第18話 頭に何故か 巻髪五郎
地元にある斎場でお通夜は行われた。
家族はもちろん、親戚も十人程きて、明日のお葬式には県外からも数人の親戚がくるという話を小耳に挟んだ。同じ老人ホームにいた人もきてくれたり、さつきの家族も含めた近所の人々もきたので、私の予想以上に会場は賑やかだった。
一人孫ということもあり、私に挨拶をしてくれる人が多かった。それを好機と捉え、私はさりげなく相手に祖父の名前を口に出して言わせ、脳の表層に巻髪五郎を浮き上がらせようとした。
英単語や世界史の単語は口に出して何度も発音するべきだ、と言っていた先生を思い出す。頭の中で完結させるのではなく、口に出して言うことで耳からも単語の情報を仕入れることができ、より覚えやすくなるのだという。その先生の語り口調は嫌いだったが、言っていた内容については今少しだけ納得できた。
皆が席に座り、読経が始まった。
きっと今席に座っている人の頭の中には何故か「五郎」という文字が執拗にぐるぐると回っているはずだ。私は期待を込めてそう信じた。友達が隣で歌い続けていた知らない歌をいつの間にか自分が口ずさんでいるように。隣の席の子たちの会話で度々出てくる面識のない「のぶお」という人物が、いつの間にか脳に入り込んで勝手に知っていると思い込んでしまうように。「五郎」という名を脳内のあらゆる幹に絡みつかせるのだ。
ゲームをしている感覚と、何かを欲してひたすらに手を伸ばしている果てしない欲求の感覚とが私の中でせめぎあっていた。
焼香する皆の顔は、例え作り物であったとしても、暗く、引き締まっていて、涙を浮かべている人もいる。
私にも焼香が回ってきた。
親指と人差し指で掴んだ粉が、何故か私のことを罵倒する。
罵倒されるいわれはない、私は腹立たしい気持ちになった。
おじいちゃんが死んだ。死んでもまだ存在が消えないのなら、おじいちゃんには幸せになってもらいたい。おばあちゃんと無事に再会して欲しい。それだけだ。
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