第52話 最後にはきっと
「私の人生はこれにて終わり。真央の人生を教えてくれ」
「え? 私の人生? だって私まだ中二だよ。語れるようなものないって」
「それでも教えてくれ。私は真央の人生を見守ってあげられないから、せめてこれまでの人生だけでももっと」
「……わかったよ。でも、本当に死後の世界があるなら、死んだ後にたくさん話せるけどね」
「こら真央、死ぬことなんて考えないで。生きることを考えなさい。さぁ、話してくれ、真央が持っている一番最初の記憶は何だい?」
「ううんとね、多分、初めて言葉を喋った時だと思うの。私はお母さんと一緒に庭にいてね……」
「ほほう」
実質二人のナポレオンに勝利した近藤はというと、人々から崇められ、エリアAの警備隊を任され多忙な仕事をこなしている。しかし、今は英雄として称えられてはいるが、彼の本性は変わっていない。悪態をマシンガンのように連射するただの薄汚い老害だ。いずれ人々も自らの過ちに気がつき、彼を追い出すだろう。再会の日は遠くない。アナウンサー斎藤はナポレオン三世の恰好をしていたため、戦後暴徒化した群衆によって捕まり幽閉されかけたが、私たちの説得あって解放された。散々な扱いを受けた斎藤だが、ナポレオン三世に代わって勇敢な指揮を執ったと再評価され始め、今ではパリで人気者になっている。意外だったのがジョゼフィーヌだ。見事メッサリーナをノックアウトした彼女だったが、なんとその後メッサリーナと二人で世界中を周る旅へと出かけたのだ。何をしているんだと誰しもが思ったが、それは本人に聞いてみないとわからない。
さて、巷に広がる噂によるとどうやら、生き返ったバイバルスが私の命を狙って探し回っているらしい。
なんてこった。
私はそそくさと都市部を出て、エリアAの郊外へと向かい、今、かつてハンニバルが、カール大帝が、そしてナポレオンが乗り越えた巨大なるアルプス山脈の前にまできていた。
でかい。
エリアAで出会った人々は、この山の先にある小さな村に哀子がいると証言したが、果たして無事にこの広大なる山脈を乗り越えられるのか。あれ以来、日に日に私の知名度は落ちていき、真央と最後に会話できたのは、戦争が終わって一回だけだ。
途方に暮れていた私のすぐ近くで、兄弟らしき二人が感動の再会を果たしていた。
「オーヴィル、オーヴィルなのか!」
「まさか、ウィルバー! やっと会えた。ついに会えたぞ」
感涙しながらハグをする二人を、私はわけもわからず拍手で称えた。拍手しながらも、どうやってアルプス山脈を越えようか考える。
象はいないし、馬もいない、いっそ死を覚悟で突っ込むか。いや、できれば死にたくはない。……空でも飛んでいけたらなぁ……。
「空!」
私が叫ぶと、云十年ぶりの再会を果たした兄弟は驚いて私に顔を向けた。
アルプス山脈を無事に超えた私は、小さな村へと向かった。哀子の住処はすぐにわかった。なぜなら、私が戦争中に創り出したあのマイホームがそっくりそのまま建てられていたからだ。それを見ただけで涙が零れ落ちそうになるが、そんな恥ずかしい姿で哀子と再会するのはプライドが許さない。
あえてノックはせず――だって自分の家だ――かつて日常だった時のように雑にドアを開けた。
はやる気持ちを抑えてリビングにいくと、誰かがカリカリと音を立てて紙に何かを書いていた。
「ただいま」
私が震えた声で呼びかけると、私の大切な妻が振り返ってくれた。若くなってはいない。顔には皴があり、背筋が曲がっている。服装も藍色のセーターだし、そのセーターは着すぎて毛玉がそこら中に見える。
哀子だ。哀子と会えたのだ。
私の感動をよそに、哀子は昨日も会ったかのように陽気に声を上げた。
「あれぇ、五郎ちゃん、死んだんだ!」
「ちょ、死んだんだじゃないよ、わしが一体どれだけ苦労してここまで――」
「随分長生きしたじゃない。すぐに後を追われるんじゃないかと冷や冷やしてたのよ私。さ、さ、昼ご飯まだでしょ。私が作ってあげるわ。久々のお手製料理、美味しすぎて泣くかもね」
哀子は何も変わっていなかった。知名度に支配されることなく、私を待ってくれていた。あの時と同じように。人の話を聞かずに自分の言いたいことだけを弾丸のように喋るのだって変わっていない。
よかった。本当によかった。
完
ウェルノーン shomin shinkai @shominshinkai
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