第4話 サラダボウル

 知名度調査は恐ろしくあっさりとしていた。空港の持ち物検査をする場所のようなゲートを通らされ、パソコンもどきを仰々しく睨みつけるスタッフが大声で結果を伝える。

「あなたは……エリアB!」

 そのスタッフは多分恐らく、いや絶対に性格が悪い。私は確信した。稀に出現するエリアA該当者や、エリアBの中でも上位の知名度の人には恭しく丁寧な態度で結果を伝えてくれるのだが、私のような知名度が下々の者には明らかに蔑んだ態度で対応してくる。パソコンもどきの画面を見ながら半笑いを浮かべ、憐みの目で人を見下ろす。この世界では本当に知名度が階級の差を決定づけているのだとよくわかった。

 さすがにいきなりエリアCに飛ばされる強者はいなかった。しかし、ゲートを抜けるとすぐにエリアAとBの該当者は別離させられ、エリアAに住むことが決定した者たちは純金の輝きを放つ通路の方に進み、我々エリアBの者たちは朽ちたトンネルの中のような薄暗く汚い通路の方を進まされた。AとBの比率は一対九といったところだ。スタッフたちが今期の死人は優秀だと呟いていたのを聞くところ、本来はもっとエリアA該当者は少ないのだろう。

 私は視界の端で、エリアAの人々が用意された高級車に乗って通路を進む様子を捉えた。エリアBの人々は歩かされた。

 私は鬱屈としていた。隣でずっと近藤が喋り倒していたが、ろくに相手もせずに下を見てトボトボと歩いた。

「へっ、やっぱり俺はエリアBの住民だってさ。わかっていたさ、庶民だ。結局死んだって、生きている時に庶民だったら庶民の生活しかできないんだよ。ったく、こんな芸能人有利な世界あるのかってんだ。……いや、でも芸能人なんてすぐに忘れさられるか。やっぱ教科書だよなぁ、教科書に載りさえすれば、新しい学生たちがテストを受ける度に名前を暗記されるんだ。いいよなぁ、循環だ。悪循環だ。天下りだ。結局全部続いていやがるんだ畜生」

 数十分後、ようやく通路から出た一同は眩しい日の光に照らされた。

 出口には小太りなアナウンサー斎藤が笑顔で待っていて、大声で一同に喋りかけた。

「ようこそ。ここが二十三地区のエリアBです」

 斎藤が伸ばした手の先に、エリアBの街並みが広がっていた。

 一言で言ってしまえば、平凡な家の集まりだった。小さな二階建ての家が多く、何十年かローンを払い続けて細々と暮らしていくような、ありきたりな一軒家。ガレージにとまっている車も中級の車ばかりで、時折とまっている高級車もそのせいで何故か、「あ、貧乏人が無理して買ったんだなぁ」と思ってしまうような惨めな雰囲気を醸し出していた。ただ、生前の世界との決定的な違いは、異国情緒が溢れる家々が敷き詰められているところだった。和風の庭園を携えた瓦屋根の家の隣には煙突が飛び出たレンガ造りの家がそびえ、さらにその横には真っ白な外壁のギリシャ風の家がぎこちなく並んでいる。あそこの公園には背の高い針葉樹が立ち並んでいて寒々としているのに、そこの公園には橙色の土の上にサボテンが立っていて、見ているだけで喉が渇いてきそうだ。

 世界中の平凡な民家の集合。見慣れた日本の民家の集合体では大した感動はなかっただろう。しかし、世界が集まると圧巻この上ない。国を問わず全ての人間がしばしその混ざり合った家々を黙ったまま見つめた。

タイミングを見計らってアナウンサー斎藤が言った。

「皆さん、後ろをご覧ください」

 回れ右した一同は民家の集合体とは正反対の衝撃で度肝を抜かれた。そこにあったのは禍々しく敵意を剥き出しにする巨大な壁。左右見渡す限りその壁は無限に続き、どうしてだろう、その壁を見た瞬間に、自分は壁の中にいる存在ではなく、壁の外にいる排除対象なのだと、直感的に立場をわきまえてしまっていた。

「ここがエリアAとの境界になります。詳しい方ならわかるかもしれませんね。万里の長城です。ささやかな平和を楽しむ生き方を望むなら、これ以上近くに寄るのはおすすめしません。……別の言葉で言い換えるなら、万里の長城には近づかないで下さい」

「フン、豪邸の存在すら見せてくれないのかよ」

 と近藤。

「それでは皆さん解散して構いませんよ。肉体的に疲れることはないので最果てまで歩いてみてもらっても構いませんし、家を建てる能力がある人は空いている場所に家を建てて貰っても構いません。とにかくここでは自由です。電車も走っていますし、映画館もありますよ。パチンコ屋だって、銃のお店だって、もう何でも。今更知名度を気にしたってしょうがないじゃありませんか。それより自分の知名度でできることを楽しんで、充実の死後ライフを過ごしていきましょうよ。わからないことがありましたら、ここにきてスタッフに尋ねて貰えればお答えしますので」

 人々は戸惑いながらも、これ以上斎藤が喋ることがないとわかると、徐々に散っていった。

「どうすっかなぁ」

 近藤は所在なさげに呟いた。

「何でもできるって言われると、何をしていいかわからん」

 しかし、斎藤が解散の合図を出したあたりから、私の怒りのボルテージは頂点に達していた。私は拳を震わせて、真っすぐにアナウンサー斎藤の元につかつかと歩いていった。

 決してアナウンサー斎藤個人に対して怒っていたわけではないが、大事なことの説明をいくつも省き、断片的な情報だけで思想を限定させて、死後の生き方にすらも圧力をかけるこの組織自体に激しい怒りと失望を感じていた。

 無意識に私はアナウンサー斎藤の胸倉を掴んでいた。

「な、なんですか!」

 斎藤は目を剥きだし、首を縮ませながら尋ねた。

 私は切実な思いを全て声に乗せた。

「私の妻はどこにいるんです? どうしてあなたたちは、家族についての説明をしないんですか!」






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