第12話

「多分、あそこにみんないるはずだよ」


 玲夏が指さしたのは、薄汚れた白いプレハブ小屋だった。公園の片隅にある防災用倉庫を二個並べたくらいのサイズの物。

 坂道、というより山道を上がって開けた場所にそれは建っていた。ハイキングコースの管理事務所かとも思ったが、地図を見ればそれはコースの終着点、つまり通行止めになってしまった国道へ出る道の近くにあるようだ。

 ということは。


「まさか、これを今朝ここに着いてからわざわざ組み立てたってこと?」

 その割には、古びて見えるが。思わず社が呟くと、

「いくらなんでも無理じゃない?きっともっと前に建てられたのよ」とアズサにあっけなく返されてしまった。

「ああ、なるほど」

 そういや一年前にも業者が入ったんだっけ。結局その後彼らは行方知れずだが、恐らくその時に建てられたのだろう。


 その建物の脇には、数台の機械が置かれていた。さすがに大きいものは運び込めなかったのだろう。発電機やチェーンソー、それと草刈り機などが置かれていた。木の根でも掘り起こすのだろうか、スコップまで用意されている。


「おおい」

 森が大声を小屋へと向けた。「大変だ、ちょっと出てきてくれ」

 そう言い切る前に、扉が開いた。ずいぶん早い反応だと思えば、どうやら別に森の声に戸を開けたようでもないようだった。

 なにしろ、小屋から出てきた人物は社らを一瞥すると、何を言うでもなくプイと顔を背けてそのままどこかへ行ってしまったのだ。


「おい、ちょっと待てよ」

 玲夏が怒鳴るもそれも無視。

「トンネルが塞がっちまったんだよ!」

 さらに畳みかけるも我関せず。いくらなんでも無視はあんまりじゃないかと内心憤る社の隣で、

「What a rude man!」とアズサが呟いたのを社は聞いた。英語はよくわからないが、多分同じような事を彼女も感じたのだろう。


「まあ、気にするな」

 いかにもそういうのに厳しそうな組のおやっさん、じゃなかった、建部組の古参がなだめるように口を開く。

「アイツは最初から、誰に対してもあんな感じだった。まともに相手するだけ無駄だ」

 そう諭す口調は、半ば蔑んだ色を含んでいた。社は去っていく男に目をやる。ボサボサの長髪に、ところどころ破けてすらいる長いカーディガン。この場所に住み着いた浮浪者と言われても、おかしくない出で立ちだった。


「でも出入り口が塞がっちゃったのって、結構なパニックだと思うんですけど」

 現に社の鼓動は依然としてドキドキしたままだ。だというのに、あの男は無反応。事の重大さがわからないのだろうか。そもそも。

「あの人は何の人なんです?」


 まさかほんとにここに住み着いてる人だったら、それはそれで厄介だ。そうでなければと思った問いに返ってきたのは、

「廃棄業者だとか言ってたな」

 けっ、と悪態をつきながら答えたのは玲夏だった。

「名前は確か、ゴミ……そうだ、五味航汰、とか言ってたな。名前の通り、ゴミを買い取る仕事してるらしい」

「ゴミを買う?」

 ゴミは捨てるものなのではないのか。その考えがどうにも表情に現れていたようで、

「まあ、ほとんどは不法投棄されたゴミを引き上げることで、代金をもらってるようだな」

 と、森が玲夏の言葉を継ぐ形で説明してくれた。


「けれどそんな廃棄物の中に、時折お宝が混じってるんだってよ」

「宝?」

 思わず社は聞き返す。

「宝石とか、お金とか?」

「そんなんじゃねえ」

 苦笑して森が答えた。

「いわゆるレアメタルって言うやつだな。廃棄された機械の中には、再生可能な鉱物が含まれてるらしい」


「でも、単純に宝石とか金も混じってるって聞いたことあるよ」

 目を輝かせて、玲夏が口を挟んだ。

「間違って捨てる奴もいるんだって。馬鹿だよね。けどあのゴミおじさん、また何か探しに行ったんだろ?ってことは、よっぽどめぼしい何かがここに眠ってるってこと?」

 玲夏の言葉に同調するように森がうなずいた。


「着くなりずっとあの調子だ。常に一人で、何かを探してる」

「廃棄物を探してるんでしょう?」

 それならば単に仕事熱心なのでは。そう思い社は口を挟むが、

「もちろんそうなんだろうが、しかしなあ」

 と森の反応は鈍い。


「赤ん坊の死体」

 アズサが唐突に、不吉な言葉を吐いた。

「見つかってるんでしょう?このあたりから。そういうの、探してるんじゃない?」

「う、噂だとそうらしいけれど」

 社は華の資料を思い出す。確か、ここには生まれて間もない赤ちゃんが棄てられて、夜になるとその泣き声が響いてる、とか。あとは、その母親が死んだ我が子を探して彷徨ってるとか、そういう噂が確かにあった。

 そう、まだあくまでも噂だ。それが本当にあったのかは、華が調べてくれているはずだ。


「まさか、そんなはずないだろ」

 そんなもの見つけたって、廃棄業者に一文の得もない。それどころかいたずらに、トラウマが増えるだけだ。

「まあ何を探してるにせよ、あいつは放っておいていいだろ」

 森が諦めたような声で言った。

「どうせ目的のものが見つかるまであんな感じだろ。閉じ込められようが、あんまり関係ないんじゃねえか?」


「いや、でも」

 まるでどうってことのないように森が言うので、社は抗議の声を上げた。

「お腹だって空くでしょう?ここをいつ出られるかもわかりません。夜は?ここに皆さんで寝るのも大変でしょう、これからどうするか相談しないと――」

「メシか……ああ、そうだな……」

 ようやくそれに思い当たったかのような表情で、森が眉を寄せる。そのまま扉に伸ばしかけた手を止めてしまったので、

「まあとにかく、中に入ろう。そいつも休ませてやらなきゃいけないんだし」

 と玲夏が口を挟んだ。


「あ、ああ。そうだな」

 担いでいたのを忘れていたかのような顔で、森がテツヤを盗み見る。彼はまるで死んだかのようにぐったりとしたままで、今の自分の状況もよくわかっていなさそうだった。

「相談するんだろ、ほら」

 玲夏が扉を開いた。開けられた小屋の中から、もわっとした空気が流れてくる。少しかび臭いような匂いが社の鼻をかすめた。


 簡易的なプレハブ小屋だ、あるのは机とテーブルだけ。換気が悪いのか、どうにも空気がよどんでいてムシムシすらする。これならば木々に囲まれた外の方が断然過ごしやすいのだが、その不快な場所できっかりスーツを着込んだ男と、ポロシャツに短パンのおじさんとが地図を広げて話し込んでいた。


 熱心なことだ。社は思った。特に、あのスーツの男の方。社はその顔を盗み見る。少し面長の顔に、黒縁のメガネ。その姿を見て、社は今更ながらにスーツで来たことを後悔し始めた。この山奥で、この息苦しい部屋でスーツ姿の浮いて見えること!そりゃあ、テツヤとタカアキに不審がられるに決まってる。まして、若い女の子を引き連れてだなんて尚更。


 社らの登場に、ポロシャツの方が顔を上げた。丸っこくて、どこか小動物を思わせるようなおじさん。彼は社とアズサの顔を交互に見ると怪訝そうに、少し歯の飛び出た口を開いた。


「どうも。……あんた方は?」

 玲夏たちと似たようなイントネーションで問われ、社の頭の中にテレビで見たお笑いのコンビが思い浮かぶ。確か彼らも茨城の出身だった。このおじさんも、地元の人なのだろう。

「ことぶき不動産です」

 うっかり訛りにつられそうになりながら社が返す。すると、

「はあ、ことぶき不動産さん」

 少し考える様子で、スーツの方(こちらはきれいな標準語だ)が口を開いた。少し鼻にかかったような、いやに芝居がかった声だった。社より年上だろうか。胸元にはポケットチーフ。おしゃれなはずのそれが、この場では滑稽にすら見える。


「ああ、ディベロッパーの」

 したり顔で彼は答えた。

「ええと……ここを市から譲り受けたところですよね?」

「え、ええ」

 どうやら話は通じていたようだ。そのことに社は安堵する。ということは、あの男はゼネコンか何かだろう。そりゃあ、大元の依頼主を知らないはずがない。ってことは、あのおじさんもそうなのか?


「ああ、どうぞ中に。狭いですけど」

 メガネの男が慌てて椅子を引いた。その様子に倣うように、小動物みたいなおじさんも立ち上がる。そうして出来たスペースにどかどかと森が上がり込み、手際よく隅の壁にテツヤを寄り掛からせた。


「この方は?」

 不思議そうにメガネの男がピンクの頭に目をやる。

「肝試しに来たんだとよ」

 森が端的な説明をし、それでもう納得が行ったのか、再び二人組は社らの方へと向き直った。どうやら、あくまでも仕事上の関係者にしか興味はないらしい。

 まあそうだろう、これから自分らが開発する場所に、遊びに来た若者など彼らにとってただの迷惑でしかない。


「よろしくお願いします、大日建設の銭谷です」

 にこにこと内ポケットから一枚の名刺を取り出し、銭谷が立ち上がる。

 普通なら、ここでスマートに名刺交換するのがビジネスマンと言うものだ。現にもう一人の、小動物じみたおじさんさえ、

「私は、ここいらの草木の伐採を請け負ってまして、草刈造園の草刈小次郎ちゅう者です」

 と癖の強い声をキンキンに響かせて、ポロシャツの胸元から名刺を差し出してみせた。


 木の伐採?その紹介を社は意外に思った。まだ顔合わせ段階で、ゼネコンと造園業が熱心に話し合ったりするのだろうか。

 けれどその疑問を問いかける余裕は社にはなかった。目の前の男が二人がかりで、こちらに熱視線を送ってきたからだ。むろん、お前も早く名乗れという視線だ。


 うう。

 名刺。出したくないなあ。てか、呑気に名刺交換してる場合でもないんだけど。

 社は、のろのろとビジネスバックへと手を伸ばす。もちろん社だって名刺くらい持っている。だが、その内容が問題だった。何しろあてがわれたそれには、頼んでもいないのにしっかりと「お祓い課」と部署が記載されてしまっているのだ。

 こんなのを渡されて、果たして彼らに何と思われるか。


 あまりに社が不審な動きをするからだろう。ちょこんと名刺を差し出した腕を下げ、草刈が不審な目つきでこちらに目をやった。

「しかし、そちらの女の子は?その子も、肝試しに来たんだっぺ?」

 その視線の先には、壁にもたれかかり、腕を組むアズサの姿。


 どうやら先発隊とアズサは面識がないらしい。彼らとは別便で、アシダさんとやらに連れてきてもらったようだ。恐らく市の職員も、彼女のことを不審がったのかもしれない。まさか彼女が幽霊を祓いにこんなところに来たなんて、いくら亀井社長の話があったとしても信じられないだろう。


 しかしそれにしても。社は心の中で盛大にため息をついた。

 あとでビジネスマナー、教えてあげないと。亀井社長がどこまで本気で彼女を雇ってるのかは知らないけれど、あの態度はいただけない。確かにあれじゃあ、まるでテツヤが連れてきたみたいだ。仕事で来てるなら、ちゃんとしてくれないと。


「いえ、彼女はうちの――」

「そちらの会社の方にしては、ずいぶんお若いようですね」

 軽く首を傾げるようにして、銭谷が言った。

 うーん、何と答えたものか。やっぱりみんな、気になるよなあ。社は心の中でうなる。

 何しろ、僕だってそう思っているのだから。正直に期待の新人です、と答えようものなら、御社は子供を働かせるつもりですか、とでも言われそうだ。


「あんた、本当に不動産会社の人なんですかね?」

 この間を不審ととらえたのだろう、草刈が疑うように言う。

「まさかとは思うがね、その女の子をこんな山中に連れこんで、何か良からぬことを企んでるだなんて……」

 そこまで言ったところで、意外にも銭谷が食いついた。怪訝そうに眉を寄せるその瞳の奥に、隠しきれない不躾な色が浮かんでいる。

「ああ、そういえばそんな噂もありましたね、ここ。若い女性を連れ込んで殺害、その遺体を遺棄。犯人はまだ捕まっていないとか」

 そう言って、品定めするかのようにアズサの身体をくまなく見回した。

「お人形みたいにかわいい女の子ですねえ」

 そう朗らかに笑みを浮かべ、そして社へ一言。

「あなたも、そういう嗜好がおありで?」


「あ、ありませんよそんなこと!」

 てか僕はそんなに犯罪者面してるのか?社は泣きたくなってきた。こんな、いかにも人畜無害すぎて『あなたって優しいけどつまらないのよね』と別に好きとも何とも思ってなかった大学の先輩に勝手にけなされたことがあるほどなのに。


「その、僕はこういう者です!」

 だから仕方がなかったのだ。信じてもらえないなら、唯一の身分証を提示するしかなかった。バックの奥底からようやく取り出した、ふざけた名刺。

「ことぶき不動産……お祓い課?」

 さらに眉を寄せて、二人が名刺から顔を上げた。しまった!と思うも後の祭り。


「お祓い?」

「霊能者のなのかね?その、そこのお嬢さんも?」

「まあ、いえ、その……不動産業の傍ら、霊を祓う程度で……」

「しかし、ディベロッパーの方とはここの開発コンセプトについて相談するよう言われて私は来たのですが」

 好色そうな顔をしれっと引っ込めて、さも困ったように銭谷が眉間にしわを寄せる。

 どうやら先方には、ことぶき不動産の人間が来る、としか伝わっていないようだった。そりゃあそうだろう、普通は打ち合わせに顔を出しに来るに決まってる。それが、相手方が霊を祓いに来たと言い出すなんて。


 まるでキツネにつままれた――いや、キツネそのものかのような顔で、銭谷が殊更に困った様子で口を開いた。 

「でも、コンセプトくらいはご存じでしょう?」

「ええと、温泉とか、キャンプ場とかを造って、あとは宝探しとかしてみたらって、社長……亀井は申しておりましたが」

 もちろんちゃんとした話など聞いていない。けれど、社長はそんなことを言っていた。しどろもどろに社が返せば、

「キャンプ場に、宝探し、ですか?」

 と彼は肩に付かんばかりに首をかしげた。

「こちらは、美術館を造ると聞いていたのですが」


 そんな話聞いてない!社は心の中で叫んだ。こんな場所に美術館?いや、あの社長なら適当にそんなことを言いそうではあるけれど。

「ええと、まあ……そういうのもアリかもしれませんよね……」

 しどろもどろに返す社を警戒するかのように、銭谷はポケットからスマホを取り出した。そして、疑うような目つきで社を見たのち、

「ちょっと、確認してみますね」

 ここで話すのを悪いと思ったのだろう、そう言って銭谷が外扉を開けた。その時だった。

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