第39話 条件はGOLF 1
俺が芝生の上で思い切り額をこすりつけようと頭を下げようとした瞬間、それを阻止するかのように俺の額にそっと手を差し入れる人が。
ゴルフ場にはあまり馴染まないメイド服姿の、黒髪の女性。
「――そこまでされる必要はありませんよ、時也様」
「真凜おばさん」
つい先ほどまで俺から少し離れたところにいたはずなのに、気づいた時にはすで達人の動きで、気配すら感じさせずに俺の側に来ている。
アンジェリカとフレデリカの姉妹の師匠なので、当然それ以上の能力を持っていることはわかっていたが……このゲーム、サブキャラに関してはどうしてこうチートじみた人間が多いのだろう。
「ひとまず顔をお上げになってください。今だ修業中の身とはいえ、いずれは五条家を背負って立つ時也様にそのようなことをさせるわけにはまいりません」
「いや、今回の俺は『五条の跡継ぎ』じゃなくて、『戸郷家の大事な娘をもらう一人の男』として来たんだ。なら、このぐらいならして当然のことだろ?」
「そうかもしれませんが……執事長、どういたしますか?」
丈二さん真凛さん夫妻は、仕事中はお互いの肩書きで呼び合うようにしている。丈二さんは『執事長』、真凜さんは『メイド長』だ。
「ふむ……ひとまず時也様が本気であることは十分わかりましたので、とにかく事情を詳しく聞かせていただきましょう。……アンジェリカも、それでいいな?」
「……はい、お父さん」
俺の隣に寄り添うにやってきたアンジェリカと一緒に、俺たちは、交際することになった経緯について改めて説明する。
幼い頃から時也とアンジェリカの間には幼馴染として深い絆で結ばれており、アイドル活動を始めて以降は完全に一線引いた関係だったものの、実はお互いに思い合っており、とある出来事をきっかけに自分の気持ちに正直になろうと決めたことなど。
とある出来事――つまりは『俺』が『時也』として転生したその日、アンジェリカにとってみると、主人である時也に異常が起きた日だ。
「――多分、私があそこまで動揺したのは、生まれて初めてだったかもしれません。結果的には杞憂に終わりましたけど、それでも、『もし時也君が私のことを忘れちゃったらどうしよう』とか『もし何か良くない病気になって、もう二度と会えないかも』って考えてしまって――もういても経ってもいられなくなって、」
表向きには抑えていた気持ちだったが、それも、『俺』からのアプローチによって、それまでずっとせき止めていた想いがあふれ出て、その恋心にどうしても抗えず今に至ってしまった――アンジェリカの話を要約すると、こんなところである。
普段は訓練で何でもないように見せていても、アンジェリカはとても情の深い女の子だ。部屋には時也からもらったものならなんでも大事に保管しているし、妹の美都弥も入れて三人で過ごす朝の時間を大切に思ってくれている。
アンジェリカにとって、五条家での暮らしは仕事であり、そして日常でもあったわけだ。仕事は仕事、私事は私事と切り離すことは、今の彼女には難しい。
混ざり合って一つになった今の状態が、戸郷アンジェリカという女の子なのだ。
「――だから、お父さん、お母さん。私からもお願いします。ものすごく勝手なことはわかってるけど……でも、時也君との仲を、認めてほしいです。時也君のことを……その、愛している、から」
しっかりと自分の想いを絞り出して、アンジェリカは目を閉じて、深々と頭を下げる。
それに合わせて、俺も彼女と同じようにする。土下座については真凜さんに止められてしまったので、立ったまま、額に地面をこすりつけるような気持ちで。
「丈二さん、真凜さん、俺たちの味方になってくれませんか? 親父の首を縦に振らせるには、丈二さんや真凜さんの力も必要なんです。……俺たちはまだ、高校生になったばかリの子供だから」
「そんなに娘のことを想っているのなら、お父様から会社を継ぎ、正式に当主になってからでもいいのではないですか? 娘がこれからも時也様の側にいることは変わらないわけですから、ある程度自由に権力を使えるようになってからでも、決して遅くはないはずです」
「いえ、今はそうかもしれませんが、近い将来、おそらくはフレデリカが戸郷家の当主を継ぐことになるでしょう。親父にとにかく忠実なアイツのことですから、そうなると、アンジェリカを俺の担当から変更するなんてこともやりかねない。俺たちが決意した時点で、もう時間はそんなに残されてはいないんです」
そして、これはなんとなくだが、これ以上引き延ばせば、俺とアンジェリカの間には、決定的な溝ができてしまう気がするのだ。
この1年間で『パートナー』にならなければ、一生俺たちは『主人』と『メイド』の関係のまま、ずるずると時を過ごしてしまう可能性が。
「……二人はこう言ってますけど、どうしますか?」
「うん、心情的には認めてあげないこともないが……しかし、今の五条家の当主は龍生様だ。フレデリカに仕事を任せてからは私たちもあまり会う機会はなくなっているし……仮に私たちが頼んで、それで果たしてあの方が認めてくれるかどうか」
幼い頃の記憶(俺にとってはゲームプレイ時の記憶)で見たような困り顔で、丈二さんは考え込んでいる。
厳しく指導しているとはいえ、丈二さんも一人の親だ。できればアンジェリカにも幸せになって欲しいはずだが。
どうしたものか、と丈二さんが口に手を当ててなにやら考えを巡らせていると、
「――それなら、
妹の相手を一通りして満足したのか、社長のほうから助け船が出された。
ニヤリと笑った口元からのぞく煌めく金歯――この顔をするときは、社長が何かを企んでいる時の顔だ。
まあ、じいさんなら絶対に言い出すだろうと思っていたが。
「せっかくゴルフ場にいるんだから、ゴルフで決着つけようぜ。ハーフラウンドでのスコア勝負に勝ったら全面的に協力、負けたら勝手に二人で頑張れ。……時也、お前もそのつもりで、そんな格好で来たんだろ?」
「社長、またそんな勝手なことを――」
「可愛い孫と、新しく孫娘になるかもしれない子の話だぞ? それなら俺だって多少は口を出す権利はあるはずだ。なあ、美都弥もそう思うだろう?」
「はい。時貞おじいちゃまの言う通りですっ!」
社長の言葉に、美都弥がこくこくと大きく頷く。
ちなみに美都弥にも今日のことは全部喋っているので、今日はとことん煽ってもらうつもりだ。
「じいちゃん、本当にいいのか? 俺が勝ったら、全員まとめて親父の前で土下座かもしれないけど?」
「がははっ、孫に負けたら息子に土下座だなんて、それこそおもしれえじゃねえか。やっぱり勝負事ってのはこうじゃないとな。おいジョージ、クラブ持ってこい。今からやるぞ。息子への土下座をかけて孫と勝負だ」
「社長がそう言うのなら……しかし……はあ」
変わらず豪快な性格と言動の社長に、さすがのジョージさんもため息をつく。真凜おばさんも含め、二人には気の毒だが、今回は俺もじいさんのほうに乗らせてもらうとしよう。
「頑張ってね、時也君。私もできるかぎり協力するから」
「うん。俺のプレイを、しっかりと見届けてくれ」
アンジェリカから『達人ゴルフクラブ』を受け取り、祖父と孫のゴルフ対決、今ここにスタート。
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