第27話
結論から言えば、そこには秘密の通路も隠された金もなかった。
「だけど、嫌なものを見てしまいましたね」
そう、震える声で言うのは銭谷だ。
お堂の中には、鈍く光る観音様が据えられていた。昔は綺麗に手入れされていたのだろう。だが、恐らくハイキングコースが封鎖されたあたりから掃除に来る人も少なくなって、埃が目立つようになってきてしまった。そんな印象を受けた。
さほど広い建物ではなかった。よく見る観音堂と同じ造りだ。
入ってすぐに観音様。脇を固めるように、小ぶりの仏像が並んでいる。その後ろに真鍮の屏風。
玲夏の言うように秘密の通路がありやしないかと目を光らせるものの、木で出来た床のどこにも、地下へと降りられそうな場所はない。すみません、と心の中であやまりつつ動かした観音様たちの足元もただの床。うっすらと切れ目があったり、そこだけ音が違う、なんてこともなかった。
では、屏風の後ろは?
一同の視線は自然とそちらへ向かった。目隠しするように立っている、蓮の花があしらわれた錆びた屏風。
どうにも、その奥に空間がありそうな気がする。さっさと中に入って行った森と、それを宝を先取りするとでも思ったのか草刈と銭谷が続いて、それにアズサが付いて行ったものだから、仕方なしに社も続いた。さほど広くないお堂の中は、それでいっぱいになってしまった。
舞台の裏側のような場所だった。屏風で遮られているため薄暗い。そうだ、ライト。
明かりを付けようと、社はスマホに手を伸ばす。画面にはおびただしい着信履歴。うわっ。うっかりスマホを落としかける。
どうやらいつの間にかうっかり変に触って、サイレントマナーになっていたようだ。華と亀井社長とが社らを案じてか、矢鱈滅多に連絡を寄越している。
そうだ、一度報告しないと、新たな死者が増えてしまったことを。
だが今はそれよりこの場を検めることが優先だ。社がスマホのライトをつけると、白々しく、あっけなく神の裏側が暴かれる。人の目に付かないからだろう、そこはまさに裏側にふさわしく、掃除用具や使わない仏具などが無造作に積みあがっていた。
その中に、金が隠されているのかもしれない。そう思ったのだろう草刈が物色を始めるが、どれも軽い物ばかりで、金のような重いものが隠されている気配はない。隠し通路も、金もなかった。望んでいたものが見つからず落ち込む一同が見つけたのはただ一つ。
生々しい痕跡だけだった。
「何かあった?」
階段の下から、玲夏が呑気に問う声が聞こえた。彼女だって、そんなものがあるのなど露にも思わなかっただろう。真っ先にそれを見つけてしまった森がうなるように、
「こりゃあ……」
と呟いたきり絶句する。
「なんだ、何があったのかね」
「なんですか、私にも見せてくださいよ」
この期に及んでまだお宝に夢を馳せる草刈と銭谷が色めき立つ。けれど森の背後からそれを見た二人は、声を上げるでもなく押し黙ってしまった。
「What happened?」
アズサが大人たちの間をくぐって顔をのぞかせる。そして呟いた。
「Blood? and,murder weapon?」
そこには生々しい凶事の痕跡が残されていた。鉄臭い血を吸って黒くなった布と、それを生み出しだだろう刃物。
小さなナイフだったが、切れ味は鋭そうだった。いわゆるサバイバルナイフと言う奴だろうか。その刃は少し歪んでいて、何か強い力が加えられたように見える。
「これで……光さんは?」
だが、これで脚など切断できるのだろうか。あるいは、野生動物が齧ってああなってしまったのか。それとは別に、なにか致命傷があって。
けれど身体には、他に目立った外傷はなかった。あいにく社は死体には詳しくないのでよくわからないし、ご遺体の衣服を暴くのも気が引ける。ので正確なことは言えないが、なにもわざわざ服をひん剥いてから刃物で刺して、服を着せ直すなんてこともないだろう。
となると、恐らくこの刃物で、顔をえぐり取って。
「ひ、ひどい……」
同じようなことを想像したのか、銭谷が呻いた。
「こんな、恐ろしい殺人鬼が……」
「なあ、本当に、人間の仕業なのかね?」
社だって、そんな風には思いたくなかった。けれど、ここに明確な証拠がある。
幽霊が刃物を使って人を殺め、その痕跡を隠匿しようとなどするものだろうか。
これはやはり、ヒトの仕業なのだ。そう、考える他なかった。
「けど、この遺体、あまり血を流したようにも見えないわね」
アズサが冷静に、遺体を見下ろして言った。
「死因は本当にknifeなの?」
示し合わせたように、彼らは水が引くようにその場を離れた。そして再び虚ろな死体を見下ろして、先の凶器に思いを寄せる。
生きたまま、顔面に刃を突きたてられたのか?顔を傷つけられて、ヒトは死ぬのだろうか。
それだけでも充分、想像を絶する痛みだろう。だが、頬や鼻を削られただけでは致命傷にはならないのではないか。
では目?それだって、眼球が破損するだけだ。けれど、その先には脳がある。頭蓋骨が守り切れない場所から、刃を突き刺して――。
だから、流された血が少ないのだろうか。遺体の傍には血痕は見受けられなかった。あの刃物で深々と眼球から脳に刃を差し込んで、死に至らしめた。その時に生じた血液を、ふき取って、隠した?そんな冷酷なことを、人間が?
前に、そうやって殺された不幸な――いや、あの一族の呪いにかかったとしか思えない男のことを思い出し、社は大きく息を吐く。あの時は、大きな怨みが犯人にはあった。では、今回は?
いや、まだそうと決まったわけじゃない。社は頭を振った。
所詮は僕は素人だ、死因などわかるはずがない。それにあれだけ土に汚れていたのも気にかかる。まさか、生き埋めなんてことはないだろうけれども。
ああ、華ちゃんがいたならば。
彼女との唯一の連絡手段であるスマホを握りしめ、社は悔やむしか出来なかった。
本来ならこういうのは華の得意分野だ。社は彼女の顔を思い浮かべる。現役刑事がいるというだけで、なんと心強かったことか!
その推理が正しいかどうかはさておいて、よくもまあそんなことが思いつくかと感心するほどに彼女の頭は目まぐるしく回るのだ。時折、社を置いてけぼりにすることもあったが。それさえも、今となっては懐かしい。
華ちゃん。そうだ、彼女に連絡しないと。
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