第43話 心臓は一つ
砲弾は雨嵐のように降り注ぎ、ぶつかり合った肉体は荒々しく火花を散らした。
三世の兵士たちは限界を超えて戦った。少し冷静になれば数と武器の差ですぐに負けることはわかったが、彼らは逃げて敗北するよりも、戦って敗北することを選んだ。戦争にとりわけ情熱を持っていない人ですら戦うことを選んだのは、失われていたプライドを取り戻したからに他ならない。彼らは同じ人間である。どうして生前の知名度だけで身分の差を決められなければならないのだ。農民や労働者が抱く正当な感情と同じ性質を持った憤慨が彼らの体を突き動かした。そう考えると、不思議と現状を見ても落胆することなく、それどころか戦争に勝てるような気さえしてくるのだ。
下剋上的な力によって士気を高めたナポレオン三世の軍隊は、ヘラヘラしていたナポレオン軍の圧を跳ね返し、戦序盤を有利ともいえる展開に持ち込んでいた。
しかし、私ははっきりとこの戦の敗北を予感していた。脳裏には十二歳の少年時代が蘇っていた。あの時と全く同じ。体の表面が湧き上がる希望で熱くなるのに対し、中身は冷酷なまでに冷え切って敗北を知る感覚。
私は近藤を呼んだ。近藤は絶賛敵の一人と交戦中で、巨大な薙刀を持った人物に切りかかられて死にそうだった。近藤はさっきまで支給された銃を持っていたが今は持っていない。恐らく、銃を創り出してくれた中東の武器商人が死んだのだろう。創り手が死んだら創ったものは大概消える。今や近藤が持っているものは、右手には入れ歯、左手には黒い変な棒という情けない武器だけだ。敵の薙刀は鋭く光り、強烈な横一閃を弾きだす。近藤は見かけによらず俊敏な動きでそれをかわすが、かわすのが精一杯で反撃に転ずることはできない。私は勇気を振り絞り、創り出した高圧洗浄機で敵の顔面を洗い流した。うろたえる大きな敵。その隙を見て近藤が敵に馬乗りになり、黒い棒で滅多打ちにした。
「助かったぞ」
入れ歯をはめながら近藤が言う。
「近藤、このままじゃ負けるぞ」
「何だ、弱音か」
「違う、こういう時の戦法は一つしかないだろう。『ホビット』観たか? 三作目」
私は先ほど降りてから見失ってしまった黒のエブリイをもう一度創り出した。近藤はようやく私の意図することがわかって頷いた。
「なるほど。いいだろう」
二人は車に乗り込むと、ひしめき合う人々の中を容赦なく車で突き進んだ。
ナポレオン三世は明らかに彼の居場所だとわかるような豪華な馬車の上で軍の指揮を執っていた。額に玉のような汗が数百個浮き出ているので、彼の目にも戦況は芳しくないものとして映っているようだ。
「おい、小ナポレオン」
近藤が車を叩いて、砲弾や悲鳴やらの轟音の中三世を呼びつけた。
「話しかけるな、集中しているんだぞ――トゥサン、左翼に回れ!」
「負けるぞ、この戦」
「何だと、黙れ! 負けないために今私が指揮を執っているんだろ」
「いや、この戦場は負けるしかないんだ。ならばせめて、次の戦場で勝とうではないか」
ナポレオン三世ははっとした。
だがすぐに冷笑を浮かべると、すぐさま馬車から降りてエブリイに向かってきた。
「はっはぁ、君たちも随分と私の部下らしくなってきたものだ」
「おい斎藤」
ナポレオン三世は斎藤を呼び出して、自らが着ている服と同じものを(サイズは斎藤用に大きくしてあったが)創り出し、斎藤に着るように言った。
「どうして私がこんなものを?」
困惑しながらも服を纏う斎藤。
「今から君が、ナポレオン三世だ」
「は?」
ナポレオン三世はジョゼフィーヌと共にエブリイの後部座席に乗り込み、発車を命じた。
「ちょっと、ええ? はぁ?」
アナウンサー斎藤は困惑して憤慨したが、すぐさまあらゆる場所から三世を呼ぶ声が聞こえてきた。
「皇帝、右翼が破られかけています」
「え、ええと、ええと、バイバルスの騎馬隊の残党をそちらに向かわせて下さい……」
「えっ、何ですって?」
負ける。アナウンサー斎藤も私のように敗北を確信した。
もしこのまま捕まって、ナポレオンが自分のことを本物のナポレオン三世だと信じてしまったらどうしよう。まさかそれはないだろう。だって体型全く違うし、見慣れているはずだから……。
「私は偽物です、ナポレオンさん! 気づいて下さい。私はナポレオン三世ではありませんよ!」
涙目になって必死に建物の頂上にいるナポレオンに訴える斎藤。
一方、そんな斎藤を見てナポレオンはせせら笑った。
「ふん、今更懇願は許さんぞ、我が甥よ」
エブリイは発進した。例えこの戦場では負けても、敵の親玉を倒せば戦争は勝利だ。
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