第26話 屋敷のメイドは見た(聞いた)
――時也にもそろそろちゃんとしたパートナーを作ってもらいたいところだが。
そこから、この話は始まるらしい。
※※
ある日、学校の授業を終えて屋敷に帰った私は、ご主人様と美都弥様の居住スペースの清掃をしていた。この掃除は私の毎日の日課で、アイドルの仕事を終えて疲れて帰ってくるご主人様や、聖星学院の特別進学クラスで勉学に励む美都弥様が家に帰ってきた時、少しでもいい気分で帰宅してもらいたいという思いから、数年前からずっと続けている。
「ふむ……そろそろ備品が切れそうだから、倉庫に取りに行かないと」
五条家で普段使用されている掃除用具、雑巾、洗剤、トイレットペーパーなどがある備品倉庫は、時也様と美都弥様の住む別館ではなく、五条家の本館――つまりはこの屋敷の主人である五条龍生様の住む場所だが、そこに行かなければならない。
私は、すぐさま、本館を担当している姉、戸郷フレデリカへと屋敷内の内線で連絡をした。
時也様や美都弥様のような家族はともかく、私たちのような使用人は、担当区外へと赴くときは、必ず許可をとっての移動が義務付けられている。当然、姉がこちらに来る用事がある場合も同様だ。
『……はい、こちら本館』
「その声はお姉さまですね? アンジェリカです」
『こんにちは、アン。で、要件は?』
「別館の備品がいくつか切れそうなので補充を、と。キッチン用の洗剤と、消毒用アルコール、あとは新しい雑巾に、トイレットペーパーなどです」
『わかりました。では担当に言っておくから、必要な分を申請用紙に記入してもっていきなさい』
「ありがとうございます。では」
事務的に言って、私は内線通話を切る。姉のフレデリカは私よりも一回り年上で、現在は時也様のお父上である龍生様の秘書兼メイドとして使用人をまとめる立場の、所謂メイド長として働いている。
先代のメイド長であるお婆様から役職を引き継いだこともあり、その仕事ぶりは尊敬に値する。五条組本社での秘書業務はもちろん、屋敷の中での仕事においても完璧で、ちょっとしたことですぐ動揺する未熟な私とは大違いだ。
姉に言われた通り、備品の申請用紙に補充する品目と数を記入した私は、本館と別館を繋ぐ廊下を渡って、本館の中へ。
すれ違う同僚に会釈をしつつ、階段を上って本館3階にある備品倉庫へ――。
というところで、私の耳がとある言葉をキャッチした。
『時也にもそろそろちゃんとしたパートナーを作ってもらいたいところだが。……フレデリカ、状況はどうなっている?』
(え……?)
姉にも度々指摘して直すよう言われているのだが、時也様に関わる話となると、使命感からついつい反応してしまう。自分でも、これではまるで忍者だなと苦笑するほどだ。
仕事上の重要な機密など、大事な話であれば、普段なら聞かないフリをして通り過ぎるところだが、話の中心となる人があまりにもタイムリーすぎる。
備品のことなどすっかり忘れて、私は目立たないところに身を隠して、龍生様の執務室からわずかに漏れ聞こえる話を、これまでにないほどの集中力で、一言一句もらさないようにと聞き耳を立てた。
『妹のアンジェリカから学内その他の状況については報告を受けていますが、現状、時也様と特に仲の良いご学友などはいらっしゃらないそうです。4月になってから、学校側の手違いもあって、クラスに女子生徒が2人入ったそうですが、個人的な付き合いなどはなさっていないそうで』
『なるほど、で、女子生徒の名前は?』
『一人は三上麗華。市内にある食品加工会社の経営者のご息女で、成績のほうは……あまり良くないそうです。担任の四街道教諭によると、授業態度は真面目だそうですが、服装などの校則違反が目立つようで』
私も一応そう言う人がいますという報告はしていたが、どうやら姉はもう少し詳しく調べていたようだ。四街道先生は個々の生徒に対する評価を漏らすような人ではないので、おそらく情報源はその上の、学年主任や教頭先生あたりだろう。
三上さん、そして『あなた』さんの話を姉から聞くと、しばらくの沈黙の後、龍生様が口を開く。
『わかった。そういうことなら、やはり予定通り、見合いの話を進めるとしよう。今のところ申し出があっているのは
その後の話も聞きたかったところだが、あまり備品係の人を待たせてはいけないため、私は後ろ髪を引かれつつも、速やかにその場を後にしたのだった。
※※
「――なるほどね。ったく、裏でそんなシナリオが進んでやがったのか……予想はなんとなくしてたけど、やっぱり親父の差し金だったわけか」
「? 時也君、シナリオって……」
「ああ、すまん。ところで見合い話だったな。叶家ってことは、多分、美咲先輩だろうな。会社同士で親同士の付き合いはあるっぽいし、本人は言うまでもなく優秀だし、話せる人だからな」
「私もそうかなと思う。美咲先輩、普段はアレだけど、能力は間違いないし、TPOも弁えてる人だから」
実は時也の場合、テキストなどで確認できる分だと、麗華、瞳ちゃん、四街道先生、美咲先輩、そしてアンジェリカなどとくっつくことが確認されているが、誰とくっつくかは明確な基準がなく、検証の結果『ランダム』と結論づけられている。
なので、もし俺が主人公とのフラグを回避して、他四人の誰かとくっ付けた場合に、このような『裏イベント』ともいえるようなことが要因で、アンジェリカが身を引いてしまう可能性もゼロではないのだ。
時也のことが好きでも五条家と戸郷家の双方で決定したことには逆らえない――アンジェリカが考えるとしたら、おそらくはこんなところだろう。
だが、それでは俺が困る。
もし話に出てきている叶家の人が美咲先輩であれば、美咲先輩本人の意思は別として、お見合い相手としては申し分ない人だろう。人間的にも素晴らしい人で、尊敬できる。
だが、それでも俺が好きなのはアンジェリカだ。
このままぼーっとしていても主人公のフラグさえ回避すれば結ばれる可能性はあるが、『可能性がある』では困る。
『確実に』、『100%』、でなければ駄目なのだ。
ゲームではランダムだったかもしれないが、『俺』はゲームに支配されず自由に動いている。つまり、自分の意志で相手を選ぶことも可能なはずで――。
「……あのさ、アン」
「? なに、時也君……」
「付き合おうぜ、俺たち」
「………………え?」
自由なわけだから、こういうことだってやってもいいのだ。
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