第25話 観覧車にて。どうやら妹に気をつかわれたらしい 2


 俺とアンジェリカをのせた観覧車は、ゆっくりと地上から離れ、その高度を上げていく。


 時折、風がびゅうと強く吹いて、わずかに内部が揺れるものの、座っていれば特に大した恐怖感もない。


「アンもほら、こっちきて座れよ」


「うん。じゃあ、失礼します」


 椅子は両側にあるもの、せっかくなので隣り合って座ったほうがいいだろう。


 二人で座るには狭いが、肩をくっつければそれほど窮屈には感じない。


「なんか、懐かしいよな、この感じ。俺たち、今までこんなふうに本当の意味で二人きりになったことってあったっけ?」


「どうかな。多分、なかったと思う。5歳のころから五条のお屋敷でずっと暮らしてるけど、小さい頃はメイド作法のお勉強とかでずっと両親とか教育係の人とかがいたし。中学生になってからは時也君がアイドル活動始めちゃったから」


 そう。こうして仲の良い俺たちではあったが、実は二人だけの時間を過ごす機会というのはそう多くない。


 身の回りの世話はアンジェリカの担当だが、広い屋敷には、運転手の不二城さんや、その他年配のメイドさんなど、多くの人がそれぞれの仕事に携わっている。


 朝、夜と食事の時は美都弥もだいたい一緒だし、学校では別クラス、放課後は俺の方がアイドル活動と、いつも一緒いるとはいっても、その周りには必ず誰かがいる。


 なので、誰の目もない状況で二人きりで、というのは、本当に限られた時間しかない。


 それこそ、アンジェリカの回想にも出てきたような、幼い頃に泣いていたところを時也に慰められた夜の時ぐらいしか。


「俺、あんまり戸郷の家のしきたりとかってわからないんだけどさ、使用人とこうして二人きりになるのって、もしかしてまずかったりするのかな? ほら、よく話とかで身分差がどうのとかってさ」


「う~ん、どうだろ……五条家と戸郷家の関係ってとっても長いみたいだけど、でも、少なくともひいおじい様の代から時也君までの代は、今のところ男女の仲になってる人はいないよね。その……側室的な関係とか、そうなってくると、よくわからないけど」


 俺の観測できる範囲でいえば、曽祖父(会長)、祖父(社長)、親父(専務)は、普通に戸郷家とは別の、他の家の人と結婚している。お見合いだったり、もしくは普通に恋愛結婚だったり。ちなみに時也の親父とお袋は、聖星学院のOBで、確か、生徒会の先輩後輩だったはずだ。


 お袋の実家は地元でそれなりの名家だから特に問題なかったらしいが、これが、例えば『あなた』のような、本当に一般家庭の女の子だと、また多少問題が出てくるかもしれない。


 そして、アンジェリカのような『メイド』ともなると、さらに。


 ただ、時也ルートをやっていた時は、アンジェリカが度々主人公あなたに対して『あなたのような人は五条家に相応しくない』とは言っていたものの、それ以外の人達が特に何かを言ってくるようなことはなかった。


 時也ルートでは主人公の味方である美都弥もそうだし、そして、その他、登場する五条家の面々も。


「まあ、もし親父かお袋がとやかく言って来ても、俺は俺で自由にやらせてもらうけどさ。誰に何を言われても、俺は俺のやりたいようにやる――それが俺、五条時也だからな」


「うん。私も、時也君はそれでいいと思う」


 もしここがゲームの世界だとして、もし見えない何らかの強制力が働いて、主人公や時也と関係の薄い人と結ばれるようなフラグが立ったとしても、俺は、俺の好きな人と一緒にシナリオの先に行く。


 そのためには、なんでもできることをやるつもりだ。

 

「私は何があってもメイドとして時也君にずっとついて行くけど……でも、もし時也君がこれから先婚約とかしちゃったら、もうこんなことできなくなっちゃうね。幼馴染で家族同然に暮らしていても、私たちは『主人』と『メイド』で……もし今までみたいに仲良くしてたら、きっと未来の奥様に迷惑がかかっちゃうし」


 そう言って、アンジェリカは外の景色を眺めながら、寂しそうな顔を浮かべている。


 ……あれ? 俺、これまでで結構アンジェリカに気があるところを何度も見せていたつもりだったが、彼女の中ではまだ俺が他の誰かと結婚すること前提で話が進んでいる。


 もしかして、アンジェリカの俺に対する好感度が足りないとか……いや、そもそも今のところサブキャラに好感度が実装されているかは確実ではないし、アンジェリカは設定の時点で時也に強い恋愛感情を抱いているはずだから、俺が彼女のほうだけ見ていれば、わりと上手くいくと思ったのだが。


 ちょっと探ってみるか。


「アン、どうした? お前らしくもない……もしかして、屋敷で何か変な話でも小耳に挟んだとか?」


「え? いや、そんなことは……その、」


「おいおい、ご主人様に隠し事は良くないと思うぞ? アン、悪い子だな」


「っ……もう、時也君ってば、こんな時だけ主従を持ちだして……」


「まあ、俺はアンのご主人様だから上手く使わないと。で、なに?」


「うん。……あの、屋敷の掃除中に偶然聞いただけだから、まだ確実ではないんだけど……」


 そう前置きしてから、アンジェリカはゆっくりとその時のことを話し出した。


龍生たつお様……時也君のお父さんと、ウチのお姉ちゃんが話してたんだけど……お見合いの話があるらしくて。時也君に」


「……へえ」


 なるほど。


 それは、詳しく話を聞かせてもらわなければ。

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