第42話
「村上の家には、たくさんパソコンがあったって。華ちゃんが言っていた」
それだけで彼がハッカーと言う証拠にはならない。が、それは警察が調べれば判明することだろう。
「でも、その人も亡くなったんでしょう?」
アズサが呟いた。
「トンネルで、車の爆発に巻き込まれて」
その腕のなかには、変わらず小型犬が大人しく収まっている。アズサと社の推理を聞き逃すまいと、耳をそばだてているようにすら見えた。
「僕は、村上啓がタカアキを身代わりに、自分が死んだと見せかけたんじゃないかと考えたんだ」
それが、先ほど神成に対して口上した推理だ。
「それで、そう思わせるために、自分の指を切ってタカアキの死体の近くに置いたんだと」
「つまり、Mr.カミナリこそがMr.ムラカミだった」
アズサがゆるゆると首を横に振りながら言う。動きに合わせてポメラニアンのしっぽが揺れる。
「その考えは――」
「そう。けれど、彼の指はちゃんとあった。あいつは、村上じゃないんだ」
その神成の姿はもう消えてしまっていた。弱まっては来ているが、変わらず雨が止む気配はない。どこか、雨に当たらない場所に行ったのだろう。
あいつは村上じゃない。じゃあ、すべての一連の殺人は、容疑者死亡で終わってしまうのか?
肩を落とす社の隣で、アズサが彼の目を覗き込んだ。
「ヤシロの考えは、多分合ってると思う」
「でも」
てっきり否定されると思っていたのがそう言われ、社は困惑する。でも、指紋なんてごまかしようがないじゃないか。
「指。他にもない人がいた。正確には両手、だけど」
そう言って、ひたと社の目を見据える。その目は金に光っていて。
その目に魅入られたように、社も一つの可能性を思い出す。
「テツヤか?けど」
彼はトンネルで爆発が起こった時、生きていたじゃないか。
「この場に居るのが皆死者なら」
静かにアズサは続けた。
「きっとテツヤとタカアキももう死んでたんだわ」
「え、まさか」
思わず社は叫んだ。彼らも幽霊だったっていうのか? さすがにそれは、考えてもみなかった。
「あの人たちも、私たちが来る以前にここに来ていた。それも、昨日の夜じゃなくて、おとといの夜に」
おととい?社は考える。だって、おとといと言ったら。
「おととい?だってその日の夜中は、入り口で犬尾唯が死んでいて」
そうだ。そしてその翌朝、社は遺体を発見した。更に昨夜にその彼女が枕元に立って。
なんだかずいぶん前の出来事な気もする。
「ハイシン。ユイサンが亡くなった日を予定していたんでしょう?」
言われて思い出す。そうだ、そんなことを華ちゃんが言っていた気もする。
「彼らはハイシンの日に合わせてここに来ていたはず。そこで、出くわしてしまった」
「まさか」
社は息をのむ。そして、喘ぐように続けた。
「犬尾唯が死んだ……殺された現場に?」
テツヤとタカアキは、その現場を目撃したっていうのか?
ぶるり、と社の身体が震えたのは、寒さのせいだけじゃなかった。
「そう。Mr.ムラカミは慌てたはず。目撃されても困る、だからこの二人も殺した。たぶん二人が、自分が死んだことに気づかないくらいに、ためらうことなく殺した」
あの二人は、自分が死んだことにも気づいていなかったのか?だから、社がトンネルで犬尾唯が亡くなっていた話をしたときに、あんな曖昧な態度を取っていたのか。
彼らも、何か違和感は覚えたのだ。けれど、明瞭には思い出せなかった。なにせ、自分が何を見たかもわからぬうちに、殺されてしまっていたのだから。
「もしかして、テツヤが犬の鳴き声に怯えていたのって」
二人が殺されたときに、聞いたのではないか。犬尾唯が連れて来た、この犬の鳴き声を。
それをきっかけに、自分の身に何が起こったかを思い出して――。
ワンッ。犬が吠えた。この子も、自分の目の前で何が起こったのたのかが分かったのだろうか。人が、人を殺している。血の匂いがする。
その異常な空気に怯えて、ワンワンと吠えたてて、その場から逃げてしまった。
その鳴き声だけを、テツヤは覚えていた。
「それで、逃げ出したのか?」
「He remembered. 自分が、殺されてしまったことを」
そして恐慌状態に陥った。混乱からその場を離れたが、結局自分の死を認識したテツヤは、五味と同じくただの遺体となり果ててしまった。
「殺害の場面を見られて殺した。そして、二人の遺体をトンネルの先に隠したのか?」
「そうしたかったでしょうけど、さすがに真夜中に山中に入って遺体を隠すのは大変だわ。So.meybe, 彼はテツヤたちの乗っていた車に遺体を乗せて、家に戻ったんじゃないかしら」
夜の山は闇そのものだ。視界ゼロのなか入るのは死に等しい。アズサの言い分も尤もだ。けれど。
「でも、犬尾唯の遺体を翌日僕は見つけてるんだ、なんで彼女の遺体は置いたままにしたんだ?」
その質問にアズサは事も無げに答えた。
「だって、ユイサンは血の海に沈んでいたんでしょう?」
「それは」
思い出して思わずえづく。そうだ、割れた額から血が流れ、あたりを濡らして。
くうん、と悲しそうにプティが鳴いた。その頭を撫でながらアズサは言う。
「その状態で遺体を動かすと殺人の痕跡が残ってしまう。だから下手に動かせなかった。仕方なしに二人の遺体だけ回収して、自宅でMr.ムラカミは思い立つ」
そして、彼女は細い指を一つ持ち上げた。それは、前に草刈が見せたものよりよほど様になっていて。
「自分の身代わりを仕立てることを」
そこは、ヤシロが考えた通りね。そう笑って見せてから彼女は続けた。
「そのために、まずは自分のシモンを拭いて回る。全部は無理だったでしょうけど、よく使うところに別人のシモンを付けておく」
別人。ああ、なるほど、そういうことだったのか。
「それで、テツヤの指紋を?」
「そう。さすがに死体を引きずってつけるのは大変だから、手を切り落とした。カンノンドウに隠されていたknifeは、その時の凶器なのかもしれない。そしてその指も切断して、さもトンネルで死んだのが村上啓だと思わせるようにした」
なるほど、それなら不自然に飛び散った指の謎も解ける。けれど。
「でも、テツヤの遺体は別にあっただろう?」
そうだ、僕らは確かにピンク頭の遺体を見つけている。トンネル内の遺体がテツヤだということはあり得ない。と言うことは。
「じゃあやっぱりあれは、タカアキだったのか?」
「だと思う。タカアキの髪の毛もMr.ムラカミの家に撒いたんでしょうね。DNA鑑定されたら、さすがにMr.ムラカミとタカアキが別人だってのはわかっちゃうもの」
社は想像する。自分とは全く別人の指紋と、やはり別人の毛髪。それを自宅に残して、二人を自分の身代わりに仕立て上げる。
「この作業、きっと大変だったと思う。恐らくDNA以外の痕跡が残らないよう、顔や他の指紋は先に消したんでしょうね。」
そうだろうな、社はうなずいた。けれどそのめちゃくちゃな苦労をしても、自身の犯した罪から永遠に逃れられるものなら容易いことだっただろう。
「本当は、翌朝ユイサンの遺体が見つかる前に、トンネルの先に二人の遺体を棄てたかったはず」
見つかってしまったら、警察がやってくる。遺体を破棄したところで警察に出くわすような真似は絶対にしたくなかったはずだ。
「けれど、予定が狂ってしまった。まさか市が懲りずにここをまた開発しようとしていて、しかもその下見に来た人間がさっそくユイサンの遺体を発見してキゼツして、騒ぎになってたんだもの」
それが僕だ。社は内心苦笑する。でもまあ、早めに彼女の遺体を発見できたのは、良かったのかもしれない。そんなことを考える社を置いて、半ば自分の考えをまとめるようにアズサはつらつらと口を開く。
「だから、その日は一度戻るしかなかった。気が気じゃなかったでしょうね。もし警察が迅速にユイサンの身元を調べ上げてしまったら、現場近くに住むfamilyの所に来ないはずがないもの。けれど幸いに、ヤシロが疑われたおかげで警察の捜査は遅れてしまった」
うん、僕がキゼツしてしまったばっかりに。僕以外の誰かが第一発見者になっていたら、事件は早期解決できていたのだろうか。
「そうして翌日、ようやく二人の遺体を棄てに来ることが出来た。まずはテツヤの遺体を山中に隠す。それから、ヒトが来る前にトンネルを塞いで、ここから逃げる予定だったのだと思う。けれど」
一息ついて彼女は続けた。
「想像より早く、アタシとヤシロがこちらに来てしまった。思っていたより遺体を隠すのに時間が掛ったのかも。それだけでも予定外だったでしょうけど」
ヒト一人の身体を地中に埋める。やったことはないけれど骨が折れそうだ。そうして苦労してトンネルの方に戻って来てみたら。
「ものすごく驚いたでしょうね」
唇の端を持ち上げてアズサが言った。
「なにしろ、自分が殺した人間が生きてたんだもの」
そこには先ほど地面に埋めたばかりのテツヤと、車中で自分の身代わりとなるべく待機している死体のタカアキが生き生きと喋っていたのだから。
「正確には生きているように見えた、だけど」
そう呟いてさらに彼女は続けた。
「トンネルの前で、殺したはずの人間と、知らない人間が話している。Mr.ムラカミは慌てて車に戻ったと思うわ。ちゃんとタカアキの死体があるかを確認しに」
同じような状況にもし自分が陥ったら、確かに見に行くだろう。社はうなずいた。
「けれどそこには、確かに顔と指先をつぶしたタカアキの死体が乗っている。彼は困惑したはずよ。それに、自分が把握していない登場人物がさらに現れる。Mr.モリと、レイカサン。いつの間に来たんだと思ってると、さらにビックリ」
そこで一息ついて、彼女は少しもったいぶったように言った。
「そこに、当のタカアキが現れた」
確かにそこに、死体があるのに。殺したはずの男が自分のもとに現れた。
「さぞかしpanicになったでしょうね。慌てて車を発進させて、トンネル内で停めた。ガソリンをまいて、自分がまきこまれないように火を放つつもりだった。けれど」
死んだはずのタカアキが追いかけてくる。
これは確かにホラーだ。パニックどころじゃない、社だったら気絶している。
「きっとタカアキのghostも状況が良くわからなかったでしょうね。自分が殺されてすでに死んでるってわかってたら、あんなに呑気にアタシたちと話してる場合じゃなかったもの」
そうだろう。彼らは、自分たちが生きていると当然のように、僕らと同じように思っていた。自分は生きた人間で、ユーレイを撮りに来たのだと。
その自分こそが、幽霊だったというのに。
「死者は自分が死んだことがわかっていない――」
ぽつりと社は呟いた。彼らは、自分の死を知らなかった。
ああ、だから。玲夏たちは。
自分が亡くなっていたことに気が付いて、それで。
「タカアキは、自分が殺されたことを覚えていない。だというのに、なぜ知らない人間が自分の車に乗っているのか。彼は説明を求めて車の正面に回った。逃げられないように、トンネルの出口、外に向かう方へ」
社は想像する。死者の霊が、自分を逃すまいと目の前に立ちふさがる様を。自分が確かに殺して、顔や指をつぶすなどとむごいことをした相手が、自分の前に。
呪い殺されるのではないか。嫌でもそんな考えが頭に浮かぶ。嫌だ、やめろ、来るな!
「そこで恐慌状態になって火を放った。Mr.ムラカミは、こちら側に戻ってくるしか出来なかった」
村上は、トンネルの内側にいる。つまり、社らと同じく、この山の中に。
けれど社とアズサ以外の人間は、すでに亡くなってしまった人たちだった。
この犬と、ただ一人を除いて。
「……あの指は、その時に怪我でもしたんじゃないかしら」
アズサの目が、再びきらりと光った。その顔を、ポメラニアンが見上げる。だらりと出していた舌をしまって、アズサの言葉を待っている。
指を怪我している人物。そいつが、やっぱり。
「そこから彼は、アタシたちに隠れて様子をうかがうことにした。殺したはずのテツヤもなぜか生きていて、それをいつの間にか来たギョーシゃらが連れている。状況はさっぱりわからなかったはず。けれど隠れているところをMr.ヒカリに見つかって」
光。社が公民館で見かけた黒髪の男。けれどその姿は見つけられず、遠く離れた観音堂で遺体を見つけた。
「でも、光さんもすでにもう死んでる、んだよな?」
けれど、そのことはまだ彼には分らなかったはずだ。昨日殺した二人が生きている。そんなあり得ない状態に陥って、混乱するばかりだったはずだ。
その状況で、光の霊と出会って彼はどうしたのだろう。やはり生きた人間と思って、こそこそと隠れる自分のことを、うまく説明しようとしたのだろうか。
「そう。……たぶん、なんだけど」
それまでの勢いから急に失速して、アズサが小声で呟いた。
「たぶん、Mr.ゼニヤが消えた時と、同じことが起こったんだと思うわ」
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