第20話

 その後みんなで集まって村の中を一通り探したが、結局誰も見つからなかった。

「どこに行ったって言うんでしょう」

 思案気に銭谷が呟く。「後は、森の中か、この先の城跡あたりか……」

「シロ?」

 アズサが小声で反復する。

「Castleなんて、こんなところに?」


 どうやら彼女は、このあたりの具体的な話は聞かされていない様だった。本来ならそういう説明を市役所職員のイサミさんがしてくれれば良かったのに、彼女は個人的な話しかしてくれなかったらしい。


「月居城の跡ですよ」

 アズサの小声を聞いたのか、にっこりと笑いながら銭谷が言う。

「といっても、何もなかったと思いますが」

「ああ、石碑が残ってるくらいだっぺ。あんなとこ、電話線なんて通ってるはずないと思うがね」

 けどもしそこにいたとしたら、ソイツはどういうつもりだっぺな。そうも続けて草刈は何故か軽く舌打ちした。


「けど、他に行きそうなところなんか……」

「あの、ちょっといいですか?」

 行き詰ってしまった一同に、社は恐る恐る提案した。

「その、神成さんが何もなかったって言ってた地下。見てみたいな、なんて」

 その言葉に、露骨に神成が嫌そうな顔をした。

「あそこには誰もいなかったっスよ」

「そうなんですけど、一応。その、僕は神成さんじゃない、黒髪の男が入ってくのを見たんだ。黄色っぽい作業着の。だから」

「ああ、そんなこと言ってたっスね」

 疑うようなまなざしで神成は言う。

「でも、俺以外誰もいませんでしたよ。足跡だって、俺の分しかなかったっスよね?」

「でも、僕は地下をまだ見てないから」

「そんなの、無駄だと思いますけど」

 俺を信じてないってことっスか、そう神成に睨まれたところで、

「ああ、なんでもこいつら、霊能力者らしくてな」

 と森が口を挟んだ。


「れ、霊能力者?」

「ああ、不動産屋のお祓い課の方だそうで」

 本当かはわかりませんけどね、と銭谷がメガネを持ち上げて言った。

「つまり、そこに霊がいるかどうか見たいってことなのか?」

 だったらさっき見てくりゃ良かったのに。玲夏が顔をしかめる。

「そうなんだけど、ちょっと」

 まさか、神成を疑っていて、とは言えなくて社は言葉を濁した。

「けどまあ、いいんじゃないのかね」

 意外にも助け船を出したのは草刈だった。

「俺も、そこの兄ちゃんが地下でなにをしてたかが気になるからね」

「だからあ、配電盤を確認しに……」

「配電盤ねえ」

 意味ありげに草刈がニヤリと笑った。

「あんなとこに、そんなもんあるわけないだろうに」


「あんなとこって、あの建物が何だったのか知ってるんですか?」

 中にも入らず、まわりをうろついていただけの奴が何を言う。そう思いながら社が問えば、

「昔の資料によると、ここは昔公民館だったみたいです」

 と銭谷が補足した。

「こんな村のはずれに?」

「もともとあった場所を活用するためにこうなったみたいです。もともとここには」

「ああ、戦争んときに作った防空壕があったんだろ?」

 そこで草刈が口を挟んだ。

「有事の際の避難所もかねて、その上に被せるように建物を作ったって話だっぺ」


 なんだ。なら、あの建物を見つけた時にそう言ってくれれば。でも、かつては防空壕だったからって、廃村になった四十年前、あの建物に電気が通ってないとも限らないじゃないか。

 まさかそんな細かいところまで、草刈は知っているっていうのか?


「この辺り、詳しいんですか?」

 気になって社は聞いた。するとなぜか得意げに草刈は胸を反らすと、

「昔ばあちゃんがここに住んでてな、子供の頃だが遊びに来たことがある」

 と返した。なるほど、土地勘があったのか。だから彼は先陣切って歩いていったのだ。

「それなら、最初からそう教えてくれれば」

「別に教えたところで、行方不明者がすんなり見つかるわけでもないだろう」

 それはまあ、そうかもしれないけれど。でも、地理に明るい人間がいるのは結構重要なのではなかろうか。

「それに、ずいぶんあの頃とは様子が違うからね。ああ、懐かしの故郷がこんな荒れ果てちまってるなんてねえ」


 白々しく嘯いて、草刈は公民館の方へと進んでいく。見た目と違って食えないおじさんだな、と社は思った。草刈と言い、銭谷と言い、何かを隠しているようだし。

 みんな、なんかおかしい。そう呟いた玲夏の感覚は、恐らく合っているのだろう。

 それは、水谷が死んでいたことと関係があるのだろうか。黒髪の男が消えたことについても。


 それと、人々から逃げるように姿を消した五味。銭谷と草刈の二人と、何かしら五味は関係がありそうだった。二人は水谷を殺したのが五味だと言い張っているが、あるいは実はこの二人こそが水谷を殺した犯人らで、その罪を五味に擦り付けようとしたんじゃないのか?

 いや、なんでそんなことをするんだ。社は思わず頭を抱えてしまった。ゼネコンと造園業が共謀して水道局員を殺害。その罪を廃棄業者へ。一体、どんな殺害理由があるっていうんだ。

 ぐるぐると考えているうちに、一同はあの場所へ戻って来た。


 もうあんな埃っぽいとこは嫌だ。そう言う玲夏と、俺が行っても役に立たんだろと謙遜する森の二人を残して一同は例の公民館へと入って行く。

 草刈の下世話な指摘を信じるわけではないが、二人きりになりたかったのかな、なんて思ってみたりしてしまう。しかし親と子ほど年の離れた二人だ。そんなこと、あるはずもないだろう。それより意外だったのは、銭谷も付いてきた点か。こんなところに入ったって、いたずらにスーツを汚すだけな気がするが。


「ああ、そうだ、思い出した」

 暗がりの中をそろそろと進む中、白々と草刈が口を開いた。

「昔ここで、よく村の大人たちが集まって話してたっぺなあ」

 どうやらその昔、この荒れ果てたコンクリ打ちっぱなしの建物は、この辺りでは瀟洒な建物と人気だったらしくよく人が集まっていたのだという。

「けど今じゃこんなんだもんなあ」

 ペシペシと彼はむき出しの壁を叩く。湿った音が反響した。


「しかし、確かに人なんていなさそうですね」

 そろそろと歩きながら銭谷がぼやいた。

「本当に幽霊がいるんですか?ここ」

「それは、まだ何とも」

 社が見かけた黒髪の男が生きた人間なら、建物内ですぐに見つかって不思議でない。けれどその姿はなく、足跡だって神成が付けたであろう物だけ。

 その本人は、めんどくさそうに顔をしかめている。もしこれで、地下に遺体でもあろうものなら彼が犯人に決まってる。だというのにこの呑気な有様。


 やっぱり、僕の思い過ごしなだけだったのか?

 言いだした手前、社は先陣を切って地下に降りていく。生臭くて、かびが混ざったような匂いが鼻をつく。その匂いに社は怯える。いや、でもどうしよう。この下にぐちゃぐちゃになった死体でも置いてあったら!


 けれどその想像は杞憂に終わって、降りた場所には何もなかった。本当に神成の言う通りだ。がらんとした空間。きれいに整えられたとは言えない造りをしていて、人力で削った地中の壁を、後からコンクリで塗り固めたような壁があたりを囲っている。

 地上階のように物が散乱しているでもない。片隅に毛布や懐中電灯などが大人しく積み上げられているぐらいだ。

 避難所だったというのは本当の様だ。


 そして、地面に積もった厚い埃の上には、一人分の人間の足跡。

「だから、何もなかったって言ってるじゃないスか」

 不快感も露わに神成は言った。

「それとも、ユーレイが見えるんスか?」

「ゆ、幽霊は」

 社の目には何も映らなかった。ではアズサは?社は素早く社に目をやった。けれど彼女も、困ったように軽く首を振るばかり。

「いないみたい、です」

「じゃあやっぱりここには誰もいなかったんだな」

 無駄足でしたね、と銭谷がため息をついた。

「あなたが見たのはただの幻覚か」

「でも、確かに」

「見えたのだとしたら、やっぱり幽霊だったんでしょう。あいつらは、壁だって通り抜けられるんでしょうし」

 そう言う銭谷の声は少し小馬鹿にしているようにも聞こえる。くそう。さっきは死体を見つけてすぐに逃げたっていうのに。けど、気絶した自分も自分か。


「でも、男の霊なんてここ、いたかね?」

 考えるように草刈が口を挟んだ。問われて社は考える。確か。

「トンネルで事故に遭ったライダーの霊がいるらしいですけど」

 ライダーの性別までは覚えていなかった。けれど多分男だろう。

「でもそれはトンネルでの出来事でしょう?それがこんな、奥まで来るものなのですか?」

 再びこき下ろすような声で銭谷が言う。けれどその意見はしごく真っ当で。

「それは、うーん。よっぽど根性のある霊なら……」

 例えば、社の枕元に現れた犬尾唯の霊。普通は、霊は死んだ場所からなかなか離れられないものだ。


「根性って」

 呆れ声で返されて、慌てて社は付け加えた。

「あるいは、そういうものを集める磁場が強ければ」

 どういう仕組みかはわからない。が、生きた人間が風水などと方角を有り難がるのと同じで、霊にもそういうものがあるそうだ。肉体を持たないエネルギー体の霊は、尚更そういうものに強く惹かれる。らしい。友人の受け売りだが。


「でもそれは、どっちかっていうとトンネルの方なんじゃないっスか」

 胡散臭そうに社に視線を送りながら神成がうなった。

「あっちの方がそういうの、多いじゃないっスか」

 確かに、不吉な噂話の大半はトンネルでの出来事だ。けれど社は思い出す。そうだ、廃村でも事件があったじゃないか。

「でも、ここを再開発に来た――例えばあなた方のような人が、全員姿を消した事件が起こっている。この廃村で、つい一年ほど前に」


 まさに、今回も似たようなことが起こっているのではないか。社の頬を汗が垂れる。亀井社長は今回は社がいるからみんな大丈夫だなんて安易に言ってたけれど。

 すでにもう、一人亡くなってしまってるじゃないか!


「そんなことが?」

 まさか、同じくここに乗り込んで来た身で知らないのだろうか。意外そうに銭谷が問う。

「ここで、姿を消した――それは死んだってことですか?」

「わ、わかりません。ただ、姿を消した、って。……遺体は見つかってないようですから」

「遺体……」

 考えるように銭谷は言う。

「しかし、水谷さんは確かに我々と一緒にここに来た。その、以前に姿を消したっていう方々とは関係ない」


 ゆっくりと確認するように彼は言った。確かに、あの遺体が前に消えた人間のものだと考えれば辻褄は合う。遺体の損傷も、時間の経過がそうさせたのかもしれない。

 けれど一年もヒトの形を保っていられるのだろうか。森の中に棄てられた遺体。獣に喰われたり、蛆が湧いたり……そして腐って、体液が地面に染みて。

 おえ。そこまで想像してしまい気持ちが悪くなったので、社は考えるのをやめた。


 うん、そう考えるのはさすがに無理だ。そう結論付ける。だってあんなわかりやすい場所にあって、その死体を捜索隊が見つけられなかったとは考えにくい。それに、銭谷らだって、あれは水谷氏で、ここに一緒に来た人だと証言している。これ以上は、警察に判断を委ねるしかないだろう。


「ここで死体でも見つければ、この兄ちゃんが犯人で万々歳だったんだがね」

 不躾な視線を神成に向けながら草刈が言った。

「そんなことはなさそうだ。ここには何にもなかった」

 何も。そこにイントネーションを置いて彼は言った。やっぱり草刈は何かを探している。けれど何を?

 問う前に、先に向こうに口を開かれてしまった。


「ちなみに、アンタたちがここから出てくるとき俺は外にいたんだがね」

 そんなことは社だって知っている。そんなにここに興味があったなら、一緒に入ればいいのにもかかわらず、草刈は外で待っていた。

「黒髪の男なんて出てこなかったね。ここ、出入り口は一か所だけだろう?」

 意味深な表情を浮かべて小動物は続けた。

「ってことは、その黒髪は少なくとも人間じゃない。アンタが言い張ってる幽霊か、あとはアンタが自分が霊能力者だってのをアピールしたいがために騒いでいるか」


「僕は、そんなこと」

 とっさに上げた社の抗議の声を、草刈はまあまあと軽くいなす。そして、なぜか探偵かの如くに人差し指を振って歩き始める。そして一周回ったのち、

「アンタらはグルだった。そうじゃないかね」

 とその指を、あろうことか社と神成に向けて来たではないか。


「例えばだね」

 彼の想像する探偵像は誰なのだろう。あまりミステリには明るくない社だが、それでも想像するパターンーー意味ありげに顎に手を当ててみたり、意味もなく指を鳴らしたり――を駆使して草刈は言った。

「ずばり、こういうことだね」

 この、やたら前置きが長いのも、一体誰に影響を受けたのだろう。それはわからなかったが、意外にも目の前の小男がそういうのが好きだ、と言うことだけは良く分かった。


「神成さん、アンタが黒髪のカツラに黄色い服を羽織ってこの建物に入って行った。そういうことじゃないかね」

 決まった、とばかりに言われたが、社にはピンとこない。ん、どういうこと?

「つまりだ。神成は黒髪の男を装ってここに入る。そして、何食わぬ顔でカツラと服を脱ぎ捨てて現れるんだ。この暗い中だ、そのくらい、隠すことは出来るんじゃないかね。それなら、足跡が一つしかない説明だってつく。なにしろ最初から一人しか中に入ってないんだから」

「はあ」


 だから、何だっていうんだ?ぽかんとする一同に痺れを切らしたのか、今までの得意満面のゆったりした口調から一転、彼は早口にまくし立てた。

「そうやって、幽霊騒ぎを自作自演したんだっぺ。自分をアピールするために。つまり、アンタらはグルだったんだ」

 いやいや。社は声も出なかった。そんなことして、僕らと神成に何のメリットがあるっていうんだ。せいぜい幽霊がいると騒がせるくらいのイタズラにしかならないじゃないか。


「そうすれば、アンタは霊能力者としての立場を確保することが出来る、多少、好き勝手したって、霊を祓うためだとか言って言い訳できる」

「そんなことして、僕、というか、僕らになんのメリットが?」

「とぼけるつもりかね」


 社の困惑の声は届かない。勝ち誇ったように草刈は続けた。

「けれど、そのエセ霊能力者が下手糞だったな。俺はその黒髪の男は見てないんだ。ちゃんと見えるように、声をあげなきゃ。あんたもあんただよ、ちゃんと人を騙す練習はしたのかね」

 今度は神成に向かって教訓垂れる。

「そうやって、俺たちの目をごまかして、あれを――」

「いや、俺そんなことしませんけど」

 辟易した様子で神成が返した。


「黒髪の男を見てないと、アナタは言うけれど」

 そこに、静かに口を挟んだのは意外にもアズサだった。

「それは、ヤシロに言われて外で待ってたからなの?」

「いや、そうじゃないが……」

 草刈が言い淀む。そうだ、なぜ一緒に来なかったのかが不思議なくらいだ。

 もしかして、こんなことが起こると草刈は想定してた?まさか。

「でも、これはアナタが外にいたから成り立つトリックよね?入ったはずの人間が中にいなくて、外にも出ていない。出入り口を見張っていた人間がいなければ、中に探しに行った人間の目をかいくぐって逃げたとも考えられる」

「そ、そうだな……」

「アナタが外に残ったのは偶然。それとも、何か理由があって?」

 そう鋭く問うアズサの目が細くなる。獲物を狙う猫の目だ。それに睨まれて、小動物が変なうめき声を出した。


「り、理由は……別に」

 むしろ、神成と草刈らがグルで――。ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。後から来たなんて言ってるけれど、神成は実は草刈たちと一緒に来ていて、後から来た僕たちを騙そうと。

 でも、なんでそんなことをする必要がある?

 何が何だかわからなくなってきた。


「それに、俺カツラだの着替えだのなんてこんなとこに持ってきてないっスよ。それにそんなもん、どこに隠したって言うんです。見せてくださいよ、そのショーコってやつを」

 困ったように神成がぼやく。その言葉に一同はせっせとその証拠品とやらを探してみたものの、そんなものはどこにも見つからなかった。

 うーん、さすがに神成と草刈がグルってのは考えすぎか。社は徒労に終わった捜索を、早々に切り上げて考える。なにしろまだ文句を言っている神成は、草刈の難癖に本当に困っているように見えた。


「ふん、どうだかな」

 自分の推理を否定されて気まずくなったのか、草刈は大きく舌打ちした。

「だって、アンタらが来てからロクなことがないんだ」

 そして、まるですべての原因が社らにあるかの如くに彼は睨む。

「トンネルは崩れるわ、人は死ぬは……全部、アンタたちが来てからだっぺ」

 その言葉に、社は肝を冷やす。まさか、僕が犬尾唯の霊にあんなことを言われたから?


 犬を探さないと、みんな死んじゃうの。

 でも、犬を見つけられなかったくらいで、人が死ぬなんてあんまりだ。何の因果でそんなことが起こるのか。犬が……やっぱり人を、食い殺してるんじゃ。

 それを止めようとして、あの霊は僕のもとに現れた?


「とりあえず」

 ふいに、銭谷の声があたりに響いた。

「ここには何も、誰もいなかった。出ましょうか。ここはひどく息苦しい」

 そして、こうも付け加えた。

「まるで、死んだ後の土の中みたいです」

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