第27話 『俺』、動きます 1
「あ、あの……ごめんね時也君。今、なんて……?」
俺の声は聞こえないはずはないが、唐突なこともあって混乱しているのだろう。アンジェリカが、そう訊いてくる。
「付き合おうぜ、って言ったんだ。アン、俺と、恋人同士になってくれ」
アンジェリカの白い手に自分の手を置いて、青い瞳を真っすぐと見、今度こそしっかりと聞こえるようはっきりと言う。
他の人にこんなことを言うのは、『俺』も初めてだ。心臓がドキドキしているが、ライブやテレビ収録など、さすがに大勢の前で数多くの場数を踏んでいる時也の体は違う。
よどみなく、俺の推しにまっすぐ気持ちを伝えてくれた。
「…………」
「? アン、どうした? 突然だったから、びっくりしちゃったか?」
「…………」
「お、おーい、アン。大丈夫か~……?」
口を半開きにさせたままアンジェリカは瞬き一つせず静止している。
あまりの驚きに息をするのも忘れていそうなので、肩をゆすってみる。
「アン……アンジェリカっ」
「っ……あ、ご、ごめんね時也君。私、あまりのことについ……あの、ごめんなさい、その、か、確認のために、もう一度、その……」
「いいけど、もう意識ぶっ飛ばしたりしないよな? 俺、心配だぞ」
「だ、大丈夫です。今度こそ、ちゃんと聞きますから」
「じゃあ、もう一度言うぞ? いいな?」
こくり、とアンジェリカが静かに頷いたので、俺はさらにもう一度。
「アンジェリカ……好きだ。俺と、付き合って……恋人同士になってほしい」
「…………」
「こらこらっ、これじゃこのやりとり一生終わらないだろ」
「うぅ……だ、だって、好きとか、恋人同士にとか、そんな嬉しいこと言われたら、こうもなっちゃうよ……時也君の、ばかぁ……」
どうやらきちんと頭でも理解してくれたようで、アンは顔をみるみる真っ赤にさせて目を泳がせている。
いつもの沈着冷静なメイド姿はどこへやらだが、幸い今は観覧車の中で、そしてちょうど俺たちは頂上付近にいる。
慌てふためく幼馴染の可愛いところを拝めるのは、目の前の俺ただ一人だけ。
こんな姿、ゲームでも見たことがない。
……ちょっと、感動してしまう。
この世界に来て、もしかしたら一番嬉しいかも。
「アン、お前がどう思ってるのかは知らないけど、俺の未来は俺のものだ。親父たちの考えとか家の都合とか、裏で色々あるのは確かなんだろうし、従わなきゃいけないことも時にはあるだろうけど、でも、これだけは絶対に譲れない」
「でも、私たち、主人とメイドなんだよ……? 主従関係でそういう関係になるのがいけないことかどうかはわからないけど……でも、お見合い相手を選ぶってことは、そういうことなんじゃないの?」
「うん。多分、それもあるだろうな」
すぐ隣に、仲が良くて、それでいてお互いのことをよく理解し想い合っている異性がいるのに見合い相手の話になるということは、五条家の決まりはともかく、親父はそう考えている可能性が高い。
だが、それは時也がいつまでも答えを保留してしまったからというのもある。
おそらくだが、聖星学院を卒業した時点で、おそらく俺は五条組の本社社員として親父の下について働くことになる。内容についてもかなり大きな案件を任されるはずだから、それに慣れる間は、男女交際などは一切できなくなるだろう。
だからこそ、その間に、さっさと自分のことを支えてくれる人を見つけて、なんの心配もなく目の前の仕事に集中してほしい――親父も聖星学院を卒業してすぐにお袋と結婚したそうだから、同じようにやって欲しいのだろう。
俺も、別にそれならそれでいいと思う。だが、相手に関してまではそうはいかせない。
俺は、俺の好きな人と、これからの人生を歩む。
「アン、聞いてくれ。家に帰った後、俺、親父と話してみようと思う」
「それは……その、私とのこと、とか……?」
「ああ。お見合いの話が本当かどうかも親父の口から直接確かめて、もし本当なら、その話を無しにしてもらうよう言ってくる。……俺はアンをパートナーにするつもりだから余計な心配するなって」
「それ、龍生様が逆に心配したりしないかな……私みたいな未熟な人、時也君にはふさわしくないって、直々に言われちゃうんじゃ……」
「もしそうなったら喧嘩だな。俺の幼馴染を馬鹿にするなって」
アンジェリカは姉のフレデリカのことを密かに目標としているので、彼女と較べれば、能力はまだまだ及ばないとは思う。
しかし、それでも俺にとっての一番はアンジェリカだ。
俺が絡むと少しおかしくなるけれど、いつも真面目で、俺や美都弥のことをいつも心配してくれていて、そして何より可愛くて。
メイドとしては未熟かもしれないが、では、パートナーとしてなら。
「ってことで、アン。今日の夜、俺と一緒に来てくれるか? もし親父と喧嘩になったら、多分お前のお姉ちゃんが出てきて逆にボコられそうだし」
「それだと私が出てもちょっとの時間稼ぎぐらいにしかならないんじゃないかな……お姉ちゃんと一緒に訓練したことあるけど、ほとんど超人だよ?」
それは知っている。実はフレデリカもちょくちょく色々なルートに登場するが、その動きはまさに忍者だった。
瞳の色が赤い以外は妹にそっくりだが、あいつも結構、設定が盛られていたり。
「……まあ、だからといって私がついていかないなんて選択肢はないんだけど。だって、私は時也君の専属メイドだし」
「そっか。じゃあ、今夜はよろしく頼む」
「かしこまりました、ご主人様……ふふっ」
そう言って、アンジェリカが俺の手をぎゅっと握り返してくれる。
……うん。さすがは俺の推しだ。
そして、ちょうどいいところで一周が終わり、俺とアンジェリカをのせた観覧車が元の位置に戻る。
「アン、手を」
「……うん」
アンジェリカの手をとって地上に降りると、ちょうど俺たちの帰りを見計らっていたのか、着ぐるみ(に入った従業員)数体を引き連れた美都弥が俺たちへ手を振っている。
「お兄さま、アン、いい時間は過ごせましたか?」
「ああ。余計なお節介と思ったけど、でも、おかげで俺も腹くくれてよかったよ」
「美っちゃん……今度ああいうことしたら、次の日の朝食はニンジンだらけだからね」
「うっ、ニンジン大嫌い……今後は気を付けておくわね」
再びいつもの三人に戻った俺たちは、滞在予定時間いっぱいまで久しぶりの遊園地を満喫した。
主人公絡みのフラグ立てはまだ先だが、その前に『俺』自身の未来を確定させにいこう。
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