第41話 折り返し
クラス対抗大縄跳び。
これこそまさにクラス力が試される競技であり、綱引き以上に互いの協力が欠かせない。よってこの競技で得られる点数はかなり高く、どのクラスもここで一歩リードしたいと考えている。要するに、午前の部のトリを飾るにふさわしい種目であるということだ。ちなみに、過去六十年に及ぶ体育祭の記録では、誰が引っかかったかで揉めて殴り合いの喧嘩にまで発展したというデータが数件残っている。
制限時間は三分間。緊迫の三分間だ。不正を防ぐため、回数を数えるのは担任を持っていない先生。これもちなみにだが、昔はどの先生が回数を数えるかがあらかじめ予告されていたのだが、贈賄事件が頻発したことで今は直前まで知らされないシステムになっている。
放送委員が叫んだ。
「それでは、よーい……スタート!」
あちらこちらで「いくぞぉ!」とか「せーの!」とかいう鬼気迫った声が轟き、縄が宙に繰り出された。「一、二、三!」本番の緊張のあまり縄を回す速度が上がってしまう。練習では何十回も飛べていたのに三回で引っかかってしまう。どうして?
「落ち着け!」
「もう一回やってみよう!」
しかし引っかかる。怒りと不安が混ざり合い、隣のクラスの素晴らしいパフォーマンを見て余計に焦る。どうして、どうしよう、早く準備しよう、怒るな、落ち着け――。
無論、二年A組は他のクラスを煽る側だ。私たちには巻髪五郎という守り神がいる。ラグビー部の稲垣と陸上部の永田が回す縄は適切な速度を保ちながらも余裕があり、飛び手たちの飛ぶタイミングには一糸の乱れも存在しない。
「一五郎、二五郎、三五郎……十五五郎、十六五郎……」
「言いにくいわ!」
クラスが笑いに包まれ、尚も回数を伸ばす。彼らの迫力と笑い声は、両隣りにいた一年J組、二年B組、さらにはその奥にいる一年I組、H組、二年C組、D組にまで恐怖と焦燥を送り届けた。
「な、なんなんだよあいつら!」
「怖ぇよ!」
「五郎って一体誰なんだ!」
そうこうしている間に三分間は終了し、大縄跳びだけの結果発表が伝えられた。
「えー、え?」
放送委員の腑抜けた声が全校生徒の耳に入った。
「す、すいません。第一位を発表します。記録、八十二回」
空間がどよめく。
「創立以来の新記録です、二年A組!」
二年A組から雄叫びが沸き上がった。
「それでは午前の部終了。一時間後に午後の部開始です!」
全校生徒が無双する二年A組の勢いに飲み込まれたまま、午前の部が終了した。かつてなかったの程の異様な雰囲気がグランドに渦巻いていた。
職員室。
クーラーは十分に効いているはずなのに、担任を持つ先生たちが醸し出す凄まじい熱気のせいで、空気が揺らめく程に室内は暑苦しい。
そんな部屋の片隅で、枝木先生は他のクラスの先生たちによって角に追い詰められていた。
「枝木先生、枝木先生、何ですか、おたくのクラスの妙な態度は」
「誰なんです、巻髪五郎って」
「いくら体育祭に勝ちたいからって、生徒に催眠術をかけるのはダメでしょ。常識的に、スポーツマンシップにのっとって戦いましょうって話です」
「そ、そんな催眠術だなんて」
「じゃあ何であんなに強いんだ君のクラスは」
「そうよ、ずるをしているに決まってるわ!」
いつも冴えない枝木先生に連敗続きの先生方は、悔しさを意地悪さに変えて枝木先生の心を打ち砕こうとする。だが、枝木先生にももちろん五郎マジックがかかっている。今日ばかりは先輩教師たちにこびへつらう枝木じゃない。
「えっ、皆さんのクラスが弱いんじゃないんですか?」
「なっ……!」
そう言われた先生方の屈辱にまみれた真っ赤な顔は、枝木先生にとって人生で一番優越感に浸れた光景だった……らしい。
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