第40話 激昂

 絶賛大苦戦中のバイバルス一同。やはりエルフや幽霊の軍隊なしで象に挑むのは厳しいようだ。数多の犠牲を出しながらそれでも、バイバルスらは七頭の象をやっつけたが、残りはまだ三十頭近くいる。

 バイバルスは憤慨するに違いないが、私たちは騎馬隊を助けることにした。

 馬よりも機敏でバックもできる車は神聖なる戦場を荒らしに荒らし、均衡を崩した。私は運転しながらもあらゆるものを創造し、近藤に投げ渡した。例えば包丁。近藤はそれでいじらしく象の表面を削ったり、通りかかった敵の歩兵を切り刻んだりした。例えば爆竹。何故か四十代になってから異様にはまった音の出るおもちゃだが、大量に創り出して象の耳元や足元で盛大に鳴らすと象たちは腰を抜かした。動きを止めたり、混乱したり、上に乗っている人々を振り落としたりとやりたい放題だ。極めつきは銛。私は潜水どころか水泳もあまり得意ではないが、昔近所に元漁師の男が住んでいて、いらないからと銛をくれたのだ。当時は本当に邪魔なものを押し売られたと思ってがっかりしていたが、あの時あの人は象と戦うのを見越して銛をくれたに違いない。私が湯水のように銛を生成し、近藤がドアを開けて夢中でそれを発射した。いくら皮膚が頑丈な象とはいえ連続で尖ったものをぶつけられれば痛みを感じるし、個体それぞれに弱点だってある。時々そういうところに銛が当たると苦痛のあまり象は飛び上がり、あるいは転んだ。黒のエブリイは完全に戦場を手中に収めていた。

 私の車はいよいよ戦象部隊の中で一番大きな個体に近づいた。そいつの背中にはハンニバルがいる。

 赤い象に乗ったハンニバルと馬に乗ったバイバルスは絶賛対決中であり(ややこしい名前だ)、ハンニバルは象でバイバルスを蹴散らそうと、バイバルスはハンニバルをどうにかして槍で貫こうとしていた。

「ローマも恐れたカルタゴの名将であるおぬしが何故あんな若造の下についているのだ」

 バイバルスの放った槍が象の鼻に弾かれた。

「戦で生きる者として、誰かの下につくのはこりごりだとは思わなかったのか。我はそう思うぞ」

 突如繰り出された象の頭突きをひらりとかわすバイバルス。ハンニバルは笑った。

「ナポレオンには恩があるのでな」

「恩だと?」

「二十三地区の果てにアルプス山脈を創ってもらった恩だ」

 ハンニバルはいかにも壮大なことでも言ったかのように胸を張ったが、バイバルスを始め、そこで戦っていた騎馬兵、私と近藤、それから味方として象の上で戦っている人までもが唖然と口を開けるほかなかった。

「まさかあの噂は本当だったのか」

 バイバルスは唾をまき散らして発狂した。

「何が名将だ。見損なったぞ!」

 馬を走らせ、叫びながらハンニバルに突撃する。

 しかしながら、何とも絶妙なタイミングでというか、何とも巧妙なタイミングで、私と近藤は赤い象の真後ろにきてしまっていた。そこで近藤が何をしたかというと、無我夢中で銛を発射したに過ぎない。だがその銛が、いつになく力強く、いつになく素晴らしい軌道で象の尻の穴まで飛んでいったのだ。がっつりと肛門に潜り込む銛。その時の象の衝撃たるや、絶望たるやは筆舌に堪えない。この戦争を通して近藤と私が一番悔やんだのがこの一投だ。ともかく、象は象らしからぬ奇声とステップを踏み、上に乗っていた櫓を地面に打ちつけて苦しがった。バイバルスの目の前で象は四肢を投げ出し、ハンニバルは地面に投げ出された。

「バイバルス将軍の勝利だぁ!」

 戦場は大きく歓声に揺さぶられた。私と近藤も罪悪感を感じながらもよくやったと自分たちを褒めていた。しかし、バイバルスだけは違う。男と男、戦士と戦士の神聖なる勝負を第三者に邪魔されて勝ってしまったのだ。プライドもひったくれもない。

 バイバルスは激怒した。

「……五郎ぉ、近藤ぉぉ! よくも邪魔をしたな。貴様らを殺してやる!」

 横たわるハンニバルを無視し(代わりに部下がしっかりとハンニバルを拘束した)、彼は老人二人を殺すべく馬を激烈な勢いで走らせた。

「マズイ、逃げろ五郎! 俺たちは戦士の逆鱗に触れちまったみたいだ。このままじゃ味方に殺される!」

 私は大慌てでアクセルをベタ踏みした。

 が、車が動かない!

「サァイドブレーキィ!」

 近藤は全身で叫んだ。

 木々をすり抜け精一杯の速度で走る黒のエブリイを、木々を飛び越え怒りを爆発させた戦場の男と馬が追いかける。

「おい、あいつ本気だぞ!」

 バイバルスの走りからは、私たちが逃げ続ける限り永遠に追いかけてくる気迫があった。

 しかし、私とバイバルスのデットヒートは意外な形で幕を閉じた。あまりにも両者が両者のことしか気にかけていなかったために、自分たちが既にナポレオンの宮殿の前にきていることに気がつかなかったのだ。

 ナポレオンの宮殿の前では、トゥサンやナポレオン三世が門番である怪物ケルベロスとの戦いで苦戦を強いられていた。そんな中、砂埃を上げて勇ましく登場してきた一台の車と一頭の馬。それがバイバルスと私だとわかった時の歓喜は凄まじいものだった。だがさっきも述べたように、当の私とバイバルスは外の事情を全く理解していない。トゥサンらの歓喜も束の間、両者はケルベロスに向かってまっしぐらに突っ込んでいった。その様子を見てケルベロスの方が逆に驚いたくらいだ。三つの獣の頭は目配せをし合い、突っ込んでくる敵を食べることで意見が一致する。私とバイバルスの運命を明確にわけた要素は、私の隣には近藤という口の悪い老人がいて、バイバルスにはいなかったことだ。近藤はすんでのところで目の前にやたら大きな三つ顔の獣がいることに気がつき、私が握るハンドルを奪い取った。黒のエブリイは大きく左に曲がり、バイバルスはそれについていけずしばらく真っすぐに走るしかなかった。

そして内陸の気高き戦士はケルベロスにパクッと食べられてしまった。

「バイバルスぅ!」

 あまりにも早い英雄の退場に人々は驚き嘆いた。

 私が我に返って車から外を見た時には、彼のかかとが獣の口の中にかろうじて見えるくらいで、かかとから上はもう獣の胃に入っていた。

「俺たちあいつに一生恨まれるかもな」

 近藤が渋い顔を作りながら言った。

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