第21話
もう何時間も地下にいたような気分だった。外の光に目を細めつつ、腕時計に目をやれば針は一時を指していた。あそこにいたのはせいぜい二十分ほどだったらしい。
早くここを出られるといいのだけど、果たしていつになるのだろう。
外の光を浴びて伸びをした社は、ふいに空腹を思い出した。そういえば、アズサが貰ってきた弁当は小屋に置いてきちゃったんだよな。恨めし気に社は風呂敷を睨んだ。装束なんかじゃなくて、そっちを持って来ればよかった。
一度、戻るように提案するか。とりあえず、外で森と玲夏が待っているはずだから、二人にも声を掛けて。
そう呑気に考えていたところで、ようやく社はただならぬ雰囲気に気が付いた。森が、銭谷を捕まえて早口にまくし立てている。そして、何か言い放つとふいと、木々の中へと姿を消してしまった。
「え、ちょっと」
勝手にどこかに行かないでくださいよ!上げようとした声は、緊迫したアズサの声によって遮られた。どうやら森と銭谷らの会話を聞いていたらしい。
「レイカサンが、どこかに行ったって」
「え?」
「犬の鳴き声が聞こえたって、それで」
彼女は、社が犬を探していることを気にかけてくれていたようだ。とは言っても。
「でも、一人は危ない」
社の声は責めるように響いた。その言葉に対し、彼には責任はないのだが、
「森さんは止めたそうです」
と言い訳がましく銭谷が答えた。
「そりゃあ、あいつならそうするだろうがね」
わかったように草刈がうなずく。
「いっそ二人で消えなかったのは、アイツらは知らないんだな」
知らない?何を?気にはなったが、それよりは玲夏たちの安否の確認が先だろう。社は疑問を引っ込める。
「でも、自分までいなくなってしまったら、私たちが戻って来た時にびっくりするだろうと思って、森さんは残っていたそうです。え、電話?気づいたら電池が切れてて使い物にならなかったそうで。仕方がないので五分だけ探して、見つからなかったら戻って来いと言ったそうなのですが」
お嬢の奴、俺の言うことなんてちっとも聞きやしねえ。そうぼやく森の声が聞こえた気がした。
まあ、ちっとくらいは大丈夫だろ。さっきタバコを吸おうとしてたお嬢のことだって、すぐに見つけられたんだし。
そんな気の緩みさえあったのかもしれない。けれど、彼女は五分経っても、十分経っても戻ってこなかった、のだという。
「犬なんか、今はどうだっていいじゃないですか。勝手なことをして」
ああいやだ、と嘆く銭谷をよそに、草刈が考えるように呟いた。
「犬か」
犬。探していると、確かに玲夏に言った。だが彼女を、危険な目に遭わせるつもりなど毛頭なかったのだけど。
「犬がどうしたんスか?」
この中で唯一事情を知らない神成が、一人のんびりした声で口を挟んだ。
「誰かの飼い犬が逃げたんすか?」
「そこの霊能力者が、ユーレイに言われて犬を探してるんだとよ」
草刈がぞんざいに社らを指さした。
「それで、探しに行った奴までユーレイにでもなったら、たまったもんじゃないね」
「はあ。そのユーレイってのは、もしかして、トンネルの」
さらに言葉を続けようとした神成を遮って、銭谷が言い聞かせるように言った。
「依頼したのがどの幽霊だろうか知りませんが、アナタが霊の言いなりになるから彼女は無謀な行為に走ったんですよ」
銭谷に指摘され、社は身を縮こまらせる。
「でも、まさか玲夏さんがそんな行動に出るなんて、僕だって思っても見ませんでした」
申し訳なさそうに返す社の声に、
「確かに。ただの迷い犬の為に自分の身を危険に晒すなんて、気が知れない」
と犬嫌いの男が、理解できないといったように首を振った。
「かみ殺されてしまうかもしれないのに」
「いや、案外」
怖がる銭谷の声に、草刈がうなるように呟いた。
「ここ掘れワンワンなのかもしれないぞ。あの姉ちゃんも、案外そう思って」
そして、急に思い直したように彼は顔を上げると、
「とりあえず、あっちの方に向かったみたいだな」
村を囲むように生い茂る、木々の方を指さした。
そうだ、とにかくは二人を探さなければ。社はその方向を睨むように視線を向けた。少なくとも僕が犬を探してるなんて言ったせいで、誰かが死んだらあんまりだ。
「僕たちも後を追いましょう、みんなで」
「ええ、俺も行くんスか?」
社の言葉に、不満げに神成が声を上げる。
「一人でいるときに、何かあっても知りませんよ」
銭谷が唇の端を持ち上げた。怖がってるのを誤魔化しているのだろうか、その口の端が引くついていた。
「今度は指を噛まれるくらいじゃ済まないかもしれませんよ」
「……わかったっスよ」
渋々と、重そうな腹を抱えて神成も付いてきた。一同は、えっちらおっちら木々の中を進んでいく。
それにしても。山道の連続に疲弊しながら社は思う。
なんだか探してばかりだ。人だったり犬だったり、あるいは、何かを。
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