第29話 VS親父殿
五条龍生。
現在の五条家の大黒柱であり、俺がこれから戦わなければならない相手だ。
年齢は現在40歳。会社での肩書きは専務だが、60歳を超えている社長の祖父・五条時貞に代わって、実質的にはトップの位置にいる。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、時也。アイドル活動で忙しいと聞いているが、仕事のほうはいいのか?」
「先方のほうでトラブルがまって、今日は一日オフだったんだ。毎日仕事じゃ息もつまるから、美都弥たちと一緒に近くの遊園地まで行ってたんだ」
「そこのメイドもか?」
「親父、今日の彼女はメイドじゃない。幼馴染だ。訂正してくれ」
「幼馴染なのは知っているが、メイドではあるだろう。いくら休日だろうが主人が許可を出そうが、肩書きというのは必ず付きまとってくる。今日はオフだから、友達だから、で簡単に着脱できるものではない。時也、お前もそのことは理解しているはずだろう」
確かに、今日の俺はツイプリの時也ではなく普通の『五条時也』として振る舞っていたが、他の人から見れば休日も平日も関係ない。
着ている服が違うだけで、ファンの人にとって『五条時也』は『アイドル・五条時也』なのだ。
実際、園内の職員さんたちが上手くやってくれたものの、何人か、俺のことに気づいてくれたファンに対してサインを書いてあげたり、写真を一緒に撮ってあげたりした。
今日は普通のガキとして過ごすつもりだったものの、結局、どこかでアイドルとしての『五条時也』が顔を出す。
「……まあ、そのことはどうでもいい。ところで、話があると言っていたな? パートナーと一緒に挨拶に行くから、と」
「ああ。最近、屋敷内で俺と誰かの見合いを画策してるなんて噂を耳にしてな。俺には心を決めた人がいるから、余計なことをするなって」
「なるほど、そこのメイドに聞かれていたか。そういうところだけ姉に似てどうするつもりだ。アンジェリカ」
親父がそこで初めてアンジェリカのほうへ鋭い視線を向ける。
相変わらず人の一人二人はやっていそうな厳つい顔をしているが、アンはそれにひるむことなく、小さく頭を下げる。
「申し訳ありません、龍生様。しかし、時也様の関わる話であれば、彼のことを支える一人の人間としては、耳に入れておかなければと思いまして」
「それは、メイドとしてか?」
「いいえ。時也様を支えるパートナーとして、です」
しっかりとそう言いきったアンジェリカの決意に満ちた横顔がとても格好良く見える。
今も十分好きだが、こういうのを見るとまたさらに好きになってしまいそうだ。
これでいざ俺と二人きりになると、めちゃくちゃに照れてしおらしくなるのだから、もうギャップがすごい。
……やっぱり時也は
なぜ開発陣はこういうキャラを作ってしまったのだろう。そして、なぜ時也の攻略難度を簡単にしたのだろう。三枚目キャラを都合よく使うのは可哀想だ。
「親父、ともかくそういうことだ。俺はアン以外の人との将来は考えられないし、見合いも婚約もするつもりはない。卒業したら会社に入って、親父に続けるようにしっかり勉強するから」
「今の関係の仕事からは金輪際手を引く、と。そういうことでいいのか?」
「ああ。……アン、あれをもってきてくれ」
「かしこまりました」
そう言って、俺は部屋のすぐ外に置いていたとある物を、アンに持ってこさせる。
ところどころを金具で補強した頑丈なつくりの箱――ギターケースを俺は手に取り、そのまますぐに親父の机へと置いた。
「これはまさか……」
「多分、屋敷の皆には知られていただろうけど、俺がずっと使っていたギターだ。音楽で一人身を立てたいと思って、ずっと俺の練習に付き合ってくれていた相棒とでもいいかな」
ただの口約束だけでは交渉材料としては足りないだろうと思い、俺が『時也』に転生してからはずっとクローゼットの奥で眠っていたものを、この時のために持ってきていたのだ。
「親父、息子からのプレゼントだ。別にこれを弾けとか飾れとか、そういうことじゃなく、俺のわからないところ……屋敷の金庫あたりにしまっておいてくれ」
別にこの場でギターをぶっ壊すという選択肢もあったのだが、一応これは『時也』にとっての第二の魂みたいなものなので、勝手に壊すのも気が引けたのだ。
「それが、お前の決意というやつか?」
「ああ。そういうふうに受け取ってもらって構わない」
音楽ではなく、五条家の人たちが代々続けてきた道を、親父と同様に歩んでいく。
『時也』のほうは五条組の仕事を『俺には向いてないし、つまらない』と主人公にこぼしていたのだが(シナリオ内で)、つまらないことだって立派な仕事だと『俺』自身は思う。
五条組は、グループ会社などを合わせると総従業員数は数万にも及ぶ大企業だ。
当然、そこの代表を継ぐとなれば、相当なプレッシャーもあるだろうし、『俺』の想像の及ばない世界も広がっているだろう。
社畜だった前世とは天と地ほどの差だし、当然、もしこの世界での人生がずっと続くことを考えると不安にもなる。
……しかし、すぐ隣に推しがいてくれれば耐えられる気がする。もちろん今までの『俺』では到底無理だろうからこれからも『時也』の体の助けがいるだろうが。
「だから……親父、頼む。俺とアンの交際を認めて欲しい」
「私からも、お願いいたします」
そうして、俺とアンジェリカは二人して頭を下げる。
認められなくてもくっつく決意ではある俺たちだが、それでも家族にきちんと認められたほうが、今後の関係性や、妹の美都弥のことを考えるとベターなはず。
「……なるほど、話はわかった。もう下がって良いぞ」
だが、そんな俺たちの本気のお願いにもかかわらず、親父殿の反応はなんともドライだった。
「は? いや、もう下がって良いって……返事、返事はどうなんだよ? アンジェリカと付き合っていいのか、ダメなのか、何も聞いてないぞ」
「お前が言ったのは『話がある』だけで、それについて許可を出す出さないについてはまた別の話だろう? 話を聞くことには了承したが、それ以外のことまで認めた覚えはない」
「っ……この、屁理屈オヤジぃ……」
「なんとでも言え。そもそも、俺に話す前に、戸郷のほうには話をつけたのか? アンジェリカをパートナー、つまり婚約者にするということは、そちらの了承も必要だろう?」
「ぐっ……確かにそうだけど……」
「お前の話は聞いた。決意も確認した。だが、それだけで許可を出すことはできん」
「つまり……この場に戸郷家の全員引き連れて頼み込んでこい……って、そう言う話か?」
「どう判断するかはお前……いや、お前たち次第だ。わかったら、さっさと出て行け。私は忙しいんだ」
そこから少し食い下がったものの、親父はそこから一切俺たちのことを無視して仕事を再開し始めたので、『いったん引きましょう』というアンジェリカの意見を聞き入れて、親父の書斎をあとにすることに。
まあ、ギターのほうは親父に押しつけることはできたし、まったく否定されたわけではないので、今日のところはそこで良しとしておこう。
「しかし……アンのお父さんとお母さんか……ずっとじいちゃんのところだから、最近会ってないんだよなあ……アン、おじちゃんとおばちゃん、元気にしてるのか?」
「うん。龍生様の担当を姉に任せてからは仕事量は減ったけど……でも、相変わらずだよ」
設定はあるが、ゲーム内ではほとんど顔を見せない戸郷家のほうの大黒柱に、そして俺の親父に影響されてか面倒な性格の姉・フレデリカ。
五条家より遥かに面倒なのは、実は戸郷家だったりするのかもしれない。
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