第11話 肯定的な、回れ右
私は真っ白な駅のホームで再び開眼した。
「起きた!」
アナウンサー斎藤と入れ歯の近藤が叫ぶ。
体がとてつもなく軽く、私はジャッキーチェンのように手を使わずに起き上がった。
「うわぁ!」
二人はのけぞる。
「どうだった? 死んだのに死ぬってのは」
尋ねた近藤の口の中には白い歯が見える。
「あ、これか? 俺の知名度でもなんとか入れ歯は作れたんだよ。かっこいいかい?」
「一体何が起こって私は死んだんです?」
「巨大な岩石に押しつぶされて死んだんですよ。死んでますけど」
「巨大な岩石?」
「わかりませんよ私だって、一体なにがなんだか。少なくとも、エリアAから飛んできたんです」
私はそれを聞き、再び万里の長城に向かって走り出そうとした。
大急ぎで四肢を掴んでそれを止める二人。
「離せ!」
「馬鹿野郎、またあの鉄壁に挑むつもりか。殴ったって蹴ったってびくともしないんだぞ、あの壁は」
「わかってる。だが他に何かできるというんだ。何度死んでも死ぬことはないんだ。なら何度でも、万里の長城とかいう古臭い玄関が崩れ去るまで叩き続けてやるんだ」
「でも死ぬと凄く苦しいんでしょう? 痛いんでしょう?」
あの痛々しい記憶が鳥肌を伴って私の体中を走り回った。
「……まぁ」
「死んで強くなるわけでもあるまいし。何百年何千年お前があれを叩いたところで、窪みの一つもできんだろう。できたとしても簡単に修繕されて云千年が一瞬でゼロになる」
「いや」
と私。
「何かいや、だ」
目をつぶり、そしてイメージすると、自らの手の中に、家の壁を洗浄する時によく使っていた高圧洗浄機が出現した。
「いや、強くはなってる」
二人はだらしなく口を広げた。
「さっきまで何も出せなかったはずじゃ……」
「もう一度万里の長城に向かう」
「やめてください」
アナウンサー斎藤が先ほどより険しい表情で五郎を止めた。
「どうして止めるんですか。無謀でも哀子に会うためにはやるしかないんです」
「別の場所へいくべきです」
私と近藤は顔を見合わせた。
「別の場所?」
「はい。少なくとも、何千年も壁を叩き続けるよりかは壁を破壊できる可能性がある場所です」
「ど、どういうこと?」
「いいからついてきて下さい」
アナウンサー斎藤は興奮気味に何回かその場で飛び跳ねると、小走りで駆けていった。
「いくか」
毬のように動く斎藤を見ながら、近藤は言った。私は戸惑って反応できなかった。
「いかないのか?」
「いや、しかし……」
「どのみち、高圧洗浄機で万里の長城に攻撃を仕掛けたって、逆に綺麗になるだけだろ」
……それもそうだ。
私は高圧洗浄機を消し、アナウンサー斎藤の後を追った。
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