第8話

「悪い霊、だって」

 そう返すテツヤの声は笑いを含んでいた。一方、意外にも笑い飛ばさずに興味を示したのはタカアキだった。


「つまり、ゴーストバスターってやつか?」

「そうね、『オハライカ』らしいわ」

 アズサが軽く肩をすくめて答えた。そのまま、その顔は社の方へと向けられる。

「どういう意味?」

「ええと、その」

 社は再び口ごもる。お祓いする課だからお祓い課。多分きっと、ダサいって言われる。


 ああ、馬鹿正直に話すんじゃなかった。そう思うも後の祭り。

 社の懸念は見事的中して、説明を聞いて二人はひとしきりゲラゲラと笑った後、けれど笑みを引っ込めてタカアキは言った。

「なるほどな。アンタんとこの不動産屋がここを買って、けれど変なのがいるから祓いに来たと」

 そういうの、マジであるんだ。興奮した様子でタカアキが続けた。


「これウケるんじゃね?ロリ顔外人が銃を振り回してユーレイを追っ払うんだ。なあテツヤ、俺たちのチャンネルに出てもらったら」

「えー、そんなオタクみたいな設定、盛りすぎだって叩かれね?」

 けれどテツヤは乗り気でないのか唇を尖らせる。

「てかそれじゃあ、俺のチャンネルじゃなくなっちゃうじゃん」

 その言葉に一瞬顔を唇を歪ませて、タカアキが言い足した。

「俺たちの、だろ。撮る奴がいなきゃ成り立たねーんだからな」


 そして珍獣を見るかの目つきで社らを見つめたまま、タカアキは続けた。

「イケると思うんだよな。てかさっきの登場シーン、撮っときゃ良かった」

 タカアキが熱弁を振るい始める。主に、アズサがいかに映えるかを。社の存在は早々に無視されてしまったようだった。

 いやまあ確かにアラサーの男が玉串振り回す画なんてウケないだろうけど、ってそんなことより。


「その、話してるとこ悪いんですが」

 おずおずと社は口を開いた。

「そもそもここ、私有地なんで……うちが買い取ったので、勝手に入られると」

 困る、そう続けようとしたところで、

「だったらトンネルの入り口を封鎖するとかしてくれよな」

 とタカアキが声を荒げた。

「入っちゃいけないなんて俺ら、知らないし」

 そして同意を求めるようにテツヤを振り返る。

「なあ、別にフツーに入ってこれたよな?」

「ああ、そうだぜ。仕方ないだろ、俺たち何も知らなかったんだし」


 そう詰められて、社は反論できず唇を噛んだ。昨日の夜。トンネルの入り口は――。

「トンネルの入り口で、事故があったのも?」

 言ってから、社は気が付いた。あれ、昨日の夜?そうだ、昨日の夜は、既に故人が霊になって僕の枕元に立ってたんだったっけ。


「事故?」

 怪訝そうにタカアキが眉をしかめた。

「そんなの――」

「ああ、そうだった、すみません。あれはおとといの夜だった」

 不審げにこちらを見る二人組に、社は説明してやった。


「トンネルの入り口で落石があって、逃げた犬を探してた女性がそれに当たって」

「そんなの、なあ」

 タカアキがテツヤに声を掛ける。その声はなんだか少し小さい。

「知らない、よな?」

「ああ、そんなの」

 テツヤは首を縦に振る。何かを思い出そうとしているようでもあった。

「知らねえよ。おとといの夜?……わかんねえよ」

 だが結局思い当たる節はなかったのか、彼は軽く舌打ちしただけだった。


「ふうん。そんなことがあったのね」

 アズサがちらりと社に目をやる。そして意味深に呟く。

「だから……」

 もしかして、彼女にも見えたのだろうか。その視線に社はピンときた。

 僕がここに来た時にはなんの気配もなかったけれど。あの霊は、アズサにも同じようなことを言ったのかもしれない。犬を探して、と。


「でも、そういう不幸なイベント、いかにもアナタたちの好きそうなことだけど」

 軽く蔑みの色をまぜてアズサが肩をすくめる。なるほど、いかにも彼らが騒ぎそうなネタではあるが。

「でも、昨日の今日だし、ニュースとかにもなってないみたいだし」

 多分、本当に知らないのだろう。社はそう判断した。だって、もしなっていたら大変だ。うっかり事故を事件と勘違いして、挙句無関係の社が犯人として報道でもされていたらたまったもんじゃない!


「へえ、そんなことがあったんだな」

 ピンク頭が興奮した様子で身を乗り出した。

「てかその事故も、悪霊の呪いとかなのか?」

「それは」

 どちらかというと、被害者がすでに呪いを放ってるんですけど。そう思いながらも社は続けた。

「わからないけど、この世に未練があるみたいで」

「さすがはオハライカじゃん、マジでユーレイ見えんの?」

「ええと、まあ……」

 キラキラと光る目で見つめられて、社は居心地の悪い思いをする。霊が視えるとヒトに言うとこうなるか、馬鹿にされるかのどちらかだ。

 まあ、馬鹿にされないだけマシか。


「その、犬を探して、って。その霊は言っていて」

「犬?」

 怪訝そうにタカアキがこちらを睨んだ。

「こんなとこまで迷い込むもんなのか?」

 そんなの社が聞きたかった。今のところ、そう言っているのはあの幽霊だけだ。

「それはわからないけれど、故人はそう思ってるみたいで」

 そして、見つけなければみんな死ぬだなんて脅してくる。まったくいい迷惑だ。そもそもここに、その犬がいるとも限らないじゃないか。


「いいこと思いついた」

 ふいに、テツヤがにやにやしながら口を開いた。

「俺たちも手伝ってやろうぜ」

 その横で、タカアキは困ったような表情を浮かべている。

「おい、マジかよ」

 犬探しなんてバズるわけないだろ、とぼやくタカアキに、

「バカ、そうでもしないと追い出されちまうだろ」

 とテツヤは囁いた。


「ほら、さっさとカメラ取って来いよ。いつも首から重てえのぶら下げてんのに、こんな時に限って置いてきやがって」

「……わかったよ、仕方ねえな」

 そうぼやいて、タカアキが車の方へと向かっていく。その後ろ姿を眺めながら社はため息をついた。

 なるほど、そういうことか。まあ動機は何であれ、いるかもわからない犬を探す人手が増えるのはありがたい。が。


「お気持ちはありがたいけれど、ちょっと」

 社の言葉を制して、アズサが強い調子で口を挟んだ。

「遊びに来たつもりなら、邪魔だから帰ってくれない?」 

 そう言う彼女こそ、誰よりもふらっと遊びに来たようなだけの格好なのだけれど。

 アズサはぞんざいに言い放った。

「昼間だからって、何も起こらないとも限らないし」


 そして、プイと後ろを向くと彼女はずんずんと歩き出す。手入れのされなくなったハイキングコース。草は絡みつくように生い茂り、人の侵入を防ぐかのように足元を狙っている。

 それを底の厚いスニーカーで平然と踏みつけて、彼女は進んでいく。


「え、ちょっと」

 慌てて付いて行く社の後を、さらにピンク頭が追いかける。

「待てよ、せっかく人が手伝ってやろうって」

「It`s not your business.」

 アズサは振り返りもしない。その時だった。


 強烈な衝撃が彼らを襲った。

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