第38話 娘さんを俺にください、と土下座するアイドル


 当日に向けての準備が整えば、後は瞳ちゃんから与えられた地獄のスケジュールを一心不乱にこなすのみだ。


 ツイプリの場合はメンバー全員の仕事というよりも、個人の仕事も多く入っているので、関係各位に頭を下げて、前倒しもしくは延期などで日程の調整をさせてもらった。仕事以外にも、ボイストレーニングやダンスレッスンの予定の変更もあったが、それについては蓮が上手くメンバーには説明してくれたらしい。


 その過程でルーク先生には瞳ちゃんが事情を話したらしいが、


『オンナノコの一人や二人、アイドルならゲットしてトーゼン』


 という感じで、あっさりとOKしてくれたらしい。ルーク先生も仕事で訪れたことのある国に必ず1人以上は仲の良い女性がいるそうだから、そういうところは大らかなのだろう。


「……っし、終わったぁ……長い、戦いだった……」


 祖父さんたちとの約束の日の夜。瞳ちゃんから与えられた仕事の全てを気合とゲーム内アイテムで乗り切った俺は、自室のベッドにゆっくりと倒れ込む。


 日中の時間まではレコーディングやインタビュー、テレビ・ネット番組、イベントへの出演。そして、家に帰れば個別練習のほか、現在担当させてもらっている女性誌コラムや今後出す予定のツイプリの自伝本の執筆(時也の分)、リモートでの取材対応、ツイプリチャンネルの動画撮影など……とにかく働き詰めの毎日だったので、久しぶりに社畜時代を思い出すほどだった。


 まあ、仕事の中身がものすごく濃く、それでいて楽しいものだったので、会社で上司に何時間も叱責や罵倒を受けるよりは遥かにマシだったが。


「お疲れ様です、ご主人様。出発までまだ少し時間はありますが、ベッドで休まれますか?」


「いや、今の状態で仮眠なんてしたら寝過ごしそうだから、今日はこのまま完徹でいいこう」


 自室に置いてある冷蔵庫から『スタミナドリンク スーパー(※効果:体力・精神力完全回復)』を取り出し、ぐい、と一気に飲み干す。


 毎日のように飲んですっかり慣れたが、味のほうははっきり言ってマズい。冷やすことで大分マシにはなるものの、最初にまず酸っぱさが来て、その後から徐々に苦みが強くなり、最終的には下にピリピリとした辛さが残る。効果は抜群だが、一体何を配合しているのやら。


「しかし、いくらゴルフやるからって、集合時間が朝5時とかどういうつもりだよ……まだ薄暗い時間からラウンドとか、釣りに行くんじゃないんだけど」


「就寝時間も早いとのことなので、そう考えると健康的ではあると思いますが……私たちの出発時間を考えると、せめてもう1時間ほど遅くしていただけると非常に有難いですね。それなら私もちょうど起きる時間なので」


「アンも十分早いよ……まあ、アンは俺たちの朝食の用意とか、早い時間から仕事だからしょうがないけど」


 この二週間は俺のほうが忙しかったものの、アンジェリカはずっと夜は遅く、朝は早い生活をずっと続けている。そういう訓練をしているので平気だと本人はいつも言っているが、それでも頭が下がる思いだ。


 もしアンジェリカが俺のパートナーになったとしても、しばらくの間はこの関係が続きそうだが、いずれは俺も家事ができるようにならないといけない。


「今は午前4時ちょっと前……アン、美都弥をそろそろ起こしてあげてくれ。俺は今日の道具を準備しておくから」


「かしこまりました。移動の車はすでに玄関前で出しておりますので、行儀はよくありませんが、朝食は車の中でとりましょう」


 じいさんたちのリクエストもあり、今日は美都弥も一緒に連れてくることになっている。これまでずっと男の子が続いていた家系だったこともあり、久しぶりの孫娘で、社長も会長も美都弥のことを溺愛しているのだ。


 美都弥におねだりさせれば大抵のことは許可してくれそうだが……今日のところは俺の『お願い』で我慢してもらおう。


「――で、満を持してこいつの出番になるわけだが」


 直前にアンジェリカに作ってもらったゴルフウェアに袖を通した後、俺はクローゼットの中に保管していたとあるゲーム内アイテムを取り出した。


 淡い金色の光を放つゴルフバッグの中に入っているのは『達人ゴルフセット(仕入れ額 1,000,000円)』。


【これさえあれば、難しいゴルフもらくらく、プロ並みのスコア!】とアイテム説明欄にあるが、実際に自分で握ってみても、普通のゴルフクラブとの違いはわからない。


 ゲーム内でのミニゲームだと、ボタン操作のみで簡単にナイスショットになり、風の影響なども受けないという優れものだが、今回は実際に俺自身がプレイしなければならないわけで。


 ストレス解消のためにたまに打ちっぱなしに行く程度のゴルフ歴しかない『俺』だが、果たして説明文通りにプロ並みのスコアを叩きだせるかどうか。


「ふみゅ……おはようございまひゅ、おにいひゃま……」


「ん、おはよう美都弥。ごめんな、こんな朝早い時間に付き合ってもらって。ほら、こっちおいで」


「はい……お兄さま行くところに妹ありですから。それに、私もおじいさまたちとお会いするのは久しぶりなので、それについては楽しみでもありますから……ふみゅ、お兄さま、もっとお顔を拭いてくださいまし……」


 アンが予め用意してくれていた暖かいおしぼりで美都弥の顔を優しく拭いてやる。


 今日の美都弥は俺たちのサポート役に回ってくれる。心強い味方だ。


 一旦部屋に戻らせ、外出用の服を着せてから、俺たちはいつもの運転手さんの車に乗り込み、まだ薄暗い道の中、今回の待ち合わせ場所である五条カントリークラブへと向かう。


 聖星学院の体育の授業でもたまに使わせてもらうゴルフコースだが、本来は選ばれた人たちしか加入が許されない名門クラブだ。いつもは著名人や政治家などが毎日のように使っているらしいが、そこの持ち主は会長と社長なので、今日は俺たちのために貸し切ってくれているという。親父と違って、太っ腹なことだ。


 アンジェリカが早起き(というかほぼ徹夜)して作ってくれた朝食のハンバーガーを食べながら外の風景をぼーっと眺めていると、一時間ほどして『五条カントリークラブ』と書かれた大きな看板が現れた。


「……着きましたね、ご主人様」


「ああ。あと、今この時から屋敷に戻るまでは『主従』じゃなくて『幼馴染』でいこう。今日はそのつもりで、俺たち話をしにきたんだ」


「……うん。時也君、今日は頑張ろうね」


 駐車場についてから、俺とアンはしっかりと手を握って車を降りる。


 隣には、じいさんたちが乗ってきたであろう車が止められている。


 はた目にはちょっといいところの高級車だが、中身はVIPが乗るようなガチガチの装甲車で、ちょっとやそっとの銃火器ではびくともしない丈夫さを備えている。運転手は執事である丈二おじさんだ。


 受付にはすでに話は通してあるとのことで、そのままコースへと行くと、練習中なのか、朝っぱらから元気よくドライバーをびゅんびゅんと振り回すじいさんたちがいた。


「時貞おじいさま! 時宗おじいさま!」


「「! おお、美都弥ぁ~!!」」


 美都弥が声をかけた瞬間、長い白髪頭を後ろに結んだ二人が一斉にこちら側を振り向く。


 五条時貞と五条時宗。五条組の社長と会長である。


 髪型は一緒で顔も似ているが、会長には仙人のような長いひげがあり、社長にはない。あと、少し会長のほうが年齢が上なだけあって顔のしわが若干多い。それでも御年80で『若干』なのがすごい。


 そして、さらに。


 その横にいる執事服とメイド服に身を包んだ長身の男性と女性が、こちらを振り向いた。


「――お久しぶりです。時也様」


「時也様、お元気そうでなによりです」


「おはよう、丈二おじさん、真凜おばさん。ほら、アンも」


「うん。……おはようございます、お父様、お母様」


 じいさんコンビが妹の美都弥に夢中になっている間、俺たちは先に本命のほうへ挨拶をすることに。


 会うのは久しぶりだが、丈二おじさんも真凜おばさんも、相変わらず俳優のような容姿とスタイルの良さだ。アンジェリカとフレデリカ、姉妹二人と血のつながりはないはずだが、なんとなく外見も似ているような気がする。


「幼い頃から仲が良いのはわかっていましたが……時也様、アンジェリカとのこと、本気ということでよろしいですね?」


「……ああ。証拠になるかはわからないけど、まず最初に俺の気持ちを示そうと思う」


 そうして、俺は丈二さんと真凛さんの目の前で膝をついた。


「――お父さん、お母さん。娘さんを僕にください」


 膝をつき、額を地面にこすりつけるようにして。


 それは『俺』にとっても久々の、本気の土下座だった。

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