第38話 戦象

 私は歓喜のガッツポーズを繰り出した。

「きた!」

 体中に力が湧き出てくるのを感じた。

「じゃあ早く何かを生み出しやがれ!」

 眼前には恐ろしい象が刻一刻と近づいてくる。正直ガッツポーズをしている時間などない。

 私はこの状況を打開すべく記憶を探り、漲る知名度を利用して、懐かしの愛車を創り出すことにした。買ってから五年、車庫に放置してから十年を経た、埃を被った黒のエブリイだ。

「なんでこんな小さくてぼろい車に乗らなならんのだぁ」

 近藤は文句をたれながら車を殴った。

「つべこべ言わずに乗れよ。象に潰されるぞ」

「それもそうだ」

 人生の最後に買った車。哀子を乗せて日本中をドライブでもしてやろうと思い買った車だ。だが、哀子を乗せて運転できたことはほとんどなかった。

「うぉ、見た目に比べて中は広いな」

 そう、小型で運転しやすいのに、中は広くて荷物も結構入る。だから買ったのだ。

「しっかり捕まってろよ、久々の運転だから少々荒くなる」

「おうよ!」

 しかし、車は動かない。「あれ?」と思いアクセルを踏み込むが、変な音を立てるだけで進まない。壊れているのか。

 そうこうしている間に象がいよいよ車を踏み潰せるくらいの距離に近づいてきて、象の一歩ごとに車がえらく揺さぶられる。二人は大いに焦った。

「おいおい、壊れてるんじゃねぇだろうな!」

「黙ってろ」

「それともあれかおい、象に踏まれても大丈夫だとかいう自信でもあるのかい、あるなら今すぐ捨ててくれ!」

「黙ってろ!」

 その瞬間に二人は同時に気がついた。

「サイドブレーキだ!」

 老体に鞭打って加速したエブリイ、象の足裏が空を踏む。もう二、三秒遅ければ、我々もろともエブリイはスクラップにされていただろう。歓声を上げる近藤。巨大な象の傍を小回りが利く軽自動車でスイスイと駆け巡り、盛大に象を煽った。煽られた象は人間同様混乱しつつも激怒し、上に乗っている人の指示にも従わずに車を退治しようとやっきになった。鼻を振り回し、足を踏み鳴らす。何度か鼻の餌食になりかけて危うい場面もあったが、久々で楽しくなった私の運転を止めることはできない。上から降ってくる弓も何のその。我らがエブリイを舐めて貰っては困る。大混乱に陥った象は自分が繰り出した鼻を踏んづけてしまい転倒。上に乗っていた人々は数メートル以上吹き飛び、仲間の象の足に踏みつぶされていた。

 私は車の中に入っていた、自分では絶対に聞かないだろう陽気な音楽を大音量で流し、苦戦中の騎馬隊の援助へと血気盛んに乗り込んでいった。

 一方、戦象部隊の足元をすり抜け、前方へと進むことができていた人々はいよいよナポレオン・ボナパルトの宮殿へと入ろうとしていた。

 トゥサン・ルベルチュールが散り散りになった歩兵を集めて自分の部隊に組み込み、ナポレオン三世が全体の指揮を執っていた。三世が駆ける馬の横にはアナウンサー斎藤が車で並走している。運転を他の者に任せ、自らは報道者の血が騒ぎ、カメラを抱えてマイクも握っていたわけだが、そんな斎藤がカメラ越しに小さな悲鳴を上げた。

「どうした、斎藤よ」

「宮殿の前に何かいます」

 まだ小さくて見えない。だが、カメラを覗くと、大きな何かが人を咥えて放り投げているのが見えた。

「とても巨大な何かです……!」


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