第24話 トントン拍子

 私は勢いよく目を覚ました。

 飛びのく塩田とさつき。

「うぉぉ、起きた!」

「また気を失っているのかと思って保健室に連れていこうとしたのよ、でも凄く気持ちよさそうな寝息は聞こえるしただ寝ているだけなら邪魔したら悪いか――」

「ねぇ二人とも、今流行りのスイーツって何?」

「え、急にどうしたん?」

「いいから教えて」

「そうだなぁ」

 さつきはスマホを取り出して(中学校の校則で持ってきてはいけないことになっているが)色々調べ出した。

「飲むたい焼きとかは?」

「な、ナニソレ」

 塩田と私が口を揃える。

「あんたたち何も知らないのね。文字通りよ。ジュースのカップが出てきて、でも極太のストローで吸うと、中から小さなたい焼きが次々と口に入ってくるの。透明なカップに小さなたい焼きがぎゅうぎゅう詰めになっている様はまさに可愛さの極み、壮観よ。一匹一匹の味はもちろん言うまでもなし。どう、食べたくなった? 私は食べたくなった。というわけで今から食べにいこう! あれ、飲むって言うのかな」

「ありがとう、私寝るね」

「え?」


「おじいちゃん!」

 家の扉を開けてリビングに入る真央。

「早いな真央。それで、最近話題のスイーツは」

「飲むたい焼きよ!」

「な、何ソレ!」

「それはね……」

 五郎はかなり驚いていた。

「なるほど、たい焼きは飲む時代になっていたのか。死ぬ前に食べてみたかっなぁ。……それで、どんな味がするんだ?」

 予想外の質問が飛んできて、真央はたじろいた。

「えっ、どんな味って……?」


 私は荒々しく目を覚ました。

 飛びのけぞる塩田とさつき。

「やっぱ食べにいきたい……飲むたい焼き」

「そうこなくっちゃ。なんてったって私たち、最先端を生きる女子学生だもんね。塩田、あんたはきちゃだめだぞ」

「いかねぇよ、部活だ」


 私はすぐさま目を覚ました。とある家に駆けこむと、斎藤がなにやら人々と揉めている。

「おい、今日本で流行りのスイーツを教えてくれるっていう話じゃなかったのか。それとも、タダで戦争にいかせるために俺たちを騙してここに連れてこさせたのかい?」

「まさか、違いますよ! もうすぐ現世のことを知り尽くした偉大な人物がきますから少々……」

「いつまで待たせれば気が済むのよ!」

「永遠の時間があるからって、永遠に何やってもいいとは限らないんだぞ!」

「えぇ、ごもっともです……」

 私はその揉め事の中に颯爽と登場した。

「皆さま。遅れました。巻髪五郎でございます」

「だ、誰だ」

 世界的に有名な料理人がくると聞かされていた人々は、名前も顔も知らない冴えない顔の老人の出現にざわついた。

「現在日本ではですね。若者を中心として、飲むたい焼きというのが流行っているのです」

「の、飲むたい焼き⁉」

 人々はパニックに陥った。部屋を右往左往し、互いにぶつかり合っては罵り合う。

「たい焼きって何だよ」

「それすら知らない奴は出ていけや」

「たい焼きは食べるものよ。飲むってどういうこと?」

 私は咳ばらいをした。

「知りたいですか?」


 私は飛び起きた。

 途端に、怒って額に亀裂が入っている教師の顔が眼前に広がった。

「あれ、先生」

「あれ、先生じゃねぇよ巻髪。まさかお前が寝るとは思わなかったぞ。他の生徒がどんなに寝ようと驚かないが、お前だけは、お前だけは授業を聞いてくれていると思っていたのに」

「……」

「それなのに、一限目始まって五分で寝るだなんて信じられない! 俺は裏切られたのだ! 信頼する生徒の一人に裏切られのだ! まぁいい、科学の話に戻ろう。もう寝るなよ巻髪」

 寝るどころか、私は塩田に話しかけた(第一先生の話など全くもって聞いていなかった)。いつもと逆の光景にクラス中が唖然とした。

「塩田くんってさ、サッカー部でしょ。サッカー好きなんだよね」

「うん、好きだよ」

 ついにこっち側にきたか、と言いたげな塩田の微笑にはムカついたが、それを我慢してでも知らなければならないことがある。

「今スペインリーグとかどうなってる?」

 まだ寝ぼけているのか!

 他の生徒の口は呆然と開き、先生は優等生の反乱への恐怖のあまり教壇に倒れ込んだ。

 対して、塩田の瞳は禍々しく光る。

「よくぞ聞いてくれた巻髪。この学校でラ・リーガについて語れるのは俺しかいないぞ。先生、よくわからない実験道具の話は終了だ。今からサッカーの授業を始める」

 サッカーに興味がある人は熱狂し、興味がない人も流れに身を任せてとりあえず喜んでおいた。先生は悶絶しすぎて声を失っている。


 サッカースペインリーグ、通称ラ・リーガ。死後の世界では、各チームのファンが今季の優勝チームはどこかを巡って激しく争っていた。

 とりわけ、ラ・リーガ屈指の実力を誇り、太古からの因縁を持つ二チーム、「バルセロナ」と「レアル・マドリード」のファンたちの抗争が激化していた。

「今季もレアル・マドリードが優勝杯を頂くぜ」

「黙れ! お前らの時代など二度とこないんだよ。あんな弱小チーム、我らがバルサが叩きのめしてくれるわ!」

「何だと!」

「マルセロ! マルセロ! マルセロ!」

 拳が飛び交い、蹴りが繰り出される。その間を通ろうとした私も六回程度誰かの蹴りを喰らった。死んでなお、ここまで白熱できるスポーツがあるというのは羨ましいが、いささか過激すぎる。

「落ち着いて下さい! うわっ」

 抗争を止めようとしていたアナウンサー斎藤はものの見事に両者のサポーターに押しつぶされて死にかけていた。

「五郎さん、遅いです。助けてぇ!」

 もみ合いの横を通り過ぎ、発煙筒の煙を潜り抜け、ブーイングと罵詈雑言の嵐をぶち破って斎藤の元へ駆け寄ると、私はマイクを受け取って全力で叫んだ。

「聞けぇ、聞けぇ! 今、今季の最終節が終わったところだ。私はその結果を知っている!」

 ざわめきが波紋のように広がり、その後を追うように沈黙も広がっていった。誰かが生唾を飲みこみ、全員の緊張した視線が私を貫いた。今から私がPKを蹴るかの如くピリピリとした静寂だ。

 私はよく木の散髪や屋根の修理に利用していた脚立を創り出し、その上によじ登った。鼓動の速度が尋常ではなかったが、なるべく厳粛な声で言い放つ。

「それでは発表しよう。今季のラ・リーガ優勝チームは――」


 私は跳ね起きた。

「ちょっと、お昼ご飯の最中に寝るのやめてもらえます? 寂しいんですけど。私真央のデザート食べちゃったこと悪いと思わないからね」

 文句を垂れるさつきに謝りながら、私は強張った表情で、大量のご飯をかき込んでいる陸上部の永田とラグビー部の稲垣に接近した。

「あの永田くん、稲垣くん……?」

「はっ、えっ……俺?」

「うん」

 ほぼ喋ったことはない。永田も稲垣も明らかに警戒している。

「な、何?」

「あの、二人って、ゲーム好きなんだよね」

「好きだけど」

「一番最新のゲームって何かな。よかったら教えて欲しいんだけど」

 稲垣の大きな手から弁当箱が落下し、椅子の前足を浮かして座っていた永田は驚きのあまりバランスを崩して後ろに崩れ落ちた。


「どんな結末なんだね、どんな装備があるんだね、どんなギミックがあるんだね。そのゲームは」

 五郎は真央に詰め寄った。

「結末まで知ったら面白くないでしょ」

 困惑する真央の回答に唸る五郎。

「彼らはそのゲームをやりたいと言うんだ。だから私が創ってあげないと。そのためにはもっと情報がいるんだ」

「私、ゲームやらないもん。そこまでは教えてはくれないよ」

 五郎は唇を尖らせ、今まで見せたことがないような陰謀めいた顔を作った。よからぬ予感がし、真央は硬直する。

「私の書斎に『捨て駒の血脈』という本がある。確かその本のどこかのページに、へそくり五万円を挟み込んだ覚えがある」

「そ、そうなんだ」

「その金でゲームを買ってくれ。そしてゲームをやってくれ」

「えぇ! 嘘でしょおじいちゃん。私ゲームなんて……」


 私は生まれて初めてコントローラーを握り、生まれて初めて徹夜を敢行した。目が血走り、画面上にゲームオーバーの文字がぬらりと現れる度にフラストレーションが面白いくらい急激に溜まった。

「何で私が、こんなこと……!」


 私は一世代前のゲームに命を注いでいる人々の元に駆け寄った。

「おい皆、これが最新鋭のゲームと、一番最近のゲームソフトだ!」

「何だって!」

 世界各国のゲーマーたちは、一斉に今持っているゲーム機を放り投げて私の元に駆け寄ってきた。


 私は陰鬱な気分で目を覚ました。

 陰鬱なのは、決して昨晩の徹夜のせいだけではない。

 緊張の中に鬱蒼とした憤りを感じながら席を立ちあがり、教室の端っこで乱暴に椅子に座っている女子集団に近づいた。

「あの、西町さん?」

 西町は言葉を発す前に私を睨んだ。

「何?」

 私の顔が強張っていたからだろう。西町の取り巻きの女二人がクスクスと笑った。

十分放課。さつきは小テストの結果が五回続けてゼロ点だったせいで前の授業の教室に残されており、塩田は隣の隣の教室に教科書を借りにいっていた。つまり今、私に味方はいない。

黒髪短髪低身長の私。茶髪長髪高身長の西町。共通点と言えば、人を見つめる時の冷めた目つきくらいのものだ。だからこそ私は西町が苦手なのかもしれない。最も、西町を苦手としていない人などほとんどいないが。

「あんた誰」

「同じクラスの巻髪さんですよ」

 傍らの女が姑息な声で西町に耳打ちした。

「ふぅん、知らない。で、話し相手私で合ってるの?」

 隣の女たちがまた笑った。

 西町はいじっていたスマホから目を離すと、だるそうに立ち上がり、意図的に私を見下した。

「あの、あのさ……」

 まさか二年A組の地雷、二年A組の闇と呼ばれる彼女にも自分から話しかける日がくるとは。

 私は全身全霊で和やかな表情と口調に力を注ぎ、西町が持っているスマホを指さした。

「その、スマホに貼ってある写真。有名なアイドルの人だよね」

 西町はやや目を見開き首を傾げた。

「だから何?」

「その人について教えて貰いたくて。ほら、その、私もかっこいいなぁって思って……」

「自分で調べればいいじゃん。馬鹿なの?」

 怒りと惨めさのあまり膝が震えた。しかし堪える。

「名前が、わからなくて」

 西町はため息をついた。

「森菜菫」


 目が覚めた瞬間に、私は美男子目当ての女性たちにもみくちゃにされた。

「今流行りの男の子はどんな顔なのよ」

「ねぇジジイ、早く写真創り出してよ」

 私が真央から見せてもらった写真を創り出すと、肉塊が投げ込まれたピラニア水槽のように女性たちが写真に群がった。その凄まじい衝撃波たるや、私は身動き一つ、目を開けることすらできなかった。

「もっと写真創りなさいよ!」

「わ、わかった。わかったからどいてくれ」

 また写真を創ると、同じように人間同士が一点目掛けて突進を繰り広げた。

「かっこいい!」

「名前は何ていうの? この人の名前は何ていうの?」

「ええと、森菜菫……」

「菜菫様!」

 写真を一人一枚創り、ようやく美男子に惚れ込む女性陣が満足して帰っていった。その場に放心状態で取り残される私。上着にもズボンにも顔にも誰かの足跡がついている状態だった。

「これも……哀子のためだ」

 そう自分に言い聞かせつつ、私はうめき声を上げながら立ち上がった。







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