第28話 『俺』、動きます 2


 美都弥やアンジェリカと遊園地でのひと時をしっかりと過ごして、その夜。


 夕食を取り、風呂に入ってさっぱりとしたところで、俺は別館を出て親父のいる書斎へと向かった。ちなみに、親父が仕事から戻ってきていることは確認済みである。


「アン、つないでくれ」


「かしこまりました。……どうぞ」


 家には戻っていても仕事をしていないとも限らないため、例え子供であっても、話がある場合は連絡して確認しなければならない。ゲームをしていた時から感じていたが、面倒な家庭だと思う。


『はい』


 家族専用の内線で親父の書斎へとかけると、親父付きのメイドであるフレデリカが出た。彼女が出たということは、今は仕事中ということか。


「フレデリカ、俺だ」


『時也様ですか。どのようなご用件で?』


「親父に話がある。繋いでくれ」


『お話、ですか?』


「ああ。家族同士の大事な話だ。今から直接会って話がしたい」


『……少々お待ちください』


 少しの待ち時間の後、再びフレデリカが通話に出る。


『先に用件を言え、とのことです』


「親父がそう言ってるのか?」


『はい』


 時也ルートでも父である龍生は登場するが、その通りの堅物な親父だ。


「ったく……じゃあ手短に言うぞ。パートナーにしたい人が出来た。今からその人を紹介しに行く。以上。じゃ、そういうことで」


 フレデリカが何かを言う前に、俺はさっさと内線を切る。


 秘書を通してうだうだ言っている暇があるのなら、話を聞く暇ぐらいはあるだろう。


「……よかったのですか?」


「いいさ。そもそも、俺たちは家族なんだ。親父だって俺や美都弥の父親なわけだし、こういう時ぐらい、子供のわがままってやつを聞いてもらわないと。美都弥、お前もそう思うよな?」


「もちろん、お兄さまのおっしゃる通りです。大事なお兄さま、そしてその大事な幼馴染のアンがきちんとお願いをしているわけですから。お父様と言えど、今回ばかりはお兄さまの味方ですっ」


 一連のやりとりとずっと隣で聞いていた美都弥が言う。


 美都弥によると、元々俺との関係のことをアンジェリカから相談されていたらしく、遊園地での帰り際、パートナーにすると報告したところ自分のことのように喜んでくれた。


 ――自分はどこまでも二人についていく、と。


 本当によくできた妹だ。


「私はここで待ってますから。いい報告、期待していますね」


「ああ。さ、行こうぜ、アン」


「はい、ご主人様」


 聖星学院の制服を着た俺たち二人は、手を取り合って本館へと続く廊下を歩く。


 確かゲーム内でも時也は本館には滅多に近寄らなかったはずなので、それもあってか、『俺』の想定以上に心臓の鼓動が早い。


 俺もそうだが、これから親に『俺はメイドと一生添い遂げる』と宣言しにいくのだから、それは緊張もするだろう。


 家族専用のセキュリティカードを通して、専用の入口で本館へ。


 すると、扉を開けてすぐのところで、燃えるような赤い瞳をした銀髪のメイドが立っていた。


「フレデリカ。もしかしてお迎えか?」


「いえ。龍生様から『もう上がっていい』と言われましたので、これから自室へと戻るところで」


「そっか。なら、俺ももうお前には用はないから、部屋に戻って良いぞ。お疲れさん」


「そのつもりです。ですが、その前に、そこの愚妹の顔を見ておこうと思いまして」


 フレデリカのその言葉に、アンジェリカの体がびくりとわずかに震える。


 妹のことをじっと見つめる姉の顔はいつもと同じように見えるが、アンジェリカは圧を感じているだろう、怯んではいないものの、俺の手を握る力がわずかに強くなっている気がした。


「お姉様、あの……」


「本来お守りすべき主人の横でびくびくしている人を、私は妹にした覚えはありませんが。ついでにあっさりと口説かれて心を許してしまう人も」


 いつもと変わらぬ口調で、フレデリカは言う。


 フレデリカとアンジェリカは10歳ほど年齢が離れているが、外見でいうとほぼ変わらないように見える。そういうキャラデザなので仕方ないのだが、瞳と髪型以外は、ほぼ同じ顔だ。


「フレねえ、それは、俺のパートナーへの侮辱ってことで受け取っていいか?」


「……この子はまだパートナーではありませんから。龍生様がそうお認めになるまで、私もこの子は屋敷で働く一メイドとして扱わせていただきます」


 フレデリカは親父に仕えているメイドなので、その息子の時也であっても遠慮はまったくない。俺が親父にこのことを告げ口したところで、父親の答えは『それがどうした?』に決まっているからだ。


「ふ~ん。なら、親父がそうと認めたら、さっきの失礼な言葉を撤回して、謝罪してくれるってわけだ? そうだよな?」


「当然です。龍生様がを時也様のパートナーとして扱うよう命令されたら……その時は、誠心誠意謝罪させていただきます」


「土下座して、三回まわって『ワン!』と言え――そう要求してもいいってわけか」


「それがお望みということでしたら」


「へえ、面白いじゃん」


 どう考えてもそんなことするキャラではないし、実際ゲームではそんな醜態を晒すことはないのだが、彼女が嘘をつくことはありえないので、もしそうだとしたら俄然やる気が出る。


「お姉様……私、お姉様になんと言われようと……その、本気ですから。ごしゅじ……いえ、時也君のこと」


 アンジェリカもしっかりと姉に宣言する。


 これでもし親父に認められなければ叱られるどころでは済まないし、最悪メイドの任を解かれる可能性もあるが、その時は、彼女と美都弥を連れてどこへでも行ってやろう。

 

 ゲームの世界なので、ゲームの途中退場が認められるかどうかという話にもなるが……まあ、その時はその時だ。


「……勝手になさい。では、時也様、私はこれで失礼いたします」


「ああ。言っとくけど、勝負のこと、絶対忘れんなよ。犬耳と尻尾もちゃんとつけてもらうし、やってもらうのは聖星学院のグラウンドのど真ん中だからな」


「かしこまりました。忘れずにメモにとっておきましょう」


 これだけ言っても毛ほども動揺しないフレデリカは、もしかしたら本当に人間ではないかもしれない。


「お姉様、では、失礼します」


「…………」


 何も言わずに自分の部屋へと戻ったフレデリカの姿を見送ってから、俺たちは改めて親父のもとへ。


 扉の前で、ゴン、と一発だけノックする。というか殴りつける。


「親父、来たぞ! ダメと言っても入るからな」


『……構わん。入れ』


 許可が出たと同時に、俺はフレデリカと共に扉を開けて部屋の中へ。


 一応、決められている通り、二人一緒に、親父の座っている机へ向かって深々と一礼し、顔を上げる。


「いいぞ、顔を上げろ。……なんだか顔つきが変わったな、時也よ」


「子供ってのは成長するんだよ、親父。大人になったアンタと違ってな」


「生意気な口は相変わらずだな。このバカ息子め」


 そう言って、俺と似たオレンジの髪色をした父、五条龍生ごじょうたつおは、蓄えた口ひげに手を当てながら俺のことをじっと睨みつけた。

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