第31話
『そう……テツヤね、やっぱり亡くなってたのね。でもそうだとしたら』
電話先で華が言葉を切った。その言葉の続きはなんとなくわかった。
『タカアキはどうしたんだろうね』
トンネル内での爆発で死んだと思われていたタカアキは、生きている。代わりに死んでいたのは犬尾唯の兄だった。誰かを身代わりにして、タカアキは何を企んでいるのか。
『タカアキが、殺したの?』
迷うように華が言う。だが、その証拠はない。
『わからない。ただ、遺体の傍には五味って人がいて』
先発隊の、廃棄業者の人。そう社が告げると華がうーんとうなった。
『その五味って人は、どんな人なの?』
そう急に問われて、社は必死に思い出す。あまりいい印象のない、あの不気味な男。
『廃棄物を集めて売買してるって。髪の毛が長くて、ボロボロの長いカーディガンみたいのを羽織ってる。言っちゃ悪いけど浮浪者とか、死神みたいな風貌の奴だよ』
『なるほど。……それなら、タカアキが五味って人に成りすますことも可能、ってことだよね』
まさか。社は目を見張る。それは考えていなかった。けれど。
『でも、声まで誤魔化せないだろ』
『五味って人の声、知ってるの?』
そう問われて、はたと社は考える。こちらが挨拶しても知らんぷり。ちゃんと声を聞いたのは、さっきが初めてだ。けれど。
『少なくとも、タカアキの声はわかるよ。若者とおじさんの声じゃ全然違うだろ』
『わからないよ、タカアキが本気で村上啓を身代わりにして暗躍するつもりだったなら、自分じゃない人間の声をスマホで録音して……』
『それは無理だよ、だって僕たち、テツヤと会話してるんだし』
まさか社らとの会話を予想して、録音しておくことは不可能のはずだ。
『うーん、そっかあ』
あてずっぽうの推理を否定され、電話の向こうでは華がうなだれているようだった。
けれどそもそも、ここでちらっと会っただけの僕なんかより、ここにいる人達の身辺調査をした警察の方が詳しいのではないか。社は考える。
『それより、水谷さんとか光さんのこととか、調べはついたのかい?』
『それなんだけどね』
そういう声はひどく疲れている。それってつまり。
『今誰がトンネルの先にいるのか、わかるのがイサミさん一人らしくって』
そして、大きなため息。
やっぱりそうだ。社は急に喉が渇くのを感じた。イサミが見つかっていない。そういうことなのか?
『イサミさん、見つからないのか?』
『なんか、身内に不幸があったとかで、急に法事に行かなきゃって行っちゃったみたいで。電話も出ないみたいだし……』
絶対嘘だ!内心社は叫んだ。そんな、バレバレのずる休みの理由みたいなの。ああやっぱり、イサミがここに金を隠して、それを奪われまいと僕らを殺して回ってるのか?
社は逡巡したが、諦めてすべて話すことに決めた。目の前では草刈がこちらを睨みつけているが仕方がない。
『その、イサミって人なんだけど』
「おい、余計なことを言うんじゃないよ!」
草刈が騒ぎ始めたが、もはや金を探すのを諦めた銭谷と、もとよりお宝捜索に巻き込まれただけの森と玲夏がそれを止める。その間に社は今までの話をまくし立てる。こういう噂話があるんだけど、それは果たして本当か、と。
『……にわかには信じがたいけど』
電話の向こうでは、さぞかし華がポカンとした顔をしているだろう。
『調べてはみるよ、けど』
警察もこう遺体を見つけられてしまっては、あまり手が回らないという。
『それと、こんな状況でしょう?早く救助に行こうって、そっちに向かう手段を手配してはいるの。もうヘリを出すしかって、予算ケチってる場合じゃないって茨城県警には言ってるんだけど』
けどなかなか手続きが面倒で、と華が愚痴った。
『亀井社長も何とかしてくれようとはしてるんだけど、急にヘリをチャーターするのも大変みたいで、ねえ』
そう彼女は嘆いて、そしてふと思い出したかのように口を開いた。
『あ、そういえば。犬尾唯の探してる犬なんだけどね』
それはつまり、今社が探している犬でもある。果たして玲夏が見たのは、この犬なのか、それともイサミの犬なのか。
『どうにも、今の飼い主は村上啓、つまり唯のお兄さんの方だったみたい』
『え?でも、あの霊はあの犬を、かわいくて大切だって』
『犬尾唯は動物好きだったみたいね。トリマーの専門学校に通ってたみたいだし』
けれど一人暮らしの家ではペットを飼えず、母の死をきっかけに行くことになった兄の家でその犬と会ったらしい。
『けど、近所の人は不思議がってたみたいね。村上啓は、そんな動物が好きな印象もなかったって』
それどころか引きこもりがちで、定職に就いている様子もない。人々は不思議に思ったようだった。
『村上啓の家にはたくさんパソコンがあってね。すごいゲーマーとかなのかな』
ほら、イースポーツとかあるじゃない?それで案外収入があったのかも、と彼女は続けた。
『で、やっぱりあまり動物好きな感じはしない。でもそれもそのはずで、その犬は亡くなった友人から引き取ったみたいで』
友人が飼っていたペット。引き取り手がなければ、最悪保健所で殺処分されてしまうかもしれない。
『なら、いい人なんじゃ』
『まあ、そうなのかもね。それと、ここからが更なる新事実』
聞こえるセリフに対し、少しうんざりしたような口調だった。
『その亡くなった友人も、トンネルで死んじゃったみたい』
『それって、まさか』
『そ。顔を食いちぎられて亡くなってた人』
言われて社は思い出す。変わった名前だったからよく覚えている。ゴエビ、といったか。
『それにしたって、こうもみんなトンネルがらみ。いや』
いちど大きく息を吐き、彼女は続けた。
『元凶はトンネルじゃなくて、その犬なのかも。犬尾唯の忠告は案外正しいのかもね』
犬を見つけてくれないと、みんな死んじゃうの。
そんなの。見つけたって、ガブリってやられて終わりなんじゃないか?
とりあえず、気を付けて。何度目かわからない忠告の言葉を最後に電話を切る。
ふさいだ気持ちで通話の切れたスマホに目を落とす。電池がだいぶ減ってしまって、心細いのもある。それと。
ポツリ。
小さな雨粒が、その画面を濡らした。風が強くなった気がする。何かに怯えるように、ざわざわと木々が揺れていた。
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