第6話 家族に会わせろ

 さて、死後の世界。

 アナウンサー斎藤の首を絞める私は激昂の最中だった。

「死んでいるからもう死なないとか、知名度がどうだとかなんてどうでもいいですよ。死んで一番にまず人が考えるのは、死んだ家族との再会しかないですよね! どうしてあなたはそのことを伝えないんですか。家族はどこに住んでいるんです? 私は家族に会いたいんです。妻に、両親に会いたいんです。どこに住んでいるんですか!」

 アナウンサー斎藤はあまりの衝撃で縮み上がっていた。

「わ、私のマ、マニュアルにはそんな……」

「マニュアルなんか知ったことじゃあない!」

 更なる激昂を迎えた私を、他のスタッフが力づくで引き剥がした。

「あなたたちにも家族がいるんでしょう? それなら教えて下さいよ、どうやって死んだ家族と合流したのか!」

 その発言を聞いて、アナウンサー斎藤も他のスタッフたちもあからさまに肩を落とした。その沈んだ表情の面々を見て、私の怒りはしぼむ。

「……もしかして、家族と……会えないんですか?」

 アナウンサー斎藤がより一層首を縮めてか細い声で言った。

「絶対に会えない、というわけではありません。ただ、難しいんです。この世界には一万以上の地区がありますし、その中でもエリアが三つもあるんですから」

「そんなもん、ほら、ネットとかいうやつ、あるでしょ? そういうので個人情報が管理されているんじゃないんですか?」

「残念ながら、この地区内の情報しか管理されていないのです」

「なんてこった!」

 隣に野次馬として参戦していた近藤が叫んだ。

「天国の方が現世より劣ってるだなんて滑稽だな!」

「私たちが死んだ時からこのシステムのままなんですよ!」

「だからガイダンスではそのことを言わなかったのか」

「ええ。皆さん死んだ後も生きているという不思議な感覚に、いわば酔っている状態なので、下手に家族や友人というワードを出さなければスルーして下さるんです。後から疑問に思って尋ねて下さる分には、こんな風に、個別に対応できますから」

 近藤が舌打ちをした。アナウンサー斎藤は目を伏せる。

「本当に難しいんです、この世界で家族に会うことは。あのライト兄弟ですらもう数十年再会を果たせていないんですし、劉備も関羽と張飛を探し回って未だに流浪の旅を続けています」

 嫌な沈黙が流れかけたのを察し、スタッフの一人が明るい声で言った。

「とりあえず、二十三地区の中なら探せるので、やってみましょうか」

「お、お願いします!」

 すがるような気持ちだった。しかし、両親や兄弟の名前は検索しても出てこなかった。既にエリアCに落ちているかもしれない。

「奥さんの名前は何ですか?」

「哀子です。巻髪哀子」

 その名を聞いて、幾人かのスタッフが奇声を上げた。

「知ってるのか!」

「もちろん知っていますよ!」

 不思議なことに、興奮気味に飛び跳ねるスタッフはほとんどが外国人だった。

「え、何で外国の方が知っているんです? 哀子は生粋の日本人ですよ。海外なんて旅行で数回しかいってないはずですけれど……」

「哀子さんは海外では超有名な漫画家なんですよ」

「ま、漫画?」

 私はおぼろげな記憶を探り出した。

 確かに言われてみれば、私がワールドカップとか全英オープンとかを見て発狂していた時、哀子は決まって机に向かって何かを書いていたような……。

「あぁ、漫画。そっちの方面にはうとくて……」

「もう世界では凄い人気なんですよ! 『血みどろの潜水士』とか『一九七五年に生まれたかった忍者の話』とか!」

「なんだそのつまらなさそうな題名」

 激昂したスタッフたちが私に詰め寄った。

「なんてことを言うんだ!」

「哀子先生に失礼だぞ!」

「本当に哀子先生の夫なのか!」

「作品を馬鹿にする奴は夫だろうが容赦しないぞ!」

「あぁ、ごめんさない! ごめんなさい!」

 妻のことを何も知らない自分の不遜はどこへやら。全く会ったこともない外国人に妻がひたすらに褒められて、私は嬉しくなってきた。気持ち悪い笑みをこぼしていたに違いない。

「それで、その哀子先生とやらは二十三地区にいるのか」

 近藤が話題を戻した。歯はないが冷静さはある。最も、イントネーションで何となく理解できただけで、何を言ったのかはほとんど聞き取れなかった。

 だが、その話題に戻った途端、検索をかけていたスタッフたちは俯いた。

「な、何だ。いないのか」

「いえ。いることにはいるんですが――」

「一万分の一の格率、凄いです!」

 アナウンサー斎藤が手を叩き、私はガッツポーズを力強く繰り出した。

「エリアAにいるんです」

 アナウンサー斎藤は叩いていた手を止め、残りのスタッフたちも一斉にため息をついて地面を見つめた。私だけが状況をわかっておらず、もう二、三回ガッツポーズを行っていた。

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