第40話 条件はGOLF 2


「勝負の内容はさっきも言った通り、ハーフラウンドでのスコア勝負だ。1~9ホールを回って、スコアが同じ場合は、10番ホール以降で勝負がつくまでサドンデスだ。時也、ここまではいいか?」


「ああ。一応訊いとくけど、ハンデのほうはどうする?」


「欲しいのか?」


「そっちにくれてやるって意味だよ」


「お前も言うようになったじゃねえか。まあ、ゴルフ歴を考えればハンデはあってしかるべきと思うが、今回は賭けるものがアレだからな。ハンデなしの真っ向勝負でいくぞ」


 ハンデをもらって勝ったところでどうしようもないので、ここは言われた通りに従う。


『俺』自身、ホールを回るのなんてパワハラ上司に無理矢理連れられた以来だが、そこは時也の運動センスとゲーム内アイテムでなんとかするしかない。


「時也君、はい、ドライバー。ゴルフはやったことないからあんまり役に立てないけど、でも、側でいっぱい応援するから」


「お兄さま、ファイトですっ」


 アンジェリカと美都弥、二人の声援を受けて、まずは俺の方から第一打。


「1ホール目はPAR4、グリーンに向かって思い切りかっ飛ばせば飛距離次第でワンオンも狙えるけど、ミスったら確実に林に突っ込んでOB……とりあえずここは堅実にフェアウェイを狙って……」


 目標とする場所を定めて、ドライバーを握りしめる。


 今のところ特に変わった感触は起きないが……。


 スイングをしようと振りかぶった瞬間、俺の中の感覚に劇的な変化が起こった。


(あれ? なんかボールの中心当たりが、光っているような……)


 これが達人ゴルフクラブの効果なのだろうか、あくまで感覚の問題なのだろうが、そこに打てば、気持ちよくボールをかっ飛ばすことができるのだろう。


 フォームのほうも、自分が思っていた以上に綺麗なスイングになっている気がするし、この瞬間だけ、なんだか世界がコマ送りになっていて、インパクトを合わせるのも簡単だ。


(風はグリーン側からほんの少しだけ……影響はそんなに受けないはずだから……とにかく目標地点に向けて、真っすぐっ!)


 ――カッ!!


 意を決して振りぬいた瞬間、気持ちのいい感触とともに、快音を響かせたボールは、フェアウェイへ向かって真っすぐに飛んでいく。


 インパクトの瞬間、ボールから星屑が散ったようなエフェクトが出た気がするが、まあ、そこはゲーム的な力の補助がかかったものと認識しておこう。


「ほお……さすがは俺の孫、やるじゃねえか。フォームもまるでプロだ」


「これは……時也様、いつのまにゴルフの特訓を?」


「俺だって伊達にアイドルやってないからな。もしもの時にスキルを磨いてたわけさ」


 ゲーム内アイテムのおかげですとは言えないので適当に誤魔化しておくが、ともかく俺の第一打は、それなりに驚きを相手に与えたようだ。


 ボールのほうは、ちょうどフェアウェイのど真ん中。力は少し抑えたが、飛距離も十分。これなら次で2オンできそうだ。


 いつも周り慣れているとはいえ、それでも年齢が年齢だし、ミスなく9ホール回るのは難しいだろう。


 この勝負、いける――そう思ったところで、


「ジョージ、ちょっと負けそうだから、第一打目頼むわ」


「かしこまりました」


「え?」


 さも当然のように社長からクラブを受け取った丈二さんを見て、俺はつい呆けた声を出してしまった。


「おいおい時也ぁ、俺がいつ一人で戦うなんて言った? さっき俺が言ったことを思い出してみろ」


「……いや、確かに言ってないけどさ、さすがにそれは大人げなくない?」


「大人げなくても、俺は負けるのが大嫌いだからな。それに、これは俺たちだけじゃなく、戸郷の家も絡んでんだ。なら、丈二や真凜だって、勝負に関わってきても問題ないはずだろ?」


「またわかるようなわからんような言い訳を……」


 しかし、これであちら側も本気になったということだ。


 社長・会長、そして丈二おじさん真凜おばさんの夫婦……本気の彼らに勝てば、すんなり俺と一緒に親父へ土下座してくれるだろう。


 それに、内心はこの達人ゴルフクラブの使用について『ちょっとやり過ぎたかも……』と思っていたので、全員でかかってきてくれた方がこちらとしても良心がそれほど痛まなくて済む。


「わかったよ。そのかわり、負けたら全員まとめて俺に協力してもらうからな。おじさん、おばさん、覚悟しとけよ」


「……肝に銘じておきます」


 そうして、急遽社長から交替した丈二さんが第一打目へと入る。


 すらりとした体型だが、真凜さんと同じく、体のほうはしっかりと鍛えられているはずで、パワーのほうは子供の時也なんかよりも遥かにあるはずだろう。


「丈二、ワンオンだ。狙え」


「かしこまりました」


 社長の命令を受け、丈二さんは直線距離で350ヤードはゆうに超えるだろうグリーンの中央にあるフラッグの方角へと体を向ける。


 トッププロの世界でもほぼないワンオン、しかも、ちょっとでもミスればOB、林を越えても距離が足らなければ池ポチャとなってしまう。


 だが、そんな状況でも、丈二さんはなんのためらいもなく、力感のないフォームからドライバーを一気に振りぬいて――。


 カッッ――!!


 俺とは違い、強烈なインパクトとともに、ボールが勢いよく打ち出された。


 ボールはOBゾーンである林の遥か上空にあり、上空を吹いているであろう風にも乗って、なかなか落ちることなくぐんぐんと伸びていき――。


「マリン、どうだ? そこから見えるか?」


「はい。カップからは大分ずれていますが、問題なくグリーンにのりました。イーグルは社長のパット次第ですが、バーディはほぼ行けると思われます」


「よし。でかした丈二、ボーナス10万円」


「わざわざ金一封は必要ありませんが、ともかく役割を果たせてよかったです」


 社長に向かって一礼した後、丈二さんはクラブをバッグに戻し、社長や会長を伴って、ボールのあるグリーンのほうへ。


 社長との一対一ならパワーと道具に分がある俺に有利が働くはずだったが、丈二さんが飛ばすとなると、その目論見は崩れる。


「丈二さん、もしかして昔ゴルフとかやってた?」


「まあ、はい。この仕事を継ぐ前はイギリスでプロを目指していて……社長の普段の相手は専ら私ですから、技術についてはそこまで錆びついておりませんよ」


 なるほど、どうやら簡単には勝たせてくれないようだ。


 丈二さん、そういう裏設定まであったのか。丈二さんのようにほとんどゲームに出てこないキャラは設定資料集でも簡単なプロフィールしか乗っていないことも多いから、ゲーム開発者が密かにそういう設定をしている場合だとさすがに俺も把握しきれない。


 ゴルフ対決、初っ端から楽しませてくれそうだ。

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