

裏街の通路は日々拡大するため目的の店がある場合は案内か道順を知らなければまず辿り着けない。


今回の目的地は誰も入っていない二階建ての空き家。

俺はそこに呼び出された。


 二階に上がり壁に備え付けられている暖炉の底を外し、はしごがあるので降りて目の前の扉に手を掛ける。

コートから拳銃を取り出して扉を蹴破る。


ガタンッッッー


 入り口の右に隠れていた男がナイフを振り下ろす、

その手を掴んで相手の懐に入りそのまま男を投げる。


背後からもう一人現れた男が蹴りを入れてくる。

しゃがんで蹴りをかわし、男の股下を蹴り上げる。


右側から男が現れ拳銃を構える、拳銃を手で掴み左に銃口をずらして顔に肘鉄を入れる。


「はははっ、そこまでだ諸君。

腕は鈍っていないようだね雪一くん。」


 男に拳銃をむける、周りを取り囲んでいる三人の男達全員から同時に銃を突きつけられる。


「『藤巻ふじまき』っ!!さっさと要件を言え!!」


「まぁ怖い!!そう嫌わないでよ~、僕と君の仲じゃあないか~。

僕を殺したくてうずうずしてるのかなぁ~。

冗談はさておいて指令を伝えようか。」


 銃を向けたまま睨む。


「『ウォーレン』連合王国内で活発化している人身売買の動向を探り、魔世復活派閥および支援者の企みを破壊してもらう。利用できる情報は持ち帰れ。以上だ。」


「他に情報は?」


「あぁんもう欲しがりなんだから~。

最近何か大きいものを詰め込む軍艦が目撃された。穴が空いているから生き物であろう。

・・・ねぇ~もう帰るのかい?おじさんと一緒に遊ぼうよ。」


「うるさい。気色の悪い。」


「どうだった?昼間の劇は、わざわざ手配してあげたんだよ~弟君が君を思い出せるように。

弟君の記憶だと統治軍と魔世復活派に先導された団体の反乱に巻き込まれて死んだことになってるんだっけ?」


「」


「ちなみにあとどれくらい『雪一ゆきかず』でいられるんだい?あと30分くらいかい?」


「」


 言葉を無視して来た道を戻り、近くの扉から地上に出て社員寮に帰る。

痕跡を消して木から自室の窓に飛び移る。

シャワーを浴びて匂いを消したらベットに入る。


 俺はこの体を操れるのは『一日に合計一時間のみ』だ。

昔に比べたら体を扱える時間は長くなったがいつも時間が足りない。

今回はあと三分程度だった。弟を巻き込まない為にも行動を計算して最短時間で任務を遂行する。


窓を閉めてベットに入り、意識を手放す。

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