第22話

「森さーん」

「建部さん」

「おい、姉ちゃん」

 各々に声を上げ、草木をかき分ける。廃村から山の上を目指すかのごとくの、うっすらとした獣道。


 この先に、月居城跡がある。そう草刈は言っていた。曲がりなりにも道があるのは、城があったころの名残だろうか。きっとその頃は、この道ももっと広くて馬や人がたくさん往来していたのだろう。今は見る影もなかったが。

 果たして、犬の鳴き声を聞いた玲夏はどこに向かったのか。道なき場所へ踏み入ったのかもしれない。けれどその彼女を探す森は犬の居場所など知るはずもなく、恐らく無意識にだろう、やはり社らと同じように、歩きやすい、まだ道の体裁を保ったところを進んでいたようだ。


「Mr.モリ!」

 アズサが声を上げた。とりあえず、森には追い付いた。そのことに安堵する。

 だが彼女が指さす先にいる森の様子はどうだ?肩を落として、うつむいて。

 まさか、そんなこと。

 嫌な予感がして社は後ずさるが、一同は構わず森へと声を掛ける。どうやら森は玲夏が見つからないのに気を落としていただけで、社が想像したような――彼の足元に玲夏の亡骸が転がっているような――ことはなかった。


「あの姉ちゃんは見つからないのか?」

 なんでも自分の思い込みで決める草刈だが、だからと言って冷血漢というわけでもない。そう話しかける声は存外に彼女の身を心配しているようだった。

「まったく、若い女が一人で」

「すまないな、あんたがたにも迷惑を掛けちまって」

 申し訳なさそうに森が詫びた。

「お嬢は、言ったら聞かないんだ」

 そうも言いながら、社の方をちらと睨んだ気がしたのは気のせいだろうか。


 うう、別に僕が探すようけしかけたわけじゃないんだけど。

 肩身の狭い社の全身を不躾にじろじろと眺めて、深いため息とともに森は漏らした。

「まあ、お嬢ももういい年だ。面食いするタイプじゃないだろうとは思っていたが……」

 そして意味深な眼差しを社に向ける。ん、どういうことだ?


「こんな危険な状況に巻き込まれて、そう思い込んじまったのかもしれねえな」

 その目は優しいようでいて、けれど奥の方が黒く淀んでいる。上辺だけの笑顔みたいな。

「つまり、建部さんが急に犬なんか探しに行ったのは」

 そこで、合点が行ったとばかりに銭谷が口を挟んだ。

「もしかしてそこの霊能力者の方に一目ぼれして、何か役に立ちたいと思ったから、ですか?」

「そうとしか考えられないだろうがよ」

 銭谷の声に、あからさまに嫌そうに森は返した。

「お嬢には、もっとたくましい男の方が似合うと思っていたんだが」


「いや、ちょっと待ってくださいよ」

「謙遜するなよ、色男」

 草刈までが、ぴゅう、と口笛を鳴らした。

 急にそんなことを言われ、社は本日何度目かの混乱に見舞われる。何をどうしたらそうなるんだ。いや、万が一そうなら悪い気はしないけれど。

 言葉使いはアレだけど、強気で美人の女性。そんな人に好かれて、嫌と言うことはないだろう。

 でも、そもそも。


「森さんと玲夏さんがそういう仲なんじゃないんですか?」 

 そう、草刈は匂わせていたじゃないか。だってのに持論を覆して、あっけなく僕に玲夏が気があるだなんて、適当なことを言いやがって!

「お、俺が?」

 社の言葉に、狼狽するように森が声を上げた。

「そんなこと」

「だって、そう見えたって。草刈さんが」

 そこでするりと主犯の名をバラし、社は草刈にすべてを押し付ける。噂していた当の本人――玲夏と付き合うなんて趣味が悪い男だとまで言わしめた――にずいと寄られて、小動物は縮こまって答えた。


「だってそうだっぺ、あの姉ちゃん、文句を言う割には何をするにも森が、森が、だ。アンタもアンタだ、俺は見たんだぞ、アンタのあの姉ちゃんに向ける視線ったら!アンタだって、あの男みたいな女に惚れてんじゃないのかね」

「そんなことは」

 そう声を荒げて、拳を握る。草刈がヒッと息を飲んだところで、

「アイツは、アイツは……娘、みたいなもんだ」

 とぽつりとつぶやいた。


 娘。確かにその方が、自然な気がする。口うるさい森は、娘を大事に思うあまり小言を言い過ぎて嫌われる父親みたいじゃないか。けれどそれは、そもそも彼がお目付け役だからなのであって。

「そうかね。その割にはやけに熱っぽかった気もするが……どちらともね」

 急に弱腰になった森に、形勢が変わったとばかりに草刈が言い返す。

「いくらなんでも他人の娘に、そこまでするものなのかね」

「それは、アイツが」


 たじたじと森が口を開きかけた時だった。ふいに、社の視界の隅の草木が不自然に揺れた。まさか熊だとか?思わず身構えるが、それは想像より小さかった。かといって犬でもない。

 人だ、誰かがいる。


「ちょ、ちょっと」

 今はそんな話してる場合じゃないでしょう、社が声を上げる前に、その人物が口を開いた。

「あれ、あんたたちどうしたの?」

「玲夏!」

 それは彼らが今一番に探していた人物だった。社はほっと一息つく。そして、慌てて一言。

「その、すみません、僕が犬を探してるなんて言うから」

 まさか僕に惚れてて、なんてことはないだろうけれど、へらりと社は笑って見せた。


「でも、みんな心配したんです。特に、森さんとか」

 当の森は、番犬よろしく玲夏の前に立ちはだかっている。あんまり彼女に近づいたら噛みつかれそうだ。

「そうだ、玲夏。状況を考えろ」

「悪いって。すっかり、自分がヤバイとこに居るって忘れちゃって」

 そこに鳴き声が聞こえたものだから、つい咄嗟に身体が動いてしまったのだという。


「外で待ってんのも暇だったし、ちょっとくらいならって」

「大体、お嬢は自分を大事にしなさすぎなんだ」

 悪びれた様子もなく首をさする玲夏に対し、森は怒り、というより不安が収まらないらしい。 

「もし、何かあってお前が死んだら」

 生きていけない、などと溺愛の言葉でも飛び出すのかと思いきや、なぜか彼は急に顔を上げて目を見開いた。その視線は、遠くに向けられている。


「なんだ、感極まりすぎて、言葉にならないのか?」

 ニタニタと笑いながら草刈が余計な口を挟む。さっきまでの勢いなら、森がうるさいと喚きそうなものの、なぜか森は不思議そうな顔をしていた。

「どうしたの?」

 今度は玲夏が森を心配する番だった。

「いや、……なんでもない」

「でさ、犬は見つからなかったんだけど」

 こんなに周りを騒がせたにかかわらず、まるで手柄を立てたとばかりの明るい声で彼女は言った。


「こんなもん見つけたんだ」

 じゃーん、とセルフ効果音付きで彼女はつなぎのポケットから何かを取り出した。それは泥が付いたのかひどく汚れていて、はじめなんだかわからなかった。

「かまぼこ板みたいだが、なんだっていうんだ?」

 森が怪訝そうにそれをつまみ上げる。思ったより質量があったのか、うっかり落としそうになり、彼は慌ててそれを掴み直す。その際に少し泥が剥げ、いやにピカピカとした黄色っぽいものが露わとなる。


 それは、世界共通で、たくさんあればあるほどうれしいものだった。社みたいな庶民にはあまりなじみがなかったが、それはどこででも価値のある、つまりお金に換えられるもので。

「き、金じゃないか」

 ひどく草刈が気色ばむ。顔がつかんばかりにそれに近づいた。泥のついたインゴット。いわゆる金の延べ棒。あの、テレビでしか見たことのない、平打ちされた金そのもの。


「Gold?」

 アズサが、まさにそのゴールドと同じような瞳を光らせる。こんなもの、きっと彼女だって見たことないだろう。

「こ、これをどこから?」

 同じく、ひどく焦った様子で銭谷が玲夏に詰め寄った。そして、無造作に金を持つ森の両腕にしかと抱き着いて、食い入るようにその手のものを見つめた。


 確かに色めき立つのも無理はない。社だって驚いている。なんなら、後ろでだるそうにしていた神成だって目を見開いてそれを見つめている。

 あのサイズで、一体いくらになるのだろう。見た目は本当にかまぼこ板。でもあんなのでも、相当な金額になるのだろう。


「あっちの草むらに落ちてたんだ」

 これだけの金を、まさか奪われるとも想定していないのか無邪気に彼女は言う。意外に金に執着がないのかもしれない。だって、なにしろお嬢なわけだし。

「こ、これだけか?」

 震える声で草刈が言った。興奮する気持ちは良くわかる。けど、いくらなんでもこんなに慌てるものなのか?

 そうだ、彼らは明らかに慌てていた。普通はそんなものを見つけたと聞いて、驚くのではないのか?


「他に、近くにはなかったのか?」

 嫌味なほど丁寧な言葉使いがトレードマークの銭谷さえ、動揺を隠しきれない様子で問う。

 もしかして。社の頭で何かがひらめいた。

「アナタたちが探してたのって」

 彼らは何かを探していた。それは、五味や水谷の死に関わるものなのかと思っていたが。

「ここにあるかもしれないって噂の、袋田氏の金ってやつですか?」


 そういうことなんだろう、と得意げに社は言い放った。こいつらは、仕事のついでに宝探しを目論んでいたのだ。だからあんなに熱心に地図を見て。

 もっと真面目に仕事、してくれないと。などと偉そうに考える社に対し、あきれた声が浴びせられた。


「金って。徳川埋蔵金みたいなやつっスか?」

 意外にもその声は神成のものだった。さっき自分だって驚いていたくせに、冷静を装って彼は言う。

「そんなんあったら、とっくに昔の人が見つけてるっスよね」

「じゃあ、あの金塊は」

「さあ、誰かが間違って棄てちまったんじゃないスか」


 棄てるって、そんなことあるもんか。だって金の延べ棒だぞ!

 社はよほど抗議の声を上げたかった。が、けれど確かにそういう例はあって、それを五味はゴミの中から見つけていると聞いたばかりだ。

 でも、金塊だぞ?それとも、これは偽物とか?


「そんなわけ、ないだろう」

 鼻息荒く草刈が言った。素早く森の手からそれを抜き取り泥を拭くと、あろうことかそれを齧ってしまった。

「おい、何を」

「ほら、これを見てみろ」

 咎める森に対し、草刈はかじりついた箇所を指さした。うっすらと、歯型のようなものが残っている。

「え、こんなの。やっぱり偽物なんじゃ」

 疑う社の声に、やれやれと草刈が返した。

「知らないのか?金は他の金属より柔らかいんだ。昔から、金の小判を贈呈された悪代官は、それを齧るってのがお決まりだっぺ」

 そう嘯いて、彼は金を胸元へと仕舞ってしまった。


「あ、ちょっと」

「いいだろうね、一つくらい」

「いや、よくないでしょ」

 しれっとネコババした草刈に非難の声を掛け、社は考える。この様子だと、彼らは宝、というより金そのものを探していたように見える。

「……アナタたちはここにお金があることを信じて、本気で探しているようだった。それが袋田氏の宝だったなら、正直ロマンはあるけど、確かに現実的じゃないですね」


 神成の指摘の通りだ。亀井社長も言っていた、袋田の宝。けれどそれを見つけたら、呪いがかかるかもしれない。なんて、物語性はばっちりで、イベントとしてそういうのをやったら子供たちが喜ぶだろう。けれど、本気で金があるだなんて思わないはずだ。

 だというのにあの腰の入りよう。なにか、ここに大金が眠っていると、確信できる情報を持っていたのだろうか。現に現れたお宝は、きれいに整えられたインゴット。ボロボロとした塊を想像していたのに対し、あまりに人工的すぎる。

 袋田氏の金とは別に、誰かがこれをここに隠した?なぜ?


 詰め寄られて、下唇をぶるぶると震わせていた草刈だったが、やがて観念したように口を開いた。

「お、俺だって、最初はただの噂だと思ってたんだ」

 そう呟いて、彼は唇を湿らせた。

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