第9話 ジェットコースター落下直前

 カタカタカタ、という不吉な音と顔に吹きかかるおぞましい空気によって、二人は同時に目を覚ました。

「うわぁ!」

 二人はまず自分たちがいる場所に驚いた。なんとそこは地上ではなく高さ数十メートルの空中。乗り込んだ記憶など一切ないのに、真っ赤な車体のジェットコースターに乗っていて、ジェットコースターは絶賛降下に向かって上昇中だった。

「うわぁ!」

 そして次に、隣に座っている人物を見て同じように叫んだ。

「お、おじいちゃん!」

「真央!」

 祖父は死んでいるはずだ。孫は生きているはずだ。

 突然の対面に驚き慌て、ジェットコースターが頂上に進んでいくことにも驚愕し、二人は暫く声にならない声を出しながら壊れかけのロボットのようにぎこちなく動いた。

 言わなくてはならないことと言いたいことが無限にあるように感じられた。それらが全て一気に濁流の如く喉に押し寄せるせいで、何を言えばいいのかがわからない。

 結局、五郎が必死に絞り出した言葉は、謝罪ではなく、至極単純な質問だった。

「い、生きているんだよな、真央」

 真央も依然強張った顔のままだが、か細い声で言った。

「死んでるんだよね、おじいちゃんは」

「あぁ、あぁ、もちろん死んださ。綺麗さっぱり、文句なしに死んだよ……それなのにどうして」

 ジェットコースターは上昇していく。

 言いたいことはたくさんあるはずなのに、声が出ない。五郎は軽いパニックに襲われて、餌を求めるコイのように口をパクパクするしかなかった。

 そんな五郎を助けるように、真央が心配そうに口を開いた。

「あっちの世界でおばあちゃんには会えた? 凄い会いたがっていたから……」

 尋ねられている間にも、五郎の頬には一筋の涙がつたっていた。

「そんな、どうして!」

「私には知名度がなかったんだよ。哀子にはあったが、私にはなかったんだ」

「意味がわからないよ」

「現世では誰も私の名前を知らないし、知っていても記憶の隅の隅に放置されている」

 ジェットコースターは間もなく頂上に達しようとしていた。その途端、二人の安全ベルトが変な音を立てて外れ、遥か後方に落ちていった。

「うそぉ!」

 二人は手を握り合おうとしたが、互いの指は互いの体をすり抜けた。

「もし目の前にいるおじいちゃんが本物で、話も現実なら、私がこっちの世界でおじいちゃんのことを広めれば、おじいちゃんはおばあちゃんに会えたり……」

 ジェットコースターが頂上で仰々しく一時停止した。

 やかましい金属音が途端に消え、風の音と乗客たちのささやかな息遣いだけが残る。

「それだ」

 五郎は呟いた。

 機首が頭を垂れる。

「真央、それだ、広めてくれ――」

「わ、わかった」

「私の名前を!」

 ジェットコースターがほぼ垂直に見える急角度の道を落下した。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」

 二人は座席から放り投げられ、グルグルと回りながら空中に取り残された。

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