第30話 急がば回れ、ということ


 代々五条家のパートナーとして陰で支え続けている戸郷家だが、現在、屋敷に住み込みで働いているのは……俺が知っている限りだと6人いる。


 時也と美都弥のメイド・アンジェリカ、親父のメイド兼秘書・フレデリカ、俺の祖父母と一緒に暮らしている姉妹の両親に、あとは曽祖父(曾祖母はすでに亡くなっている)の執事・メイドを務めている姉妹の祖父母。もちろん、今でも全員現役だ。


 アンジェリカの両親や祖父母には幼い頃面倒を見てもらったこともあるし、主人に似て頭が石のように固いフレデリカに較べれば話が分かる人たちだったと思うが。


「出来ればすぐにでも会いに行きたいところだけど……この時間じゃ迷惑そうだし、明日以降にするか」


「そうですね。両親と祖父母も就寝している時間ですし。それに、これ以上帰りが遅くなると美都弥様も心配してしまいますから」


 明日以降はまたいつも通りアイドル活動のほうが忙しくなるので、またどこかで、しかもなるべく近いうちに無理矢理にでも時間を作らねばならない。


 少なくとも、一週間以内には。


 先にアンジェリカから話してもらう考えも頭よにぎったが、大切な娘を将来のパートナーにしようというのだから、こういうのは俺が行くべきだと思う。


 今日はオフだったとはいえ、基本、時也のスケジュールは分刻みで早朝から夜遅くまで拘束される。その合間を縫って、祖父母(社長)と共に行動をともにしているアンジェリカの両親と、あまり屋敷にいない曽祖父(会長)と一緒に行動している祖父母を捕まえて――となると、やはりどこかで今回のようなオフ日を作ったほうがいいだろう。


 では、その時間をどうやって作るか。


 仕事以外で比較的自由が利くのは学校にいる時間だが、サボるわけにもいかないし、授業を抜け出してお願いに行くような輩にはいくら五条の跡取り息子だからっていい顔はしないだろう。


 というか、そもそも親父は『戸郷家全員連れてこい』だなんて一言も言っていないわけで……主人公あなたに関わるものなら頭の中に全て入っているが、こういうシナリオの裏で起こっているようなものは完全に手探りだ。


「……あの、時也様」


「ん? どうした、アン?」


「いえ、とても楽しそうな顔をしておりますので……何を考えておられるのかなと」


「あれ? そう? 俺、笑ってた?」


「はい。笑っているというか、にやけているというか」


 いけない、少し考えこみ過ぎて『俺』時代の癖が出てしまったようだ。


 完全に手探り状態ではあるけれども、しかし、やれることが閉ざされているわけではない。


 前世の『俺』とは違って、『時也オレ』には色々な手札がある。


 五条時也の精神や肉体、恵まれた環境、優秀で可愛い妹とメイド、頼れる学友(一応、そして、そこに追加して、学生時代にロムに穴があくかというほどプレイしまくった『俺』自身のゲーム知識。


 完全に手探りではあるが、何をどうするかは俺の完全な自由だ。


 ゲーム内では結果のみテキストに綴られ、その過程が省略されているのなら、何をしようと構わない――そう考えると、なんだかとてもわくわくしてくるのだ。


「なあ、アン」


「はい」


「親父に絶対俺たちのこと認めさせて、生意気な姉ちゃんのやつも、必ず従順な犬にしてやろうぜ」


「かしこまりました。ご主人様がそうおっしゃられるのでしたら、私もお供させていただきます」


「ああ。……頼りにしてるぜ、俺のメイド」


「はい。お任せください」


「「……ふふっ」」


 お互いの顔を見合わせて笑い合った後、俺たちは妹の待つ本拠地へと戻る。


 親父の首を縦に振らせるためには、きちんとした準備が必要だ。


 戸郷家全員の許可を取るのもしかり、二人の覚悟を示すための証拠しかり。


 さて、ここからは久しぶりに検証の時間といこう。 

 

『俺』自身のシナリオ攻略は、急がば回れ、だ。



 ※



 アンジェリカや美都弥とおやすみの挨拶をして自室に戻った後、さっそく俺は試そうと思っていた実験をすることにした。


 俺専用の勉強机の下にある、鍵付きの小さな金庫。


 ここには時也が個人的に大切にしている秘蔵のコレクション(※詳しい中身は時也自身の名誉ために伏せておく)のほか、俺が新しく保管していたものがあった。


「……まさか、プレイヤー以外でコレを使う機会が来ようとはな……」


 袋から取り出したのは、青いラベルに『S』と書かれた透明のペットボトル。


 見た目怪しいこのドリンクだが、この飲料の名前は『スタミナドリンク』。


 本来は主人公のみが使えるはずのゲーム内アイテムの一つだが、コレクション目的で、一応美咲先輩のいる購買で、買える範囲で一通り種類を揃えていたのだ。


 種類によっては高いもののあるが、普通プレイだと常にカツカツの主人公あなたと違い、ボンボンの時也の資金力は潤沢だ。イベントで手に入るレアアイテム以外は概ね揃えられる。


「成分表とか、一応設定はされてんのな……時々おおざっぱなくせに、こういうところにはこだわるんだから……」


 スタミナドリンクの効用は一番安いもので『体力を30回復させる』。


 このゲームでは、勉強、部活、バイトなどで主人公の能力を上昇させることができるが、それと引き換えに、選んだ行動によって体力を消費する。


 体力は0~100までの間で行ったり来たりし、体力が満タンに近ければ、能力の上昇にボーナス値が加算されやすく、逆に0に近かったりすると、勉強に身が入らず能力が下がったり、部活では下手すると怪我をして、何日間か放課後の自由行動ができなくなってしまうというデメリットがある。


 体力を回復する手段は、基本的には『休養(寝る)』、そして『アイテム消費』による回復の二つ。なので、蓮ルートなどの、攻略に高ステータスを要求される場合は休養が無駄行動になるため、基本的にアイテムのお世話になることが普通だ。


 で、その情報を踏まえて、俺が何をしようと企んでいるのか、と言うと。


「よし……いくかっ。んぐっ……!」


 気合を入れて、俺はペットボトルのキャップを開けて、スタミナドリンクを一気に飲み干した。


 体力が回復するかどうかを確かめるためだ。


 今日はオフ日とはいえ、日中は遊園地で遊んでいたため、ストレスはなくても体の疲労は溜まっている。


 ここまでの検証による推測だが、おそらく主人公以外のキャラにも、見えないだけで各種パラメーターは存在していると思われる。現在の学力、運動能力、そして現在の体力やストレス値……その存在を、アイテム消費で確かめようというのだ。


 今の俺の感覚で言うと、それなりに疲れていると思う。詳しい数値は確かめようはないが、おそらくステータスアップにマイナス補正ががかかりやすい30以下ぐらいにはなっているだろう。


 なので、これを飲んで、実際に『俺』自身にも各種ステータスがあるのだとしたら、何らかの変化があるはずだ。


「おっ……」


 そして、効果はすぐに表れた。


「なんか、ちょっと視界がクリアになったような、気が……」


 主人公になにかあった時のような効果音などは聞こえないものの、疲れや眠気で霞んでいた視界が、徐々にクリアになっていく。夜なので眠気はそれなりではあるものの、俺一人だけの仕事なら、多少は無理しても大丈夫そうだ。


 意欲が、沸き上がってくる。


「これヤバい薬じゃないよな……ゲームの世界だから問題ないんだろうけど……」


 だが、これで少なくとも俺もゲーム内アイテムの恩恵を受けられることが判明した。


 ……と、いうことは、俺がやることは一つ。


 安心と実績の『ゴリ押し作戦』だ。

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