第9話
轟音。
それが鼓膜を破壊しようと耳に突撃した。あまりに大きな音に脳は白旗を振り、一瞬何も聞こえなくなる。地面がぐらりと揺れたような気さえする。
思わずよろめき、社はしゃがみこむ。突風が生暖かい空気を纏って、突然の出来事に翻弄される彼らの頭をめちゃくちゃに撫でていく。
しばらくしてそれらが去り、ようやく社は五感を取り戻した。今のはなんだ?
地震?突然の落雷?それとも、爆弾でも落とされたのか?いや、まさか。この国でそんなことあるわけが。
さっきまで騒がしかった虫や鳥の声も止んでしまった。そろそろと彼はあたりを見回す。なぜか視界が濁っている。土ぼこりのような、そんな乾いた匂い。あと、これは。
「Smells like something is burning……」
アズサが軽く咳込みながら呟いた。
「ガソリンみたいな、何が」
「嘘だろ」
その言葉に反応して、テツヤが顔を青ざめる。そして、慌てた様子で来た道を――トンネルの方へと下る道を転がるように駆けていく。
その様子に、社も気づいてしまった。ガソリン?ガソリン……車。まさか。
雑草に足を取られながらピンク頭を追いかける。たいして離れたわけでもないのに、この距離がやけに遠く感じる。
これで嫌な予感がしないわけがなかった。急ぐ社の後ろで、アズサが舌打ちするのが聞こえた。
「Oh, my god!」
嫌でも想像する。もしかしなくても、車がガソリンに引火して、あの青年は。
だが結論から言えば、視界が開けた先に社が想像していた世界はなかった。それよりも、もっと最悪な状況が広がっていた。
「おかしいだろ……なあ、カメラ取りに行っただけじゃねえのかよ」
あの無造作に停められた白い車はなかった。じゃあ彼は、仲間を置いて先に帰ってしまったのか?
けれどそうとも考えられなかった。
トンネルの出口は崩落していた。がれきと化したコンクリの山が、その侵入を頑なに拒んでいたからだ。
「どうして……こんなことに?」
呆然とする男二人に、アズサはトンネルだったものを睨み、低い声を漏らす。
「あの男が……車に乗ってトンネルに向かった。そこで、車が爆発した」
「馬鹿言え、そもそもアイツが俺を置いて帰るわけないだろ」
テツヤが怒りに任せて言い放つ。
「それに、そう簡単に車が爆発するわけないだろ、だってアイツ、ちゃんと手入れしてたんだぜ」
タカアキは機械いじりが得意なんだ、そう続けて彼は果敢にもがれきの山へと向かっていく。
「おい、タカアキいるのか?いないよな、なあ」
テツヤの腕が必死にがれきを掻く。けれどそれはポロポロとかけらをこぼすばかりだ。
社は改めてあたりを見回した。あの車が、トンネルではない方に向かった可能性は?
けれどそれはひどく低いように思えた。道らしき場所は、さきほど社らが進んだ道くらい。村の方に車は来なかった。国道方面に向かったとしても、その先は通行止めだ。あたりは好き勝手に伸びた草木が支配していて、そのどこにも車が乗り入れたような痕跡は見当たらない。
ならば、車はトンネルの先に消えたと考えるのが妥当だろう。そして、車が勝手に進むとも思えない。ということは、やっぱり。
「……でも、もしかしたらタカアキ君は無事に逃げられたのかもしれない」
そうであってほしい、という思いを込めて社は呟いた。
「走ってる途中で違和感に気がついて、慌てて飛び降りたなら」
「とりあえずは、このガレキの先の状況がわからないとどうしようもないわ」
深く息を吐いてアズサが言った。
「あの男が生きているのか。それと、アタシたちはここから出られるのか」
セリフだけ聞けば、まるでアズサはこの状況に動じていないように見えた。けれど、よく見ればその指先がわずかに震えている。
「なあ、これも悪霊とかの仕業なのか?」
先の見えないがれきの山に縋りながらテツヤが呻いた。
「だってあり得ねえだろ、こんな」
「それは……」
社にはわからなかった。
霊が、車に細工をして爆発させるとは考えにくい。けれど、もし霊が憑りついていたのだとしたら?その人間を操って、こんなことをするのだって。
まさか、あの女の霊が?社の頭に、頭から血を流す女の姿が浮かんだ。
もしかして僕は、とんでもない奴に目を付けられてしまったのでは。それで、無関係の人間まで巻き込んで、その人を、死なせて――。
いや、今は何をどう考えたって最悪のことを思い浮かべてしまう。社は深く息を吐く。そして、ぶるぶると震える手でスマホを取り出した。とにかく、外に連絡しなくては。
数回のコールののち、華の呑気な声が聞こえて社は安堵した。うん、大丈夫。ちゃんと通じてる。
『もしもし?大変なんだ。それが、トンネルが崩落して。うん……それで、もしかしたら、中に人がいるかもしれない。名前?……うん、タカアキって名乗ってた、名字までは。でも、ユーチューバーだって言ってたから、検索すれば引っかかるかも。うん、マジテツヤバっていうチャンネル。テツヤっていう、ピンクの頭の男がメインにやってるみたいだけど。……僕たちは大丈夫。じゃあ、よろしく』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます