第31話 ゴリ押しはどのゲームでも基本正義
アイテムの効力を確かめ、その日はすぐに就寝した俺だったが、翌日から早速行動を開始にすることに。
まず早朝、朝一番でとある人へと連絡を取る。
時間の都合を取るには、どうしてもこの人の協力が不可欠だからだ。
「おはよう、瞳ちゃん。ごめんな、こんな朝早くに」
『本当だよ。まあ、もうすで学院に出勤中だから問題はないけどな。……で、何のようだ? 言っとくが、今日以降はバリバリに稼いでもらうぞ』
「わかってる……って言いたいところだけど、今日はその仕事についての相談なんだ」
『……言ってみろ』
電話口からかすかに『ちっ』という舌打ちが聞こえてくる。俺たちにできるだけ無理のないようスケジュールの管理をしてくれているので申し訳ないが、俺にとっても重要なことなのだ。
ありがとうマネージャー、と一言言ってから、俺は話を切り出すことに。
「近いうちに一日だけオフが欲しいんだ。俺の都合で、どうしても時間を取って話したい人達がいてさ、なんとかスケジュールの調整をしてほしいと思って」
『ふうん……で、お前がわざわざ『話をしたい人』って言うのはどこのどいつだ? それによって私の答えも変わるからな。『ふざけんなバカヤロウ』と『ふざけんなバカヤロウ』にな』
「それ一緒じゃん?」
『うるせえな。とにかく言え。誰だ?」
「ウチの会長と社長……と、あとは、そこに仕えてる戸郷家の当主の人たち」
『……ふざけんなバカヤロウ』
前者か後者かわからないが、その後、大きなため息とともにタバコを吸いだしたようなので、多分これから頑張って調整してくれるのだと思う。
……あと、職員室は一応禁煙のはずだが大丈夫なのだろうか? 喫煙室もあるので、そこで仕事をしているのかもしれないが。
『しかし、なんで急にそんな話になったんだ? アイドル活動をやめさせろ、とかそんな話じゃないんだろ? 会長と社長夫妻、よくライブにもきて応援してくれるし。金もたんまり……まさか、来月からの契約料を減らす方向で見直しとかそういう』
「いや、そうじゃない。アンジェリカとの婚約をしたいんだけど、親父が了承してくれなくてさ。その報告と協力を兼ねて、ゆっくり話をしたいって」
『……すまん、情報量が多いからいったん整理させてくれ』
電話口のほうで『かぁ~……』というため息ともうめき声ともつかぬ声がして、その数秒後。
『確認するが、メイドのほうに、その、プロポーズ的なのはしたのか?』
「一応。指輪とかはないけど。でも、了承はちゃんともらったし、今、俺の隣にいる」
『いるのかよっ。まあ、でもそうか、住み込みのメイドだからそりゃいるか……って、そうじゃなくて、話が認められたとして、正式な婚約時期は決めてるのか?』
「高等部を卒業してからのつもり。ツイプリの5人が解散してからだな」
『妥当だな……なら、四人への報告はどうする?』
「ちょっと悩んだけど、とりあえず蓮だけに伝えておいてくれ。塁や藤士郎は口が堅いけど、瑛斗が少し心配だからな」
もちろん、しかるべき時がくれば全員に報告するつもりだが。
『わかった……後、一応私からも訊くが、決意は固いんだな?』
「ああ。なにがあっても、俺は彼女のそばにずっといるよ」
『……ガキのくせに、よく言う』
青臭い俺の言葉に瞳ちゃんは『はっ』と鼻で笑うものの、はっきりと言いきった俺のことを翻意させるのは無駄だと考えたのか、諦めるようにして、もう一度大きなため息をついた。
『はぁ……わかったよ。それじゃあ、最低でも二週間以内にはオフの日を作れるよう調整してやる。あと、言っとくが、私は仕事の予定を『調整』するだけで、仕事の量を『減らす』とは一言も言ってないからな。疲れを理由に仕事をいい加減にするのも許さん。そこんとこ覚悟しておけよ』
「ああ。ちゃんとわかってるよ」
これから数日間は俺もかなり忙しくなるだろうが、そこで『秘密兵器』の出番というわけだ。
過密日程で起こる疲労蓄積によるパフォーマンスの低下の問題を、ゲーム内アイテムの使用で強引に解決する。これこそ、俺の考えたゴリ押し作戦だ。
何一つ芸のない、まったくもってエレガントさに欠けるやり方だが、しかし、もっとも確実なやり方でもある。
戦いは質より量――ゴリ押しはゲームの世界でも正義なのだ。
『今日中に調整後のスケジュールをメールで送っておく。その後のことはお前と、その隣のパートナーでせいぜい頑張るんだな』
「ありがとう、瞳ちゃん。恩に着る」
『マネージャーと言え、ガキが』
そう言い残して、瞳ちゃんはすぐに俺との通話を切った。おそらくこれから仕事先になんとか事情を説明するのだろうが、こういう急なお願いでも悪態をつきつつ完璧にこなしくれるのは、やはり素直に能力が高いのだろう。
……俺が卒業して偉くなったら、その時は五条組にヘッドハンティングして好待遇で迎えいれてあげようと思う。
「……お話はなんとかまとまったようですね。よかったです」
「うん。後は瞳ちゃんからの連絡を待って、それから戸郷家の人たちのアポイントを取る感じだけど……アン、そっとは本当に任せてもいいのか?」
「はい。ご主人様だけに任せて自分はその背中で大人しくしているなんて、メイドとしても、パートナーとしても恥ずかしいことですから」
「わかった。じゃあ、任せる」
「はい、任されました」
そうして俺たちは互いの両手を取り合って見つめ合う。
「……」
「……」
早朝の、爽やかで静かな雰囲気に二人きり。
なんだかこのままキスぐらいはしても許されそうな雰囲気だし、できたらものすごくやる気もでるものだが――。
「お兄さまっ、お兄さまっ、おはようございます! お兄さまの可愛い妹、美都弥が起こしに来て差し上げ……って、あら、アンに先を越されてしまったわね」
「おはようございます、美都弥様。ご主人様を起こすのもメイドの役割ですから、当然です……ふふっ」
「ふふっ、確かにそうね。じゃあ、三人揃ったところで、朝食にしましよう。今日もこれから学校ですから、朝はしっかり食べておかないと」
「かしこまりました。もう準備はできておりますので、リビングのほうへ参りましょう。……さあ、ご主人様も」
「ああ。俺も制服に着替えてすぐ行くよ」
姉妹のように仲睦まじい様子で俺の部屋から出て行くアンジェリカと美都弥の様子を見送りつつ、俺は本日一本目のスタミナドリンクを口にする。
睡眠+アイテムで、体力はおそらく満タン近い。これなら多少の無理でも高パフォーマンスを維持できるだろう。そして、体力が減ったと感じたらすぐに追加のドリンクだ。
体力を回復させるスタミナドリンク、たまったストレスを減らすメンタルドリンク、さらには両方を回復させるスタミナドリンクS《スーパー》など、アイテムの在庫はばっちりだ。
「――さあ来い仕事。圧倒的な戦力差で蹴散らしてやる」
髪をセットし、制服のブレザーに袖を通し、ついでにアイテムをバッグの中に入れて、俺の一日はスタートした。
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