第11話

 彼らは、建部組の人間だと短く名乗った。


「た、たてべ……組!?」

 思い切り狼狽する社に、森がすまなさそうに笑う。

「俺のせいでそう見えちまうかもだけど……単に建設業だ。昔からの名残で組って名乗ってるだけで、そういうんじゃねえから」 


 その建部家のお嬢こと建部玲夏と、その補佐で来た森勇雄。どうやらヤクザではないらしいが、社はいまいち信用しきれない。


 確かに彼らのおそろいのつなぎの胸元には、建部組と刺繍がされてはいるけれど。開発するにも、兎に角は実地を見なければ始まらない。というわけで下見に来たのだというのだが。


「僕たちは、ことぶき不動産の者で……」

 ここでまたお祓い課がどうとかうっかり言えば面倒なことになるのは目に見えていたので、社はそうとだけ説明した。

 つなぎの二人は社とアズサを交互に見て少し不思議そうな顔をしたものの、それよりも目の前の重大な出来事に気を取られ、深くは追及してこなかった。


「しかし、えらい目に遭っちまったな……」

 しげしげと見る影もないトンネルを眺めて、森が呟く。

「そうか、そんなことが」

 痛ましいものを見るかのように、彼はうなだれるテツヤに目をやった。


「けど、まだどうなったかわかんないんだろ?」

 心配そうに、お嬢――玲夏が声を掛ける。

「きっと大丈夫だろ、たぶん」

「とりあえず、トンネルの外にいる僕の仲間に確認を取ってもらってます」

 無責任に励ます玲夏に社は声を掛け、そして森の方へ向き直った。

「他にも業者の方がいらしてるんですよね?その……皆さん、ちょっと閉じ込められた感じになっちゃったんですけど……」

 いや、もしかしたら反対側の出口の工事が進んでれば、案外すぐに出られるかもですけど、と慌てて付け足して社は愛想笑いをした。


「そうだな……とりあえずは外の状況がわからないとどうしようもねえな」

 想像していたよりは落ち着いた様子で森がうなずく。そして、今だパラパラと砂粒が流れるがれきの山を見て、

「けど、ここにいるのも危ないな」

 と険しい顔をした。

「またそのガレキの山が崩れるかもしんねえ。奥に行けば他の人間もいるし、この状況を伝えといたほうがいいだろ」

 そして今度はピンク頭を見やって一言。

「そこのあんちゃんも、とりあえず休んだ方が良さそうだしな。仮眠するぐらいなら出来なくもねえから」


「じゃあ行こうぜ、あたしについて来な」

 こんな状況だというのに、男勝りに歩き始めたのは玲夏だった。クッキリとした眉を上げ、頼もしい足取りで彼女は進んでいく。さすがはお嬢、とも言うべきか。

 その後を、脱力するテツヤを担ぐようにして森が付いて行く。その姿は借金取りが滞納者をす巻きにして担いでいるようにも見える、というのは言いすぎか。

 けれど恰好がつなぎじゃなくて黒いスーツとかだったら、確実にそう見えただろう。


 一方アズサは何か思うところでもあるのか、こんなトンデモ二人組に出会ったというにも関わらず眉を寄せたまま、威嚇するかのようにあたりを見回している。

 先頭を歩く玲夏が気まぐれに振り返り、そのアズサに目を向けた。先ほどはそれどころではなかったが、やはり気にはなっていたらしい。


「そこの女の子も、不動産屋なのか?それとも、アンタの娘?」

 いきなりこんなことを言われ、社は盛大にむせた。

「まさか。こんな大きな子供がいるほど、僕は歳食ってませんから!」

「ジョーダンジョーダン。きっとこの子の両親は、二人とも美形なんだろうし。ハーフなのか?」

 悪かったな、僕は美形じゃなくて。ふてくされる社をまねるかのように、アズサが頬を膨らませた。


「別にそんなの、アナタに関係ないでしょう」

「まあそうだな。けど、その歳で働いてるなんて大変だろ。バイトか?けど、中学生ってバイトしていいんだっけ?」

「中学生じゃない!」

 盛大にムッとした顔をして、アズサが喚く。どうにも、そこだけは譲れないらしい。

「アタシはコーコーセイなの」

 何度も言わせないでくれる、となぜか社が睨まれる。なんでだ。


「そうか、わりいな。小さくてかわいいもんだから」

「ち、小さいが余計です!」

 アズサに睨まれた手前、社は仕方なしに口を挟む。はあ、なんで僕が。社は不平たらたらだ。亀井社長、なんでこんな子を寄越したのだろう。


「まだ高校生なんだろ、大丈夫。あたしだって昔はチビだったけど、高校になってから急に伸びたからな。親父も母親も小柄なのに、ビックリだよ」

 そう笑って見せて、彼女は再び前を向く。そして、何の気なしに口を開いた。


「トンネルの中で車が爆発したっていうけどさ」

 草ぼうぼうの、歩きにくい坂道。一同はそんな道を進んでいく。山の中だけあって、けっこうな傾斜。息も切らさぬ玲夏に対し、社はぜいぜいと喘いでいる。

「え、ええ」

「それって事故なのか?それとも、ユーレイのしわざ?」

「ゆ、ユーレイ?」


 別に自分たちのことをお祓い課の人間と名乗った覚えがないのも関わらず、霊の話を振られて社は狼狽える。それを単に怖がったと思ったのか、玲夏は軽く笑って返した。


「噂だよ、噂。知らない?ここ、変な事がたくさん起こってるんだって」

 棄てられた赤ちゃんの霊が出るとかそんなの、と彼女は続けたのち、

「だからあたしはやめた方がいいって言ったのに」

 と顔をしかめた。


「別に、お嬢は来なくてもいいって言っただろ」

 担いだテツヤなどものともせず、彼女の後を歩く森が呆れた声で言った。

「確かに建部の親父はああ言ったが、なにもこんな山ン中に本当に来なくったって」

 俺だけでも大丈夫だっただろ、と続ける森に、

「そうだけどさ、あたしが行かなきゃ翔太が来る羽目になっただろ。ダメだろ、アイツになにかあったら」

 と玲夏は唇を尖らせた。

「ここ、マジでやばいみたいだしさ」


「何かあったら困るのは、お嬢だって同じだが」

 困惑した様子で森が言う。

「お嬢にだって、もし何かあったら」

「大丈夫、どうせ何も起きやしないよ。——いや、もう起きてはいるのか」

 トンネルのあったあたりに目線をやって、玲夏がため息をついた。

「ほら、やっぱり弟に来させなくて正解だった」


 再び前を向いて、彼女は歩き出す。その後を、慌ててテツヤを担いだ森が付いて行く。 

「けど、確かにここはなんか嫌な感じがすんだよなあ」

 玲夏のぼやく声が、木々のざわめきに吸い取られていく。葉擦れの音、鳥や虫の鳴き声。平和なはずの緑の世界。だというのに、なんだか誰かの視線を感じる気もする。

 この場所全体が、自分たちを見ているのではないか。そんな印象を社は受けた。


「Horrible feeling?」

 ふいにアズサが反応した。もしかしたら、アズサも同じようなことを思ったのだろうか。ここには、確かに何かが――けれど、なんと説明していいのかわからない。ただ何かが居る。そう、感じたのだろうか。

 いや、そんなの気のせいに決まってる。ましてこんな真昼間に、何を僕は怖がって。


「具体的に、どんな感じ?」

「うまくは言えないんだけど……」

 少しためらってから、玲夏は呟いた。

「いつもと違うって言うか。なんか、ほかの奴らも変な感じだし」

「他の人たち?その、一緒に先に来てる人たちですか?確か」

 誰が来てると鶴野さんは言ってたっけ。思い出そうとする社の隣で、すらすらとアズサが口を開く。

「ケンチク関係の人、ハイキ業者の人、水道、通信業者、電力会社の人」


「詳しいな」

「ええ、イサミサンが言ってたわ」

 イサミさん。さっきもその名を口にしていた。

「それが、君をここに連れてきてくれた市の職員?」

「そ。やたらとよく喋るオバサンで、アシダ・イサミっていう人。聞いてもないのにいろんなこと話してくれたわ。ショクバの人間関係、お隣さんのウワキ情報、自分の飼い犬がいかにかわいいか。そんなこと」


 社の頭の中に、ぼんやりと漫才コンビが浮かび上がる。アシダさんとイサミさんの二人が高速で掛け合いを始めたところで、

「あたしが言うのもなんだけど、なんだか胡散臭いやつらばっかりなんだよなあ」

 と玲夏がぼやいた。


「もしかしたらだけど」

 葉擦れと虫の声以外聞こえぬ場所に、不意に玲夏の声が響く。

「案外あたしの勘も外れてないんじゃない?」

 その声は、やけに遠くから聞こえた気もした。 

「誰かにもう、ユーレイが憑りついてたりして」

 振り返らずに言い残し、玲夏はずんずん進んでいく。道は段々と細くなり、深い森が彼らを飲み込んでいく。


 笑えない冗談だと、社は思わずにいられなかった。

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