第50話 歴史なんてものは
ナポレオン三世は群衆に向かって叫んだ。
「やったぞ! やったぞ! 私はついにやってしまったぞ! ナポレオンを倒したのだ。この私が、ナポレオン三世が! 見ているか、私を罵倒した数々の者どもよ。もう小ナポレオンとは呼ばせない。何故なら私は実力で、ナポレオン・ボナパルトに勝ったからだ。勝ったからだぁ!」
三世の軍は大歓声を上げ、ナポレオンの軍は急にやる気がなくなったかのように武器を消して武装も解いた。斎藤は大泣きしながら拳を掲げ、トゥサンは一息ついて汗を拭う。
ナポレオン三世はさらに続けた。
「今日、今この瞬間から、この二十三地区は私のものとなった。私の国だ。私の支配下だ。ひれ伏せ、皆共。私を、皇帝ナポレオン三世として崇めるのだ!」
三世自体は皇帝という立場に返り咲いたことに酔いしれており、また一度も勝つことができなかったナポレオンを打ち負かしたことで有頂天になっていた。だから、彼の発言は彼の普段の本心ではないのかもしれない。しかし、心の奥底にある野望ではあった。理性で隠して抑え込んだやましい何かが胸の中にあるのは仕方がない。人間なら誰しもが持っているから。
ナポレオン三世を迎えたのは歓声ではなく、酷く汚れたブーイングだった。罵り声に怒声が重なり、どんな発言が出てきているのかはわからないのに、どれもが憎悪であるのはしっかりとわかる。何万もの圧が容赦なく三世を非難し、三世はポカンとしていた。
「なんだ、どうしてそんな声を出す。ナポレオンではなく、ナポレオン三世が玉座につくのだぞ。万里の長城は除去する。B地区にも施しを与えてやる。ええい、やめろ、どうして私を批判するのだ!」
私と近藤はため息をついた。自分たちの領分から逸脱していることはわかりながらも、目配せをし合い、近藤が手錠を創り出した。気づかれないようにひっそりと三世の後ろに近づくと、彼の右手はもうないので、左手と近藤の右手とを手錠で繋げた。
「な、何をする近藤! 皆聞け、早速私の地位を奪い取ろうと近藤が謀反を起こしたぞ。誰か私を助けたまえ!」
しかし、誰も助けなかった。それどころか、近藤を擁護するような声も次々と聞こえてきた。
人類の歴史とは戦争の歴史だ。戦争の歴史とは勝者の歴史だ。勝者の行いに不満を持つものがいるからこそ、新しい戦争が始まる。では、新しい戦争の勝者は果たして正しい存在なのだろうか。
近藤と私は二人のナポレオンを、宮殿下の地下監獄にぶち込み、さらに各著名人らが協力して牢屋を厳重にし、逃げることも死ぬこともできないようにした。正しいことだとは思えなかったし良心も咎めたが、正しくないことだとも思えなかった。
この混沌とした世界に国という秩序を設立するのは難しい。エリアAの幾人かはトゥサンを新しい国王にするべきだと主張したが、彼は断り、神出鬼没の評判通り、いつの間にか姿を消した。うやむやなまま、誰かが万里の長城を壊し始め、波紋のようにその運動は広がった。ナポレオンの圧政が終了し、エリアAからBへ、BからAへの行き来が盛んに行われるようになった。自由だ。その分、個人同士での喧嘩は多発し、いざこざや死者も増えたが、それが自由というものだろう。
残念なことながら、自由だからこそ、時と共に人々はリーダーの到来を望み始める。そうしてまた、ナポレオンは復活するのだ。
だがそれまで述べていたらきりがない。今、二十三地区は束の間の自由を手に入れたのだ。
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